地産地消の精神で、公共交通機関を利用した山登りを目指す。 湘南からバイクで早朝出発。久里浜からのフェリーで金谷へ。 金谷からバイクで安房鴨川駅へ。ここからは鴨川市のコミュニティバスを利用して金谷ダムへ。 ダムからは関東ふれあいの道を進み、黒塚番所跡・元清澄山と進み、あとは林道を清澄寺まで歩く。清澄寺からは再びコミュニティバスを利用して安房天津駅へ。そして電車で鴨川へ戻りバイクで帰った。
金山ダムを渡って登山道入口に入る手前で倒木著しく、通過に難儀する。
金山ダムを渡って登山道入口に入る手前で倒木著しく、通過に難儀する。
関東ふれあいの道として整備されている。
関東ふれあいの道として整備されている。
昨年の台風19号の影響か?手lすりが崩落している箇所もある。
昨年の台風19号の影響か?手lすりが崩落している箇所もある。
一部復旧された?と思ったが、これは台風の前に修理されたようだ。 まだ下でも復旧されていないから。
一部復旧された?と思ったが、これは台風の前に修理されたようだ。 まだ下でも復旧されていないから。
黒塚番所跡
黒塚番所跡
こりゃひどいと思ったが、これよりひどい倒壊もぞくぞく出てくる。
こりゃひどいと思ったが、これよりひどい倒壊もぞくぞく出てくる。
元清澄に着いた。
元清澄に着いた。
どうやら昔はここに清澄寺があったようで、いつの日にか今の位置に移されたのだとか。
どうやら昔はここに清澄寺があったようで、いつの日にか今の位置に移されたのだとか。
一部で著しい倒壊のため通行不能となり、しかたなく谷を下り対岸の斜面を登って登山道に登りついた。
一部で著しい倒壊のため通行不能となり、しかたなく谷を下り対岸の斜面を登って登山道に登りついた。
跨ぐ、くぐる、漕ぎ進む。
跨ぐ、くぐる、漕ぎ進む。
縦看まで一緒にもってかれちゃってます。
縦看まで一緒にもってかれちゃってます。
東大の研究林入口に着きました。
東大の研究林入口に着きました。
ここらはポクポク林道歩きとなる。
ここらはポクポク林道歩きとなる。
途中に林道の分岐もある。
途中に林道の分岐もある。
清澄寺に着きました。
清澄寺に着きました。
仁王門の右の口を開けている阿像(那羅延金剛)は一切の法の最初を表し(HPより)
仁王門の右の口を開けている阿像(那羅延金剛)は一切の法の最初を表し(HPより)
左の口を閉じている吽像(密迹金剛)は一切の法の窮極を表し(HPより)ているそうです。
左の口を閉じている吽像(密迹金剛)は一切の法の窮極を表し(HPより)ているそうです。
日蓮宗大本山清澄寺でございます。
日蓮宗大本山清澄寺でございます。
摩尼殿(まにでん)は大堂とも呼ばれ、度重なる改修を繰り返し、現在の摩尼殿は17世紀後半のものである(HPより)
摩尼殿(まにでん)は大堂とも呼ばれ、度重なる改修を繰り返し、現在の摩尼殿は17世紀後半のものである(HPより)
宝物館の中門は素敵なわらぶき屋根
宝物館の中門は素敵なわらぶき屋根
千年杉と呼ばれています。
千年杉と呼ばれています。
一度訪れるのもいいね。
一度訪れるのもいいね。
金山ダムを渡って登山道入口に入る手前で倒木著しく、通過に難儀する。
関東ふれあいの道として整備されている。
昨年の台風19号の影響か?手lすりが崩落している箇所もある。
一部復旧された?と思ったが、これは台風の前に修理されたようだ。 まだ下でも復旧されていないから。
黒塚番所跡
こりゃひどいと思ったが、これよりひどい倒壊もぞくぞく出てくる。
元清澄に着いた。
どうやら昔はここに清澄寺があったようで、いつの日にか今の位置に移されたのだとか。
一部で著しい倒壊のため通行不能となり、しかたなく谷を下り対岸の斜面を登って登山道に登りついた。
跨ぐ、くぐる、漕ぎ進む。
縦看まで一緒にもってかれちゃってます。
東大の研究林入口に着きました。
ここらはポクポク林道歩きとなる。
途中に林道の分岐もある。
清澄寺に着きました。
仁王門の右の口を開けている阿像(那羅延金剛)は一切の法の最初を表し(HPより)
左の口を閉じている吽像(密迹金剛)は一切の法の窮極を表し(HPより)ているそうです。
日蓮宗大本山清澄寺でございます。
摩尼殿(まにでん)は大堂とも呼ばれ、度重なる改修を繰り返し、現在の摩尼殿は17世紀後半のものである(HPより)
宝物館の中門は素敵なわらぶき屋根
千年杉と呼ばれています。
一度訪れるのもいいね。