活動データ
タイム
03:19
距離
5.8km
のぼり
452m
くだり
505m
活動詳細
すべて見る懸案事項が至近になり、年が明けてからは山行を自重していたのだが、それもようやく終了。 カタルシス状態で茫然としていたが、平日休みとなった朝は見事な快晴。例によって洗濯物を干してから身支度を整えて、やおら出掛けることにした。 時間も限られるので、この前登った綱之上御前山を再訪し、さらに北上して大田峠には向かわず、未踏の御春(おはんな)山を経て、大野貯水池に下山するという行程にする。 中央本線梁川駅を出発したのは正午を過ぎていた。昨日までに降った雪が溶けて、滑りやすい濡れ落葉の踏路を登り、金精神の祭られた神社に寄り道。稜線に乗ると、快晴の陽光が眩しい。枯木の隙間から、扇山の全容が現われ、こんなに大きな山だったかと見上げる。 倒木の難路をパスして、程無く綱之上御前山の頂上に到着。電車に乗っている間は、前夜の酒が残った胃腸が鉛のように重く、まったく食欲が無かったのに、梁川駅の裏山を一時間も掛けずに登っただけであったが、ようやく腹が減ってきた。 カップラーメンと自作お握りで、のんびりと朝食を兼ねた昼食を摂る。再訪の山頂から眺める四方津方面の景色は冬枯れの山々と好天の空。コモアしおつと四方津御前山の佇まいは、可愛らしい盆石のようである。 綱之上御前山の北端から眼下を窺うと、尾根が続いているとは思えないほどに急峻な岩崖が切れ落ちている様相だった。やや西側に辿る踏み跡を下ると、やがて雑木で視界は定かではなくなる。細い鞍部を見下ろす処で、とてもまともに降りられるような傾斜ではないように思える箇所に行き着くが、木の根や蔓の強度を確認しつつ、なんとか下り終える。 (綱之上御前山までの行程でも、残雪や濡れ落葉に足が滑り難渋していたので、頂上から軽アイゼンを装着していた。これが無かったら、急崖を下ることはできなかったものと思われる) 「山梨東部の山 登山詳細図(東編)」には敢えて「下降危険」の記載がある箇所であったが、果たしてその通りであった。 標高500m付近で顕著な尾根分岐がある。実際は急傾斜を下る足元を気にして、ルートファインディングが頼りない。左方面に留意して、徐々に北西に進路を整える。 勾配が落ち着き、平坦な尾根を歩く。道形に歩いていく明瞭な踏路だが、状況としては笹薮を掻き分けての行程だった。真冬でこれでは、オンシーズンになるとどうなるのかと思うほど歩きにくい。大田峠方面との分岐点ピークに到達しても、繁茂する笹と雑木で眺望は無い。 難渋の行程が続き、汗ばむ陽気に袖捲くりをしていた腕が薮漕ぎでひりひりと痛い。一ヶ月のブランクと前夜の深酒の所為で、身体がだるい。辟易してきた頃に、赤い祠が唐突に出現した。これが南米沢(なめざわ)峠で、大野貯水池からのハイキングコースに合流した。これでようやくのんびりと歩くことができる。 木段が設えられた登山道は快適で、二十分程度で御春山に到達。四月くらいの陽気と直射日光で朦朧としていたが、山頂に立つと心地好い風が頬を撫で、こんな季節なのに涼風がありがたいのも不思議な感覚である。 雨降山から権現山の良景を眺めて、あとは下っていくだけである。途中に在る小ピークは460m圏峰で、郷司山の手製山名標が在った。東側の眺望が開けて、コモアしおつニュータウンと四方津御前山が、一段と間近に眺めることができる。 大野貯水池の東端にダムがあり、それを見渡せる箇所に立派な東屋が在った。やがて舗装路に変わる坂道を下ると、ほどなく大野ダム横断の遊歩道に降り立った。高齢の女性たちが散歩やストレッチをしていて、とても元気そうである。挨拶を交わして、どこから来たのと訊かれる。梁川駅からですと応えると、えっ?という反応。せっかくなので綱之上御前山と其処からの岩崖尾根や、笹薮の様子などを詳しく説明する。がんばるねえと賞賛され、なんだか嬉しくなる。 長閑な大野貯水池から、車道を四方津駅まで歩く。古びた駅舎に入って安堵していると、約10分後に中央特快東京行きがやってくるところであった。
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