塩飽諸島シーカヤック&王頭山

2019.08.07(水) 3 DAYS Okayama, Kagawa
どんぐり
どんぐり

活動データ

タイム

19:45

距離

79.4km

上り

1,758m

下り

1,761m

チェックポイント

活動詳細

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塩飽諸島をシーカヤックで巡った。 玉島の沙美海岸から出て、手島、小手島、広島、牛島、塩飽本島、六口島の六島を1泊2日で回ろうという目論見である。 あわよくば、塩飽諸島の最高峰、広島の王頭山を登り、本島の1周も。 泊まりは適当な場所でキャンプすることにした。 8月7日 台風8号の余波の風が収まった7日未明にかけて自宅出発、沙美海水浴場へ。 駐車場は午前7時から午後10時までオープンだが、鍵管理の人が早めに来てチェーンを外してくれたので、ほぼ予定どおりに沙美海岸から漕ぎ出せた。 潮と風は読みのうちだが、予想外に東風が強かった。 また佐柳島を手島と誤認していたため、進路を西寄りにとってしまった。 手島 潮と風にさからって、東へ戻すこともないのでそのまま手島の西側へ入り西浦の浜に着けた。たまたま手島の方が、ボートを出しに来ていて話をする。 この島の出身だが東京に住んでいて、盆の頃に帰ってくる際、友達もいっしょに遊びにくるのだということ。そうしていると、その友達が数人あらわれて三々五々ボートに乗り始めた。私たちは東側の港のある村へ散策へ。 ひまわりの畑があり、咲き誇る黄色い花が青い海に映えてえも言えず美しい。 尾方山の登山は、夏草が茂ってマムシがいるという注意を聞いて早々に断念。 手島の集落は多くの家屋が建っているがそのほとんどは空家で、10世帯ほどしか住んでいないとのこと。 中央にある小学校跡は、自然教育センターになっていて宿泊できるようだ。 美大の学生が数人、絵を描きに来て泊まっているらしい。 西浦の浜に戻り、東京の人たちの見送りしてもらい南西にある小手島へ向かう。 小手島 港の北側、太師堂近くの小さな砂浜に着けた。 ビールを開けてから港周辺を散策。 山の上にある建物は小学校で、児童がいて今も開校されているのに驚いた。 子供のいる島はめずらしい。それだけで島の活気が違うような気がする。 転流の時間を待ちたかったが、向い潮でも1ノットくらいなら大丈夫だろうと出発。 港を出てすぐのあたりは潮がぶつかりあうのか、沸き立つような波があった。 潮が湧く「塩飽」の名のとおりの海だった。 青木の港を目指したが、途中で転じて甲路の小さな港に入る。 そこから王頭山へ登る手もあったが、今日の宿泊予定地の江の浦海岸を目指す。 早崎を回るころ、四国の屋島あたりに積乱雲が発達して遠雷がとどろく。 稲妻を見てから30秒ほどして雷鳴が届くのだから心配はいらないのだが、こっちにやってくると言う女房に急かされてピッチを上げた。 広島 塩飽諸島で一番大きい島であり、一番高い山をもつ。 江の浦の浜に上げてから、その王頭山(311.8m)に登った。 夏草と蜘蛛の巣をかきわけ、暑さにあえぎながら山道を行く。持参の水は登りで飲み干した。止めどなく流れる汗、照りつける太陽。ふもとにたつ虹も海と島嶼の風景もなぐさめにならない。そうしてようやく登りついた山頂の不愛想なこと。山頂標識と三角点だけの何の展望もない。ただ頂を踏んだ、それだけでこの山を去る。 江の浦に戻り、水を浴びるほど飲む。 ここは海水浴場だが、海の家もシャワーもない。 北岸の茂浦にはゲストハウスが2軒あるそうだ。 通りかかった地元の人にテントを張ってもいいかと尋ねると 「ここには、やかましいことを言う人はいないよ」と言ってくれた。 その言葉に甘えてこの浜に一夜の夢を結ぶ 8月8日 塩飽本島と牛島の間は航路になっていて大型船がよく通る。 浜を漕ぎ出し東流する潮に乗って漕ぐとカヤックはよく走り、40分で牛島に着いた。 牛島 牛島の灯台ねきの砂浜に上げ、里浦の村を歩く。 墓掃除をする婦人を一人見たほかは猫ばかり。廃屋が目立つ。 里浦港には船はなかった。 南の小浦に通じる道に入ると、年配の方が竹を割っていたので話しかける。 里浦には今は2世帯しか住んでいないとか、昨日、園の洲で遺体が上がったとか、 延縄漁の仕方などなど、世間話を聞いたりしたりして時を過ごす。 ふと潮の話になり、転流は10時頃からだと教えられ、あわてて腰を上げた。 12時だと勘違いをしていた。まだ、本島1周の課題が残っている。 本島への横断は短い距離だが、大型船の通過を見計らって行かなければならない。 遠くに見えても動力船は速い。 塩飽本島 泊海水浴場の東端に着けた。 この島の人名制度など、歴史的な話は置いておくが、塩飽諸島の中心地である。 丸亀から連絡船で30分ほどの距離である。児島にも船便が通じている。 その連絡船乗り場にあるレンタサイクルを借り、島内1周16㎞のサイクリングに出かけた。 島の沿岸の道はけっこうアップダウンが多い。自転車は豊島で味をしめた電動がよい。 時計回りに回った。尻浜の小学校跡、園の洲の地名伝承、屋釜の浜、笠島のまちなみ保存地区、勤番所跡など見所が多い。ゆっくり見物して行っても2時間足らず。 10時過ぎ転流に合わせて漕ぎ出す。与島が眼前、瀬戸大橋を行く車が見える。 大橋開通時の狂乱の時は過ぎて、フィッシャーマンズ・ワーフの施設も夢の跡。大金を投じてどうなるものでもないという記憶遺産として、私の頭の中に残る島である。 過疎と高齢化で人が消えいく島の未来をどう描くことができるのだろうか。 向島 本島北の無人島に上げた。 本島との間の狭戸は、川のように流れていた。その流れに乗って弁天島との間を北へ。 六口島 像岩のある浜に寄った。 人が大勢いる海水浴場にこの海旅ではじめて出会った。 海の家に「像岩亭」という民宿もある。 上がって冷えたビールを飲む。この先、12㎞も漕ぐのだから水気とともにアルコールも吹き飛んでしまうだろう。足りなくなったその水も仕込んで出発。 水島航路には大型船が行き来している。その向こうに濃地島3島。 水島灘を横切って、ひたすら北西を目指して漕ぐ。 幸いなことにというより、読み通りの追い風、送り潮。カヤックは目に見えて走る。 右手に水島コンビナート、左手には塩飽の島々。 パドルの手を休めると背に風を感じて涼しい。漕ぎ出すと風の速度となるので風を感じず蒸し暑くなる。これが追い風の証拠である。 大柄杓島 六口島と沙美海岸とのちょうど真ん中あたりにあるこの岩島に上げる。 西側にある小島との間の流れに運ばれ、エディターンの要領で小さな砂浜へ。 掘れた岩窟の前で日は当たらず、風が通って絶好の休み場所だった。 下水島が視界から消えると沙美の浜は近い。 その西端を目指して漕ぐと2日間の海旅も終わる。

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