甲仁田山東尾根・北尾根。水タリア右岸尾根から岩菅山。 2019-12/8

2019.12.08(日) 日帰り

前日に懸案の用事が済んで、今週もKZ氏と奥武蔵行。毎度御馴染みの芦ヶ久保駅から、今日も松枝バス(西武バス横瀬線松枝行き)に乗車する。二週続けて甲仁田山に登ることになったが、経路は未踏の東尾根ということになった。 甲仁田山のランドマーク、NTTの電波塔に至る管理道路と県道53号の間にある尾根の取り付きまで、長渕バス停から車道歩き。その途上から朝の陽光を浴びる甲仁田山が正面に見える。 目印は電柱「松枝101」で、ここから取り付く。KZ氏はほぼ尾根の末端から。私はやや車道を進んだところから踏み跡らしき斜面を見つけたので薮を掻き分けつつ登る。 取り付きは少々強引だが、その後は植林帯の歩きやすい踏路となる。標高560mまで達すると右手に自然林が広がる心地好い登りとなった。標高600mを越えて、唐突に北方の眺望が開ける。陽の当たる奥武蔵グリーンラインの山稜を見て、刈場(カバ)岳だとKZ氏が教えてくれる。 踏路は露岩が目立つようになり、次第に険しい勾配となっていった。標高700m付近で左手からウシロ沢左岸尾根が合流。その後は険しい急傾斜となり、足元の土が崩れないように確認しつつ、慎重に歩を進める。錆びた有刺鉄線と鉄筋が現われて躊躇し、離れ離れで登っていたKZ氏を待つ。振り返ると、甲仁田山南東尾根からは潅木で見えなかった伊豆ヶ岳方面の景色が見えた。 昔の鹿柵かなあとKZ氏。見上げると尾根上は近い。ザレ状の斜面で木の幹や根っこを掴み、決死の思いで登り続ける。ほうほうの態でようやく甲仁田山南東尾根に合流した。登りきったのは標高810m圏で、標高847mの甲仁田山の電波塔がすぐそこに見える。それを確認して安堵し、ぐったりして休憩する。前回見納めかなと思った紅葉は、やはり終わっていた。 山頂直下の岩場をパスして、松の木が点在する平坦な甲仁田山の頂上に達した。この一ヶ月間で三度目の登頂である。アプローチが違うので、同じ山でも何度でも楽しめるのが不思議である。朝食はパンがひとつだけだったので、昼食を兼ねて早速カップ麺を食べることにする。寒い季節なので担々麺風味が美味しい。自作おにぎりとともに食す。KZ氏から戴いた草大福は行動食にとっておくことにしよう。そんなこんなで甲仁田山での大休憩は気がつくと一時間が経過していた。それに気付いて慌てて出発の準備をする。 北側に延びる尾根を下降することになり、広大な頂上圏を北上すると右手にすばらしい展望が広がった。正丸山の全容と、伊豆ヶ岳、古御(こみ)岳が一対の山容で配置され、彼方に飯能市街まで望める良景だった。 蛇行するNTT管理道路と別れて、北尾根を実直に下る。途中、二分するところは慎重に左側の尾根を選ぶ。標高650m付近には大岩まで現われる。処花沢が左手に見えてきて、管理道路を目視。下り立つといにしえの道が残っていて、KZ氏が嬌声を上げて喜ぶ。 なにを喜んでいるのかと訊くと、これは昭和初期の地図に記載されている、焼山沢から処花沢、そして大畑(芦ヶ久保駅近くの地名)まで辿っていた古道の痕跡なのだとのこと。昔は芦ヶ久保川沿いに道は無く、山を越える道が主流だったそうで、山の文献蒐集家でフィールドワークが徹底しているKZ氏は、このまま古道探索で処花沢から沢沿いに峠を越えたそうにしているのが窺える。 今日これからの漠然とした行程は、岩菅山、荻ノ沢ノ頭を繋ぐ尾根を越えて芦ヶ久保駅に帰着するということだった。古道探索もよいが、道を失って右往左往する可能性もある。今日はすでに甲仁田山に登っているし、できれば順調に山を越えたい。そんな私の要望で、標高676m点から延びる、水タリア右岸尾根を登ることになった。 処花沢に沿って舗道を下り、水タリア右岸尾根が近づくと、眩い紅葉の斜面が出現した。見上げると気持ちよさそうな自然林の尾根が広がっている。ここから登って行きたくなるが、尾根末端を目指して車道を進んでいく。 左手から水タリア(不思議な沢名であるが、「水垂れ」が訛り転化したものらしい)が処花沢に合流する尾根末端に達した。水タリアを見上げると小さな滑滝が数ヶ所に点在して、心地好い瀬音を奏でている。水が垂れる、の所以はこれかな、とはKZ氏のその後の記録で知った。 甲仁田山から下山して、ふたたび尾根を登り返す恰好となった。山登りを一日に二回行なっているような標高差の行程である。水タリア右岸尾根は左手に自然林の明るさを感じるものの、尾根上の踏路自体はやや暗くて細く、ちょっと歩きにくい。途上に610m圏峰があるので楽しみにしていたが、到達してみると、潅木に囲まれた狭い場所で、長居できるようなところではなかった。 小ピークから鞍部に下り、ふたたび登り始めると、やがて周囲は植林帯に変わる。踏路は、作業道的に歩きやすくなった。行く手に空の青を確認すると、支尾根を合わせて、岩菅山から東に延びる稜線に出た。標高676mピークは「高指山」という山名が一部で取り沙汰されているとのことだが、手製山名標の類は確認できなかった。 西の鞍部に降りて、KZ氏は石仏の類を探すがそれらしいものは発見できなかった。前述の古道の痕跡がこの鞍部にあるらしいとのことで、南面を見渡すが、それらしい道筋は窺えなかった。 岩菅山に向かって、稜線を西に進路を変える。その途上で、南側に樹間から甲仁田山が見えた。電波塔ですぐに確認できる山は、痘痕も笑窪のような意味で好感を抱かざるを得ない。あそこから降りてきたのだな、という実感に不思議な満足感が湧きあがる。 稜線を辿り続けると、突然に北面の眺望が開けた。展望台のある丸山が対峙している。我々の歩いている誰も歩いていない稜線上とは対照的な存在で、そう思うとなんだか可笑しくなる。 ところどころに紅葉が残っている尾根道を、もうすぐ終わる晩秋の風情に浸りながら歩いた。標高770mの岩菅山にひと登りで到達し、北の尾根を下ったところにある、絶景の伐採地で小休止する。午後の陽光は順光で、上州の山々まで見渡せる絶景と言っていい。 「御荷鉾(みかぼ)山も登ってみたいね」とKZ氏が言う。 「車が無いと無理ですよ」と返す私。 いつかレンタカーを駆使して、奥深い山々を探検してみたいと思った。 このまま平和裡に兵ノ沢右岸尾根を下り、安全に芦ヶ久保駅に下りたいな、と内心では思っていたが、KZ氏は未踏である崩ノ沢(くえのさわ)左岸尾根を下ろうと言う。眼下は明らかな急勾配で、今日もKZ氏に軽アイゼンを借りて装着した。(もし軽アイゼンが無かったら程無くして撤退していたであろう急傾斜だった) 激烈な斜面をなんとか下りきると、林道が尾根を横断していた。建設中の林道は二子林道だあ、とKZ氏が叫ぶ。林道建設はちょうどここで止まっていて、真新しいガードレールが、この誰も居ない尾根とは対照的であった。 紅葉が見事なクヌギの木をくぐり、ふたたびバリエーション・ルートの尾根降下が続く。傾斜はやさしくは無いが、岩菅山直下のことを考えるとそれほどのこともない。標高が低くなるに従って、尾根の分岐が広くて漠然としてくるので、注意しつつ下っていく。 崩ノ沢の左岸を選ばなければ、西武鉄道のトンネル上を越えて国道に達することはできない。国道に出ないと、芦ヶ久保駅の改札口に辿り着けない。駅の山側には道が無く、コンクリートの擁壁で覆われているから、尾根から線路に降りなければならない。そんなことをしたら西武鉄道に怒られてしまう。 喧騒が聞こえてきた。国道を走るバイクの音。しばらく平坦だった尾根が下り始めると、左手に西武秩父線の線路が見下ろせる。ここが芦ヶ久保第一トンネルの真上だった。ここから左手に明瞭な道が山腹に沿って延びているので、どこへ向かう道なのか、しばらくふたりで黙考するがもちろん判然としない。 帰路に向かわなければならないので、尾根を直進する。程無く右手に道が現われて、山腹トラバース道に合流。これも例の古道であるとのこと。程無く国道299号、花ノ木橋のたもとに下り立った。 車道歩きはすぐに終わり、芦ヶ久保駅に到着。次の電車は数分後で、今日も運がいい。飯能に戻り、いつもの乾杯。KZ氏は今日もコーラ。私もビール一杯だけ。昼食が早すぎたので空腹だったから、餃子と辛い豚骨ラーメンを食した。

いつもの松枝バス(乗客はもちろん我々のみ)で長渕バス停下車。車道歩きの途上で朝の陽光を浴びる甲仁田山が正面に見える。

いつもの松枝バス(乗客はもちろん我々のみ)で長渕バス停下車。車道歩きの途上で朝の陽光を浴びる甲仁田山が正面に見える。

いつもの松枝バス(乗客はもちろん我々のみ)で長渕バス停下車。車道歩きの途上で朝の陽光を浴びる甲仁田山が正面に見える。

右は処花沢沿いのNTT管理道路。正面が目的の甲仁田山東尾根。電柱「松枝101」の箇所から取り付く。KZ氏はほぼ末端から。私はやや車道を進んだ処から踏み跡らしき斜面を登る。

右は処花沢沿いのNTT管理道路。正面が目的の甲仁田山東尾根。電柱「松枝101」の箇所から取り付く。KZ氏はほぼ末端から。私はやや車道を進んだ処から踏み跡らしき斜面を登る。

右は処花沢沿いのNTT管理道路。正面が目的の甲仁田山東尾根。電柱「松枝101」の箇所から取り付く。KZ氏はほぼ末端から。私はやや車道を進んだ処から踏み跡らしき斜面を登る。

取り付きは少々強引だが、その後は植林帯の歩きやすい踏路。そして標高560mまで達すると右手に自然林の心地好い登りとなる。

取り付きは少々強引だが、その後は植林帯の歩きやすい踏路。そして標高560mまで達すると右手に自然林の心地好い登りとなる。

取り付きは少々強引だが、その後は植林帯の歩きやすい踏路。そして標高560mまで達すると右手に自然林の心地好い登りとなる。

標高600mを越えて、北方に眺望が開ける。刈場(カバ)岳の稜線。踏路は露岩が目立つようになり、次第に険しい勾配となっていく。

標高600mを越えて、北方に眺望が開ける。刈場(カバ)岳の稜線。踏路は露岩が目立つようになり、次第に険しい勾配となっていく。

標高600mを越えて、北方に眺望が開ける。刈場(カバ)岳の稜線。踏路は露岩が目立つようになり、次第に険しい勾配となっていく。

標高700m付近で左手からウシロ沢左岸尾根が合流。そして傾斜はとんでもなく険しくなる。錆びた有刺鉄線と鉄筋も出現し、禍々しいムード。木の幹や根っこを掴み、決死の思いで登り続ける。

標高700m付近で左手からウシロ沢左岸尾根が合流。そして傾斜はとんでもなく険しくなる。錆びた有刺鉄線と鉄筋も出現し、禍々しいムード。木の幹や根っこを掴み、決死の思いで登り続ける。

標高700m付近で左手からウシロ沢左岸尾根が合流。そして傾斜はとんでもなく険しくなる。錆びた有刺鉄線と鉄筋も出現し、禍々しいムード。木の幹や根っこを掴み、決死の思いで登り続ける。

ほうほうの態でようやく甲仁田山南東尾根に合流。気がつけば標高は810m圏。847mの甲仁田山はすぐそこの位置。安堵し、ぐったりして休憩する。前回見納めかなと思った紅葉は、やはり終わっていた。木々の角度を見ると、改めて急峻の細尾根だなと認識する。

ほうほうの態でようやく甲仁田山南東尾根に合流。気がつけば標高は810m圏。847mの甲仁田山はすぐそこの位置。安堵し、ぐったりして休憩する。前回見納めかなと思った紅葉は、やはり終わっていた。木々の角度を見ると、改めて急峻の細尾根だなと認識する。

ほうほうの態でようやく甲仁田山南東尾根に合流。気がつけば標高は810m圏。847mの甲仁田山はすぐそこの位置。安堵し、ぐったりして休憩する。前回見納めかなと思った紅葉は、やはり終わっていた。木々の角度を見ると、改めて急峻の細尾根だなと認識する。

松の木が点在する平坦な頂上。甲仁田山(久松平)に、この一ヶ月間で三度目の登頂。朝食を兼ねたランチタイムで大休憩。

松の木が点在する平坦な頂上。甲仁田山(久松平)に、この一ヶ月間で三度目の登頂。朝食を兼ねたランチタイムで大休憩。

松の木が点在する平坦な頂上。甲仁田山(久松平)に、この一ヶ月間で三度目の登頂。朝食を兼ねたランチタイムで大休憩。

寒い季節は担々麺が美味しい。自作おにぎりとともに食す。KZ氏から戴いた草大福は行動食にとっておくことにする。といった経緯で甲仁田山での大休憩は気がつくと一時間。それに気付いて慌てて出発の準備。

寒い季節は担々麺が美味しい。自作おにぎりとともに食す。KZ氏から戴いた草大福は行動食にとっておくことにする。といった経緯で甲仁田山での大休憩は気がつくと一時間。それに気付いて慌てて出発の準備。

寒い季節は担々麺が美味しい。自作おにぎりとともに食す。KZ氏から戴いた草大福は行動食にとっておくことにする。といった経緯で甲仁田山での大休憩は気がつくと一時間。それに気付いて慌てて出発の準備。

下山は北側に延びる尾根。広大な頂上圏を北上すると右手にすばらしい展望が広がる。正丸山の全容と、伊豆ヶ岳、古御(こみ)岳のワンセット。そして彼方に飯能市街まで望める。

下山は北側に延びる尾根。広大な頂上圏を北上すると右手にすばらしい展望が広がる。正丸山の全容と、伊豆ヶ岳、古御(こみ)岳のワンセット。そして彼方に飯能市街まで望める。

下山は北側に延びる尾根。広大な頂上圏を北上すると右手にすばらしい展望が広がる。正丸山の全容と、伊豆ヶ岳、古御(こみ)岳のワンセット。そして彼方に飯能市街まで望める。

蛇行するNTT管理道路と別れて、北尾根を実直に下る。途中、二分するところは慎重に左側の尾根を選ぶ。標高650m付近には大岩まで現われる。処花沢が左手に見えてきて、管理道路に下り立った。

蛇行するNTT管理道路と別れて、北尾根を実直に下る。途中、二分するところは慎重に左側の尾根を選ぶ。標高650m付近には大岩まで現われる。処花沢が左手に見えてきて、管理道路に下り立った。

蛇行するNTT管理道路と別れて、北尾根を実直に下る。途中、二分するところは慎重に左側の尾根を選ぶ。標高650m付近には大岩まで現われる。処花沢が左手に見えてきて、管理道路に下り立った。

処花沢に沿って舗道を下る。次の目標、水タリア右岸尾根が近づくと、眩い紅葉。見上げると気持ちよさそうな自然林の尾根。登って行きたくなるが、ここはがまんして尾根末端を目指す。

処花沢に沿って舗道を下る。次の目標、水タリア右岸尾根が近づくと、眩い紅葉。見上げると気持ちよさそうな自然林の尾根。登って行きたくなるが、ここはがまんして尾根末端を目指す。

処花沢に沿って舗道を下る。次の目標、水タリア右岸尾根が近づくと、眩い紅葉。見上げると気持ちよさそうな自然林の尾根。登って行きたくなるが、ここはがまんして尾根末端を目指す。

左手から水タリア(不思議な沢名。「水垂れ」が訛り転化したものらしい)が処花沢に合流する尾根末端。水タリアを見上げると小さな滑滝が数ヶ所。水が垂れる、の所以となるか。

左手から水タリア(不思議な沢名。「水垂れ」が訛り転化したものらしい)が処花沢に合流する尾根末端。水タリアを見上げると小さな滑滝が数ヶ所。水が垂れる、の所以となるか。

左手から水タリア(不思議な沢名。「水垂れ」が訛り転化したものらしい)が処花沢に合流する尾根末端。水タリアを見上げると小さな滑滝が数ヶ所。水が垂れる、の所以となるか。

甲仁田山から下山して、ふたたび尾根を登り返す。山登りを一日に二回行なっているような標高差の行程。水タリア右岸尾根は左手に自然林の明るさを感じつつ、踏路自体はやや暗くて細い。途中の小ピーク、610m圏峰を楽しみにしていたが、潅木に囲まれた狭い場所だった。

甲仁田山から下山して、ふたたび尾根を登り返す。山登りを一日に二回行なっているような標高差の行程。水タリア右岸尾根は左手に自然林の明るさを感じつつ、踏路自体はやや暗くて細い。途中の小ピーク、610m圏峰を楽しみにしていたが、潅木に囲まれた狭い場所だった。

甲仁田山から下山して、ふたたび尾根を登り返す。山登りを一日に二回行なっているような標高差の行程。水タリア右岸尾根は左手に自然林の明るさを感じつつ、踏路自体はやや暗くて細い。途中の小ピーク、610m圏峰を楽しみにしていたが、潅木に囲まれた狭い場所だった。

植林帯に変わった踏路は、作業道的に歩きやすくなった。行く手に空を確認すると、岩菅山から東に延びる稜線に出た。標高676mピークは「高指山」という山名が一部で取り沙汰されているとのことだが、手製山名標の類は確認できなかった。

植林帯に変わった踏路は、作業道的に歩きやすくなった。行く手に空を確認すると、岩菅山から東に延びる稜線に出た。標高676mピークは「高指山」という山名が一部で取り沙汰されているとのことだが、手製山名標の類は確認できなかった。

植林帯に変わった踏路は、作業道的に歩きやすくなった。行く手に空を確認すると、岩菅山から東に延びる稜線に出た。標高676mピークは「高指山」という山名が一部で取り沙汰されているとのことだが、手製山名標の類は確認できなかった。

西の鞍部に降りて、KZ氏は石仏を探すが発見できず。昭和初期の地図に記載の、焼山沢から処花沢、そして大畑(芦ヶ久保駅近くの地名)まで辿る古道の痕跡がこの鞍部にあるらしいとのこと。それはそうとして、南側に樹間から覗く甲仁田山。あそこから降りてきたのだな、という実感。

西の鞍部に降りて、KZ氏は石仏を探すが発見できず。昭和初期の地図に記載の、焼山沢から処花沢、そして大畑(芦ヶ久保駅近くの地名)まで辿る古道の痕跡がこの鞍部にあるらしいとのこと。それはそうとして、南側に樹間から覗く甲仁田山。あそこから降りてきたのだな、という実感。

西の鞍部に降りて、KZ氏は石仏を探すが発見できず。昭和初期の地図に記載の、焼山沢から処花沢、そして大畑(芦ヶ久保駅近くの地名)まで辿る古道の痕跡がこの鞍部にあるらしいとのこと。それはそうとして、南側に樹間から覗く甲仁田山。あそこから降りてきたのだな、という実感。

稜線を辿り、突然北面の眺望が開ける。展望台のある丸山と対峙。

稜線を辿り、突然北面の眺望が開ける。展望台のある丸山と対峙。

稜線を辿り、突然北面の眺望が開ける。展望台のある丸山と対峙。

ところどころに紅葉が残っていた。誰も歩いていない稜線上で逝く秋の風情に浸る。行く手に聳える岩菅山にひと登りで到達。

ところどころに紅葉が残っていた。誰も歩いていない稜線上で逝く秋の風情に浸る。行く手に聳える岩菅山にひと登りで到達。

ところどころに紅葉が残っていた。誰も歩いていない稜線上で逝く秋の風情に浸る。行く手に聳える岩菅山にひと登りで到達。

岩菅山から北の尾根を下り、絶景の伐採地で小休止。上州の山々まで見渡せる。「御荷鉾(みかぼ)山も登ってみたいね」「車が無いと無理ですよ」などとふたりであれこれと。

岩菅山から北の尾根を下り、絶景の伐採地で小休止。上州の山々まで見渡せる。「御荷鉾(みかぼ)山も登ってみたいね」「車が無いと無理ですよ」などとふたりであれこれと。

岩菅山から北の尾根を下り、絶景の伐採地で小休止。上州の山々まで見渡せる。「御荷鉾(みかぼ)山も登ってみたいね」「車が無いと無理ですよ」などとふたりであれこれと。

このまま平和裡に兵ノ沢右岸尾根を下り安全に芦ヶ久保駅に下りたいな、と内心思っていたが、KZ氏は未踏である崩ノ沢(くえのさわ)左岸尾根を選ぶ。眼下は明らかな急勾配。軽アイゼンを借りて装着。なんとか下りきると林道が尾根を横断している。建設中の林道はここで止まっていた。

このまま平和裡に兵ノ沢右岸尾根を下り安全に芦ヶ久保駅に下りたいな、と内心思っていたが、KZ氏は未踏である崩ノ沢(くえのさわ)左岸尾根を選ぶ。眼下は明らかな急勾配。軽アイゼンを借りて装着。なんとか下りきると林道が尾根を横断している。建設中の林道はここで止まっていた。

このまま平和裡に兵ノ沢右岸尾根を下り安全に芦ヶ久保駅に下りたいな、と内心思っていたが、KZ氏は未踏である崩ノ沢(くえのさわ)左岸尾根を選ぶ。眼下は明らかな急勾配。軽アイゼンを借りて装着。なんとか下りきると林道が尾根を横断している。建設中の林道はここで止まっていた。

降下するに従って尾根の分岐が増えていく。判り難い箇所多数。崩ノ沢の左岸を選ばなければ、西武鉄道のトンネル上を歩くことはできない。国道の喧騒が聞こえてきて、芦ヶ久保第一トンネルの真上に達する。程無く尾根右手に道が現われて、国道299の花ノ木橋のたもとに下り立つ。

降下するに従って尾根の分岐が増えていく。判り難い箇所多数。崩ノ沢の左岸を選ばなければ、西武鉄道のトンネル上を歩くことはできない。国道の喧騒が聞こえてきて、芦ヶ久保第一トンネルの真上に達する。程無く尾根右手に道が現われて、国道299の花ノ木橋のたもとに下り立つ。

降下するに従って尾根の分岐が増えていく。判り難い箇所多数。崩ノ沢の左岸を選ばなければ、西武鉄道のトンネル上を歩くことはできない。国道の喧騒が聞こえてきて、芦ヶ久保第一トンネルの真上に達する。程無く尾根右手に道が現われて、国道299の花ノ木橋のたもとに下り立つ。

いつもの松枝バス(乗客はもちろん我々のみ)で長渕バス停下車。車道歩きの途上で朝の陽光を浴びる甲仁田山が正面に見える。

右は処花沢沿いのNTT管理道路。正面が目的の甲仁田山東尾根。電柱「松枝101」の箇所から取り付く。KZ氏はほぼ末端から。私はやや車道を進んだ処から踏み跡らしき斜面を登る。

取り付きは少々強引だが、その後は植林帯の歩きやすい踏路。そして標高560mまで達すると右手に自然林の心地好い登りとなる。

標高600mを越えて、北方に眺望が開ける。刈場(カバ)岳の稜線。踏路は露岩が目立つようになり、次第に険しい勾配となっていく。

標高700m付近で左手からウシロ沢左岸尾根が合流。そして傾斜はとんでもなく険しくなる。錆びた有刺鉄線と鉄筋も出現し、禍々しいムード。木の幹や根っこを掴み、決死の思いで登り続ける。

ほうほうの態でようやく甲仁田山南東尾根に合流。気がつけば標高は810m圏。847mの甲仁田山はすぐそこの位置。安堵し、ぐったりして休憩する。前回見納めかなと思った紅葉は、やはり終わっていた。木々の角度を見ると、改めて急峻の細尾根だなと認識する。

松の木が点在する平坦な頂上。甲仁田山(久松平)に、この一ヶ月間で三度目の登頂。朝食を兼ねたランチタイムで大休憩。

寒い季節は担々麺が美味しい。自作おにぎりとともに食す。KZ氏から戴いた草大福は行動食にとっておくことにする。といった経緯で甲仁田山での大休憩は気がつくと一時間。それに気付いて慌てて出発の準備。

下山は北側に延びる尾根。広大な頂上圏を北上すると右手にすばらしい展望が広がる。正丸山の全容と、伊豆ヶ岳、古御(こみ)岳のワンセット。そして彼方に飯能市街まで望める。

蛇行するNTT管理道路と別れて、北尾根を実直に下る。途中、二分するところは慎重に左側の尾根を選ぶ。標高650m付近には大岩まで現われる。処花沢が左手に見えてきて、管理道路に下り立った。

処花沢に沿って舗道を下る。次の目標、水タリア右岸尾根が近づくと、眩い紅葉。見上げると気持ちよさそうな自然林の尾根。登って行きたくなるが、ここはがまんして尾根末端を目指す。

左手から水タリア(不思議な沢名。「水垂れ」が訛り転化したものらしい)が処花沢に合流する尾根末端。水タリアを見上げると小さな滑滝が数ヶ所。水が垂れる、の所以となるか。

甲仁田山から下山して、ふたたび尾根を登り返す。山登りを一日に二回行なっているような標高差の行程。水タリア右岸尾根は左手に自然林の明るさを感じつつ、踏路自体はやや暗くて細い。途中の小ピーク、610m圏峰を楽しみにしていたが、潅木に囲まれた狭い場所だった。

植林帯に変わった踏路は、作業道的に歩きやすくなった。行く手に空を確認すると、岩菅山から東に延びる稜線に出た。標高676mピークは「高指山」という山名が一部で取り沙汰されているとのことだが、手製山名標の類は確認できなかった。

西の鞍部に降りて、KZ氏は石仏を探すが発見できず。昭和初期の地図に記載の、焼山沢から処花沢、そして大畑(芦ヶ久保駅近くの地名)まで辿る古道の痕跡がこの鞍部にあるらしいとのこと。それはそうとして、南側に樹間から覗く甲仁田山。あそこから降りてきたのだな、という実感。

稜線を辿り、突然北面の眺望が開ける。展望台のある丸山と対峙。

ところどころに紅葉が残っていた。誰も歩いていない稜線上で逝く秋の風情に浸る。行く手に聳える岩菅山にひと登りで到達。

岩菅山から北の尾根を下り、絶景の伐採地で小休止。上州の山々まで見渡せる。「御荷鉾(みかぼ)山も登ってみたいね」「車が無いと無理ですよ」などとふたりであれこれと。

このまま平和裡に兵ノ沢右岸尾根を下り安全に芦ヶ久保駅に下りたいな、と内心思っていたが、KZ氏は未踏である崩ノ沢(くえのさわ)左岸尾根を選ぶ。眼下は明らかな急勾配。軽アイゼンを借りて装着。なんとか下りきると林道が尾根を横断している。建設中の林道はここで止まっていた。

降下するに従って尾根の分岐が増えていく。判り難い箇所多数。崩ノ沢の左岸を選ばなければ、西武鉄道のトンネル上を歩くことはできない。国道の喧騒が聞こえてきて、芦ヶ久保第一トンネルの真上に達する。程無く尾根右手に道が現われて、国道299の花ノ木橋のたもとに下り立つ。