活動データ
タイム
03:13
距離
5.4km
のぼり
369m
くだり
374m
活動詳細
すべて見る1336年、湊川の戦いに於いて、楠木正成が敗死。 それから12年。 河内国南部にて密かに勢力を強めていた正成の息子正行は、住吉や天王寺周辺までゲリラ戦を展開。 足利氏を脅かす存在となっていた。 この為、足利軍は高師直(こうのもろなお)を将とする正行討伐の軍を編成する。 その数、正行軍の3,000に対して、約20倍以上の、60,000〜80,000。 世に言う「四條畷の戦い」は、数にものをいわせる足利軍が勝利し、敗れた正行は、弟の正時と刺し違えて自決するのである。 父正成の無念を晴らすべく挙兵したのか。 それとも、父正成の後を追うべく、戦場に死に場所を求めたのか。 正行の心の内は、誰にも知ることは出来ない。
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