活動データ
タイム
04:33
距離
10.7km
のぼり
97m
くだり
97m
チェックポイント
活動詳細
すべて見る今日は、天理市の街道を歩き周りました。主目的は石上神宮ですが、気が付けば山の辺の道も掠めて、機関銃形の軌跡で終了していしました。なんとも攻撃的な形です。 令和2年、庚子(かのえね)の歳となり、エトの示すところでは変化が生まれ、新たな生命がきざし始める年とされています。これは敵を殲滅する力を得たのかも知れません。 物部氏の氏神様が基の、七支刀出土で有名な石上神宮へ今年初めての参拝に行きました。一年起死回生、身体健康の大神様のご神護のもと躍進の年にご加護を願いました。更に天理教の神殿にも寄り同じく世界平和を念じました。 神武天皇は高千穂から東征して、大和平定の後、国の都を橿原の地に定めました。その2年後に即位、初代の天皇となります。神武天皇は、国譲りや国土平定に功績のあった韴霊剣を称えられ、物部氏の遠祖・宇摩志麻治命(うましまじのみこと)に命じ、宮中においてお祀りされることとなりました。この後、第10代崇神天皇の7年に物部氏の祖・伊香色雄命(いかがしこおのみこと)が、現在お祀りしている石上布留高庭にお遷ししてお祀りされました。 『古事記』にも「この刀は石上神宮に坐(ま)す」つまりは、御鎮座になっている、と記されています。これが七支刀で今は東京で展示会が開かれています。以前に韓国の古墳の中で、私が見た物と同じ形をしていました。 永久寺は廃仏毀釈で跡形なく潰され、国家神道の石上神宮は残って今に続く。 文化は政治に弱いと感じた。 今回の歩きでした。
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