活動データ
タイム
06:18
距離
18.6km
のぼり
431m
くだり
580m
活動詳細
すべて見るこのシリーズ主役、古代胸形氏の舞台である福津・宗像へ・・ 今回ちぃちゃなオヤマは許斐山へ寄り、福間・津屋崎抜けて、いよいよ玄界灘へタッチして次へ歩き繋ぎます・・ 許斐山(このみやま); 城としての築城は大治年間と云われるから藤原氏の摂関政治から上皇による院政たけなわな頃、当時は防御を目的とした山城と云うより宗像氏の領地を一望に見渡せる許斐山の麓に宗像氏大宮司の流れをくむ許斐氏の館と云った方が適切かも知れません。 後世に許斐城攻防戦と知られているのは、それから500年程後で特に最後の大宮司宗像氏貞の時、1559年豊後大友勢に一度は攻め落とされるも海中の中津宮である大島へ逃れ、翌年再び山口毛利氏の支援を受けて取り戻しています。 領民含めて数千人と云われる人数で海中の大島へ逃れるのは、いかにも海の民たる宗像勢らしい・・ 津屋崎古墳群 ; 玄界灘に面した福津市北部の丘陵や台地上に5~7世紀にかけて築かれた古墳が、南北8㎞、東西2㎞の範囲内に前方後円墳16基・円墳・方墳含めて60基が集中しており、ひと頃は古代胸形氏のものとされて来たが最近、古墳に使われている岩石等の調査で揺らいでいる。 次回以降の玄界灘編は、古代胸形氏を中心に阿曇氏・磐井氏も含めて追って行く事になります・・ 歩き終えて・・ 18㎞越だけどオヤマは許斐山の2㎞程だけで、後は全てロードです。 今は略毎日、畑・白木の鍛錬続いてますから、ロードは多少距離有っても夏場の直射日光からの照り返しが弱まれば問題ないと解りました。
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