【天筒山】北陸はひとつ - 能登ボランティアと敦賀探訪 -

2024.03.24(日) 日帰り

この週末は北陸方面へ🥾 能登半島地震の震災ボランティア活動&北陸新幹線延伸に沸く敦賀探訪です🙋🏻‍♂️ 能登については元日の発災以来いつかは現地でお役に立ちたい💪🏻と思っていて、 今回その機会を得たので志願✋🏻 微力ながらお手伝いしてきました🫡 能登での活動の後、久しぶりに敦賀⚓️を訪れることにしたのは、 岐阜在住の折に度々遊びに行って馴染みのある場所🌊だったからです🙂 北陸新幹線金沢ー敦賀間🛤️が開通し新潟とも上越妙高駅・糸魚川駅からダイレクトに繋がりました🚄 なんだか呼ばれたような気になって、北陸の旅を挙行することにしたのでした✊🏻 震災ボラについてはここでの詳述は控えます🤐 ご興味のある方はフォトライブラリ🖼️にてご確認いただければと思います🙏🏻 ひとつだけ言えるのは、現地ではまだまだ全然人手が足りていないということ💦 継続的な支援の輪🍀が広がれば能登の皆さんも励まされると感じました🌈 ちなみにお山の装備🎒はボランティア活動に転用出来るものも多く助けられました🙂 もしお山をやっていなければ今回の活動⛑️に繋がらなかったかも😅 1泊2日のボランティア活動が終わり金沢から敦賀へ移動🚄 その夜はまったりと過ごしました🏙️ 翌朝、いよいよ敦賀探訪ブラアユムスタートです😎(笑) 観光気分の敦賀でしたがメインは「天筒山(てづつやま)」ハイキング🎒 麓には金崎宮や赤レンガ倉庫など観光スポット✨も多く、 登山道も遊歩道的に整備されて地元の方の集う里山といった趣きでした🙆🏻‍♂️ 山頂からは敦賀の街並みと入り江で穏やかな敦賀湾が一望✨ 晴れていたらそれこそ大絶景だったでしょうが、これが観たかったので満足しました😊 またここは織田信長公絶対絶命の危機「金ヶ崎の退き口」の舞台地でもある⚔️ 南北朝時代の史跡もあって歴史好きには何かと熱い場所でもありました😝 せっかくの敦賀です⚓️ 徒歩で行ける範囲でいろんな場所を巡り楽しんできました😙 氣比神宮、金崎宮、赤レンガ倉庫、晴明神社、敦賀城跡、気比の松原etc.✨ そして何より新しくなったJR敦賀駅🚉(笑) インバウンド👨🏼‍🦰含む観光客以上に地元の見学者👪が大勢押し寄せてお祭りムードでした🎊 なんだかんだ言っても街がにぎわうのはうれしいことですよね🎉 あっという間の敦賀滞在、後ろ髪引かれる思いで上越妙高へ、越後へ帰りました🚄 今回は震災ボランティア⛑️と敦賀観光👒を兼ねての行動となりました🥾 北陸新幹線🚄には初めて乗りましたが、 この文明の利器のおかげで新潟県も富山県、石川県、福井県とは近く&早く結ばれました😆 新潟🌾は東北にも関東にも接するので北陸地方からハミ子扱い(笑)されがちですが、 昔から海路・陸路で結ばれて”北陸道”を成す地域なのだから新幹線直通は良いことです✨ もともと古代では新潟(越後)も富山(越中)も石川(加賀・能登)も福井(越前)もひとつの国🌾 その「越(こし)の国」は、敦賀から始まって弥彦山辺りまでの範囲とされていたようです🌾 今は越後に住まう私、敦賀まで行ってみたくなるのは本能だったのかも⁉️(笑) そして能登もまた同じ「越の国」の一員、兄弟国👬🏻 北陸各県には時代と距離と海を超えたつながりがあるのです🤝🏻 だからこそ、これからも互いに交流し助け合えたらいいなあと思うのです🙂 ありがとうございました😌

年度末の有給休暇消化に絡めて能登にボランティアに行くことにした
1泊2日型で申し込んだからいろいろ装備も必要となる
石川県からの指示に従ってボランティア保険に加入したり必要な準備を進めていった
登山用品や山小屋泊装備はそのまま流用できるものも多い
ただし安全靴や防刃手袋などは別途購入して備えた
シューズは登山靴で代用できるかなとも思っていたが現地入りしてみると到底無理だと分かった
とにかくガラス、釘など金属類、瓦・陶器片など踏み抜きやつまずきで足元を怪我しかねないガレキが多すぎる
登山用品で代用の効かない安全靴、防刃手袋、防塵ゴーグル、N95マスクは必須、無ければ買い増して臨むしかない
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年度末の有給休暇消化に絡めて能登にボランティアに行くことにした 1泊2日型で申し込んだからいろいろ装備も必要となる 石川県からの指示に従ってボランティア保険に加入したり必要な準備を進めていった 登山用品や山小屋泊装備はそのまま流用できるものも多い ただし安全靴や防刃手袋などは別途購入して備えた シューズは登山靴で代用できるかなとも思っていたが現地入りしてみると到底無理だと分かった とにかくガラス、釘など金属類、瓦・陶器片など踏み抜きやつまずきで足元を怪我しかねないガレキが多すぎる 登山用品で代用の効かない安全靴、防刃手袋、防塵ゴーグル、N95マスクは必須、無ければ買い増して臨むしかない

年度末の有給休暇消化に絡めて能登にボランティアに行くことにした 1泊2日型で申し込んだからいろいろ装備も必要となる 石川県からの指示に従ってボランティア保険に加入したり必要な準備を進めていった 登山用品や山小屋泊装備はそのまま流用できるものも多い ただし安全靴や防刃手袋などは別途購入して備えた シューズは登山靴で代用できるかなとも思っていたが現地入りしてみると到底無理だと分かった とにかくガラス、釘など金属類、瓦・陶器片など踏み抜きやつまずきで足元を怪我しかねないガレキが多すぎる 登山用品で代用の効かない安全靴、防刃手袋、防塵ゴーグル、N95マスクは必須、無ければ買い増して臨むしかない

長岡を夜明け前にクルマで出て新幹線上越妙高駅へ移動
始発列車でまずは金沢を目指す
トイレの鏡に映った自分の姿は胡散臭いレスキューみたいに見えたが、志願して行く以上は頑張ってこようと思った
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長岡を夜明け前にクルマで出て新幹線上越妙高駅へ移動 始発列車でまずは金沢を目指す トイレの鏡に映った自分の姿は胡散臭いレスキューみたいに見えたが、志願して行く以上は頑張ってこようと思った

長岡を夜明け前にクルマで出て新幹線上越妙高駅へ移動 始発列車でまずは金沢を目指す トイレの鏡に映った自分の姿は胡散臭いレスキューみたいに見えたが、志願して行く以上は頑張ってこようと思った

北陸新幹線には初めて乗った
上越新幹線と同じ車両だからすぐ馴染んだ
富山県に入ると車窓から北ア(後立山連峰や剱立山連峰)が綺麗で感動した

北陸新幹線には初めて乗った 上越新幹線と同じ車両だからすぐ馴染んだ 富山県に入ると車窓から北ア(後立山連峰や剱立山連峰)が綺麗で感動した

北陸新幹線には初めて乗った 上越新幹線と同じ車両だからすぐ馴染んだ 富山県に入ると車窓から北ア(後立山連峰や剱立山連峰)が綺麗で感動した

あっという間に金沢に着いた
金沢は10数年ぶりになるだろうか
当時在住だった先輩に連れられて市内観光&グルメ満喫をしたことを思い出し懐かしむ
あの頃は静かな街だったように感じたが、今やインバウンドのゲージンさんがめちゃくちゃ多くて驚いた
さすが加賀百万石や(←意味不明)

あっという間に金沢に着いた 金沢は10数年ぶりになるだろうか 当時在住だった先輩に連れられて市内観光&グルメ満喫をしたことを思い出し懐かしむ あの頃は静かな街だったように感じたが、今やインバウンドのゲージンさんがめちゃくちゃ多くて驚いた さすが加賀百万石や(←意味不明)

あっという間に金沢に着いた 金沢は10数年ぶりになるだろうか 当時在住だった先輩に連れられて市内観光&グルメ満喫をしたことを思い出し懐かしむ あの頃は静かな街だったように感じたが、今やインバウンドのゲージンさんがめちゃくちゃ多くて驚いた さすが加賀百万石や(←意味不明)

西口からベースキャンプ行きのバスが出る
指定時間に行くと県職員が行き先別に振り分けてくれる
今回は能登町に入らせてもらうことになっていた
いよいよ始まった
頑張るぞ

西口からベースキャンプ行きのバスが出る 指定時間に行くと県職員が行き先別に振り分けてくれる 今回は能登町に入らせてもらうことになっていた いよいよ始まった 頑張るぞ

西口からベースキャンプ行きのバスが出る 指定時間に行くと県職員が行き先別に振り分けてくれる 今回は能登町に入らせてもらうことになっていた いよいよ始まった 頑張るぞ

能登半島を訪れるのは人生初だった
こんな形で訪れることになるとは…
能登は想像以上に風光明媚なところだった
なんとなく三陸沿岸のような趣きもある
まだまだ観光気分な自分だった

能登半島を訪れるのは人生初だった こんな形で訪れることになるとは… 能登は想像以上に風光明媚なところだった なんとなく三陸沿岸のような趣きもある まだまだ観光気分な自分だった

能登半島を訪れるのは人生初だった こんな形で訪れることになるとは… 能登は想像以上に風光明媚なところだった なんとなく三陸沿岸のような趣きもある まだまだ観光気分な自分だった

奥能登へのアクセス道路を行けばゆくほどガタガタガクンガクンと揺れて乗り心地が悪くなった
道路は通れても段差や亀裂や崩壊箇所がたくさん残されていた
震災からまだ3ヶ月弱、通れるだけでもありがたい

奥能登へのアクセス道路を行けばゆくほどガタガタガクンガクンと揺れて乗り心地が悪くなった 道路は通れても段差や亀裂や崩壊箇所がたくさん残されていた 震災からまだ3ヶ月弱、通れるだけでもありがたい

奥能登へのアクセス道路を行けばゆくほどガタガタガクンガクンと揺れて乗り心地が悪くなった 道路は通れても段差や亀裂や崩壊箇所がたくさん残されていた 震災からまだ3ヶ月弱、通れるだけでもありがたい

そして穴水町に設けられたベースキャンプに到着
金沢から2時間以上かかった
ここを拠点にして1泊2日のボランティア活動をさせていただく
これが出来たからこそ俺のような素人でも参加が可能になった
ただし、電気は通っているが水道はまだ
よってトイレは校舎外の仮設しか使えず、夜中でもそこまで行かねばならない
まあ山小屋も同じような環境ゆえさほどの苦にはならなかった

そして穴水町に設けられたベースキャンプに到着 金沢から2時間以上かかった ここを拠点にして1泊2日のボランティア活動をさせていただく これが出来たからこそ俺のような素人でも参加が可能になった ただし、電気は通っているが水道はまだ よってトイレは校舎外の仮設しか使えず、夜中でもそこまで行かねばならない まあ山小屋も同じような環境ゆえさほどの苦にはならなかった

そして穴水町に設けられたベースキャンプに到着 金沢から2時間以上かかった ここを拠点にして1泊2日のボランティア活動をさせていただく これが出来たからこそ俺のような素人でも参加が可能になった ただし、電気は通っているが水道はまだ よってトイレは校舎外の仮設しか使えず、夜中でもそこまで行かねばならない まあ山小屋も同じような環境ゆえさほどの苦にはならなかった

元は中学校か何かだったらしい
体育館にテント村があってそこの一張をあてがってもらえる
能登高校の生徒が作った応援団旗が迎えてくれた
10代らしい青臭くて小っ恥ずかしいメッセージだがそこが良いのかも知れない
俺たちボランティアもここではピュアな気持ちに生まれ変わっていた

元は中学校か何かだったらしい 体育館にテント村があってそこの一張をあてがってもらえる 能登高校の生徒が作った応援団旗が迎えてくれた 10代らしい青臭くて小っ恥ずかしいメッセージだがそこが良いのかも知れない 俺たちボランティアもここではピュアな気持ちに生まれ変わっていた

元は中学校か何かだったらしい 体育館にテント村があってそこの一張をあてがってもらえる 能登高校の生徒が作った応援団旗が迎えてくれた 10代らしい青臭くて小っ恥ずかしいメッセージだがそこが良いのかも知れない 俺たちボランティアもここではピュアな気持ちに生まれ変わっていた

割り当てられたテントにねぐらを作っていく
夜は冷えるので寝袋の携行が必須
マットはテント内に据え付けられてあって持参せずとも良い
災害用毛布を貸してもらえるが使用したら持ち帰り義務が発生する
荷物の整理が出来たら持参した昼食を摂りサブザックに換装
いよいよ現地へと乗り込む
例えはおかしいかもしれないが山頂へのアタックみたいな高揚感があった

割り当てられたテントにねぐらを作っていく 夜は冷えるので寝袋の携行が必須 マットはテント内に据え付けられてあって持参せずとも良い 災害用毛布を貸してもらえるが使用したら持ち帰り義務が発生する 荷物の整理が出来たら持参した昼食を摂りサブザックに換装 いよいよ現地へと乗り込む 例えはおかしいかもしれないが山頂へのアタックみたいな高揚感があった

割り当てられたテントにねぐらを作っていく 夜は冷えるので寝袋の携行が必須 マットはテント内に据え付けられてあって持参せずとも良い 災害用毛布を貸してもらえるが使用したら持ち帰り義務が発生する 荷物の整理が出来たら持参した昼食を摂りサブザックに換装 いよいよ現地へと乗り込む 例えはおかしいかもしれないが山頂へのアタックみたいな高揚感があった

いったん能登町災害ボランティアセンターに集められる
そこで作業内容や諸注意の打ち合わせ
数班に分けられて活動に入るが何故かリーダーに推挙されてしまった
がびーん、そんなん俺に出来るのかな…!?
作業内容引継書に目通ししながら今頃になって不安になってきた(笑)

いったん能登町災害ボランティアセンターに集められる そこで作業内容や諸注意の打ち合わせ 数班に分けられて活動に入るが何故かリーダーに推挙されてしまった がびーん、そんなん俺に出来るのかな…!? 作業内容引継書に目通ししながら今頃になって不安になってきた(笑)

いったん能登町災害ボランティアセンターに集められる そこで作業内容や諸注意の打ち合わせ 数班に分けられて活動に入るが何故かリーダーに推挙されてしまった がびーん、そんなん俺に出来るのかな…!? 作業内容引継書に目通ししながら今頃になって不安になってきた(笑)

現場での活動はいきなりガレキとの闘いになる
作業依頼というか事前の取り決めで後片付けや軽トラでの搬出くらいしか出来ないが、
それでも被災者の方々はとても感謝してくださる
現場リーダーとして作業上必要なお話をさせていただきコミュニケーションも取らねばならなかった
元日からこの日まで皆さんとんでもない苦労を重ね疲れ切っていた
被災者個人ではどうにもならないことばかり
外部からの助けを借りて現状打破したいと考えていらっしゃることをひしひしと感じて胸が詰まった
素人のボランティアだからといって適当なことをして帰るわけには絶対に行かないと思った

現場での活動はいきなりガレキとの闘いになる 作業依頼というか事前の取り決めで後片付けや軽トラでの搬出くらいしか出来ないが、 それでも被災者の方々はとても感謝してくださる 現場リーダーとして作業上必要なお話をさせていただきコミュニケーションも取らねばならなかった 元日からこの日まで皆さんとんでもない苦労を重ね疲れ切っていた 被災者個人ではどうにもならないことばかり 外部からの助けを借りて現状打破したいと考えていらっしゃることをひしひしと感じて胸が詰まった 素人のボランティアだからといって適当なことをして帰るわけには絶対に行かないと思った

現場での活動はいきなりガレキとの闘いになる 作業依頼というか事前の取り決めで後片付けや軽トラでの搬出くらいしか出来ないが、 それでも被災者の方々はとても感謝してくださる 現場リーダーとして作業上必要なお話をさせていただきコミュニケーションも取らねばならなかった 元日からこの日まで皆さんとんでもない苦労を重ね疲れ切っていた 被災者個人ではどうにもならないことばかり 外部からの助けを借りて現状打破したいと考えていらっしゃることをひしひしと感じて胸が詰まった 素人のボランティアだからといって適当なことをして帰るわけには絶対に行かないと思った

あっという間に作業時間終了
あらかじめ決められた作業を決められた時間内でやるのがルールだが無力感に苛まれる
帰投のバスから眺めた能登の海は心底綺麗だった
向こうはそのまま富山湾になる
その上に白銀の剱・立山がそびえていた
なんでこんな美しい場所が…と嘆かわしくて仕方なかった

あっという間に作業時間終了 あらかじめ決められた作業を決められた時間内でやるのがルールだが無力感に苛まれる 帰投のバスから眺めた能登の海は心底綺麗だった 向こうはそのまま富山湾になる その上に白銀の剱・立山がそびえていた なんでこんな美しい場所が…と嘆かわしくて仕方なかった

あっという間に作業時間終了 あらかじめ決められた作業を決められた時間内でやるのがルールだが無力感に苛まれる 帰投のバスから眺めた能登の海は心底綺麗だった 向こうはそのまま富山湾になる その上に白銀の剱・立山がそびえていた なんでこんな美しい場所が…と嘆かわしくて仕方なかった

帰りのバスも被災地を抜けていく
見ているしかないがこんな光景があちこちにある
正月にTVで見た光景とほとんど変わりがない
現場ではそれに加えて塵芥の匂いや空気の温度や被災者の声も加わって、TVで見るニュースの100倍は感情を揺さぶってくる
巨大地震の情け容赦の無さ、その前での人の無力さを痛感する帰り道だった

帰りのバスも被災地を抜けていく 見ているしかないがこんな光景があちこちにある 正月にTVで見た光景とほとんど変わりがない 現場ではそれに加えて塵芥の匂いや空気の温度や被災者の声も加わって、TVで見るニュースの100倍は感情を揺さぶってくる 巨大地震の情け容赦の無さ、その前での人の無力さを痛感する帰り道だった

帰りのバスも被災地を抜けていく 見ているしかないがこんな光景があちこちにある 正月にTVで見た光景とほとんど変わりがない 現場ではそれに加えて塵芥の匂いや空気の温度や被災者の声も加わって、TVで見るニュースの100倍は感情を揺さぶってくる 巨大地震の情け容赦の無さ、その前での人の無力さを痛感する帰り道だった

1時間ほどかけけてベースキャンプに帰ってきた
ありがたいことに夕食に弁当と味噌汁が出る
もちろん被災者の方の分を横領している訳ではない
ボランティア参加費という形で食費(1日目夜・2日目昼)を納めた上での配給
能登路の味、いただきます

1時間ほどかけけてベースキャンプに帰ってきた ありがたいことに夕食に弁当と味噌汁が出る もちろん被災者の方の分を横領している訳ではない ボランティア参加費という形で食費(1日目夜・2日目昼)を納めた上での配給 能登路の味、いただきます

1時間ほどかけけてベースキャンプに帰ってきた ありがたいことに夕食に弁当と味噌汁が出る もちろん被災者の方の分を横領している訳ではない ボランティア参加費という形で食費(1日目夜・2日目昼)を納めた上での配給 能登路の味、いただきます

テントに戻って寝袋をセット
山小屋泊で使う分だから十分間に合う
山小屋泊テント泊のアイテムは流用が効く
ただし体育館ということもあって火気厳禁
寒くてもバーナーなどは使えず温かく調理するものは食べられない
受付に湯沸かしポット2台があるのでカップ麺やアルファ化米程度は食べられるが…
もちろんお酒タバコも禁止
音もよく響くからヨコシマなことは何も出来ない環境

テントに戻って寝袋をセット 山小屋泊で使う分だから十分間に合う 山小屋泊テント泊のアイテムは流用が効く ただし体育館ということもあって火気厳禁 寒くてもバーナーなどは使えず温かく調理するものは食べられない 受付に湯沸かしポット2台があるのでカップ麺やアルファ化米程度は食べられるが… もちろんお酒タバコも禁止 音もよく響くからヨコシマなことは何も出来ない環境

テントに戻って寝袋をセット 山小屋泊で使う分だから十分間に合う 山小屋泊テント泊のアイテムは流用が効く ただし体育館ということもあって火気厳禁 寒くてもバーナーなどは使えず温かく調理するものは食べられない 受付に湯沸かしポット2台があるのでカップ麺やアルファ化米程度は食べられるが… もちろんお酒タバコも禁止 音もよく響くからヨコシマなことは何も出来ない環境

夕方になりグラウンド跡に出てみたら夕焼けが綺麗だった
寝るには早いから他にも多くのボランティア参加者がたそがれに来ていた
学生から高齢者まで
ボランティア参加に性別も年齢も職業も経歴も関係ない
参加理由や志など話すこともあったが、どれも立派だと思えた
スーパーボランティア、ヒーローみたいな人もいない訳ではないが、でも決して特別な人ばかりでもない
みんな「能登の人たちの役に立ちたい」という真心が原動力だった

夕方になりグラウンド跡に出てみたら夕焼けが綺麗だった 寝るには早いから他にも多くのボランティア参加者がたそがれに来ていた 学生から高齢者まで ボランティア参加に性別も年齢も職業も経歴も関係ない 参加理由や志など話すこともあったが、どれも立派だと思えた スーパーボランティア、ヒーローみたいな人もいない訳ではないが、でも決して特別な人ばかりでもない みんな「能登の人たちの役に立ちたい」という真心が原動力だった

夕方になりグラウンド跡に出てみたら夕焼けが綺麗だった 寝るには早いから他にも多くのボランティア参加者がたそがれに来ていた 学生から高齢者まで ボランティア参加に性別も年齢も職業も経歴も関係ない 参加理由や志など話すこともあったが、どれも立派だと思えた スーパーボランティア、ヒーローみたいな人もいない訳ではないが、でも決して特別な人ばかりでもない みんな「能登の人たちの役に立ちたい」という真心が原動力だった

グラウンドのすぐ前まで海が広がっている
だから液状化現象の跡も見られて生々しかった
それでも目の前の夕景は穏やかだった
昼の活動で能登の現実を見た
嘘であって欲しいとさえ思った
この絶景と現実世界のギャップはあまりに大きかった
でも今回はここに来て活動できて良かったと思えた
お山をやっていて0から装備を揃える必要がなかったことは大きい
山の道具にも感謝しなきゃ
寒くなってきたからテント村に戻ろう
明日は雨予報だった

グラウンドのすぐ前まで海が広がっている だから液状化現象の跡も見られて生々しかった それでも目の前の夕景は穏やかだった 昼の活動で能登の現実を見た 嘘であって欲しいとさえ思った この絶景と現実世界のギャップはあまりに大きかった でも今回はここに来て活動できて良かったと思えた お山をやっていて0から装備を揃える必要がなかったことは大きい 山の道具にも感謝しなきゃ 寒くなってきたからテント村に戻ろう 明日は雨予報だった

グラウンドのすぐ前まで海が広がっている だから液状化現象の跡も見られて生々しかった それでも目の前の夕景は穏やかだった 昼の活動で能登の現実を見た 嘘であって欲しいとさえ思った この絶景と現実世界のギャップはあまりに大きかった でも今回はここに来て活動できて良かったと思えた お山をやっていて0から装備を揃える必要がなかったことは大きい 山の道具にも感謝しなきゃ 寒くなってきたからテント村に戻ろう 明日は雨予報だった

個人スペースに戻ってきた
ケータイの電波があるのはありがたかった
スマホで情報収集していると腹が減ってきた…
あのお弁当ひとつでは足りなかった(笑)
こんなこともあろうかとおやつを持ってきていて良かった
能登の観光冊子でグルメのページを見ながらもぐもぐタイム
ヨダレが出る(笑)
能登半島の魅力の詰まったこの冊子、新しいなと思ったら2023年12月発行だった
編集者・関係者の気持ちを思うといたたまれない

個人スペースに戻ってきた ケータイの電波があるのはありがたかった スマホで情報収集していると腹が減ってきた… あのお弁当ひとつでは足りなかった(笑) こんなこともあろうかとおやつを持ってきていて良かった 能登の観光冊子でグルメのページを見ながらもぐもぐタイム ヨダレが出る(笑) 能登半島の魅力の詰まったこの冊子、新しいなと思ったら2023年12月発行だった 編集者・関係者の気持ちを思うといたたまれない

個人スペースに戻ってきた ケータイの電波があるのはありがたかった スマホで情報収集していると腹が減ってきた… あのお弁当ひとつでは足りなかった(笑) こんなこともあろうかとおやつを持ってきていて良かった 能登の観光冊子でグルメのページを見ながらもぐもぐタイム ヨダレが出る(笑) 能登半島の魅力の詰まったこの冊子、新しいなと思ったら2023年12月発行だった 編集者・関係者の気持ちを思うといたたまれない

22時消灯だがそれより早く寝ている人が多い
俺の担当する能登町よりも遠い珠洲市に入る人は出発時間も早いから無理もない
やっぱり体育館、空気が底冷えして寒い
そして音がよく響くので他人の出す音が気になる
特にテントの出入りの際のジッパーの音がとてもうるさい
耳栓よりも強力な遮音効果が期待できるノイズキャンセリング機能付きのイヤフォンがあると良いだろう
このような体育館は被災者の方の避難場所になることが多いが発災直後のカオス状況ではとても寝られたものではないと分かった
俺たちは寒いとはいえ個室テントがあるだけでもありがたいと思った
ここがなければ素人の泊まりでのボランティア活動は無理だった

22時消灯だがそれより早く寝ている人が多い 俺の担当する能登町よりも遠い珠洲市に入る人は出発時間も早いから無理もない やっぱり体育館、空気が底冷えして寒い そして音がよく響くので他人の出す音が気になる 特にテントの出入りの際のジッパーの音がとてもうるさい 耳栓よりも強力な遮音効果が期待できるノイズキャンセリング機能付きのイヤフォンがあると良いだろう このような体育館は被災者の方の避難場所になることが多いが発災直後のカオス状況ではとても寝られたものではないと分かった 俺たちは寒いとはいえ個室テントがあるだけでもありがたいと思った ここがなければ素人の泊まりでのボランティア活動は無理だった

22時消灯だがそれより早く寝ている人が多い 俺の担当する能登町よりも遠い珠洲市に入る人は出発時間も早いから無理もない やっぱり体育館、空気が底冷えして寒い そして音がよく響くので他人の出す音が気になる 特にテントの出入りの際のジッパーの音がとてもうるさい 耳栓よりも強力な遮音効果が期待できるノイズキャンセリング機能付きのイヤフォンがあると良いだろう このような体育館は被災者の方の避難場所になることが多いが発災直後のカオス状況ではとても寝られたものではないと分かった 俺たちは寒いとはいえ個室テントがあるだけでもありがたいと思った ここがなければ素人の泊まりでのボランティア活動は無理だった

2日目早くも最終日
朝から体育館の屋根に打ちつける雨音の大音響で起こされた
昨日と同じセンターまでバス移動
全国から集まったボランティアの皆さんとももう顔馴染みである
みんな頼り甲斐のある人たち

2日目早くも最終日 朝から体育館の屋根に打ちつける雨音の大音響で起こされた 昨日と同じセンターまでバス移動 全国から集まったボランティアの皆さんとももう顔馴染みである みんな頼り甲斐のある人たち

2日目早くも最終日 朝から体育館の屋根に打ちつける雨音の大音響で起こされた 昨日と同じセンターまでバス移動 全国から集まったボランティアの皆さんとももう顔馴染みである みんな頼り甲斐のある人たち

2日目は2軒のお宅で活動
昨日の流れでまたもやリーダーを拝命していたので、未だ慣れないながらも務めた
しかしボランティアの皆さん、頼り甲斐がハンパない
いろんな職業の方がいて雨の中でもパワフル&テキパキと作業をこなす
それを見ているうちに自分の非力さや無知に情けなくて涙が出る
いや、つまらぬことを考えているヒマはない
それぞれが出来ることを全力でやる、ただそれだけ
そのためにボランティアに志願した
その姿が被災者の方の励ましになり孤立感を和らげることにつながる

2日目は2軒のお宅で活動 昨日の流れでまたもやリーダーを拝命していたので、未だ慣れないながらも務めた しかしボランティアの皆さん、頼り甲斐がハンパない いろんな職業の方がいて雨の中でもパワフル&テキパキと作業をこなす それを見ているうちに自分の非力さや無知に情けなくて涙が出る いや、つまらぬことを考えているヒマはない それぞれが出来ることを全力でやる、ただそれだけ そのためにボランティアに志願した その姿が被災者の方の励ましになり孤立感を和らげることにつながる

2日目は2軒のお宅で活動 昨日の流れでまたもやリーダーを拝命していたので、未だ慣れないながらも務めた しかしボランティアの皆さん、頼り甲斐がハンパない いろんな職業の方がいて雨の中でもパワフル&テキパキと作業をこなす それを見ているうちに自分の非力さや無知に情けなくて涙が出る いや、つまらぬことを考えているヒマはない それぞれが出来ることを全力でやる、ただそれだけ そのためにボランティアに志願した その姿が被災者の方の励ましになり孤立感を和らげることにつながる

2日目は午前中だけの活動だったがこれもあっという間にタイムオーバー
まだまだやり残しが多い、多過ぎる
作業依頼してくれた被災者の方々は労をねぎらって下さるが「次はいつ手伝いに来てくれるの?」という声に、
引き継ぎはしっかり行いますので安心して連絡を待っていてくださいと言う時ほど心苦しい事もなかった
もちろんセンターに戻ってからは専従スタッフさんに報告書を出し次からの作業スケジュール作成に活かしてもらった
頑張ったけど、時間内でやれることはやったけど、でも無力感に苛まれた帰路だった
一旦は帰るけどまたここに志願しに来るというボランティアさんもちらほらいた
能登町の災害センターの方もそうだがみんなの献身には頭が下がる思いだった

2日目は午前中だけの活動だったがこれもあっという間にタイムオーバー まだまだやり残しが多い、多過ぎる 作業依頼してくれた被災者の方々は労をねぎらって下さるが「次はいつ手伝いに来てくれるの?」という声に、 引き継ぎはしっかり行いますので安心して連絡を待っていてくださいと言う時ほど心苦しい事もなかった もちろんセンターに戻ってからは専従スタッフさんに報告書を出し次からの作業スケジュール作成に活かしてもらった 頑張ったけど、時間内でやれることはやったけど、でも無力感に苛まれた帰路だった 一旦は帰るけどまたここに志願しに来るというボランティアさんもちらほらいた 能登町の災害センターの方もそうだがみんなの献身には頭が下がる思いだった

2日目は午前中だけの活動だったがこれもあっという間にタイムオーバー まだまだやり残しが多い、多過ぎる 作業依頼してくれた被災者の方々は労をねぎらって下さるが「次はいつ手伝いに来てくれるの?」という声に、 引き継ぎはしっかり行いますので安心して連絡を待っていてくださいと言う時ほど心苦しい事もなかった もちろんセンターに戻ってからは専従スタッフさんに報告書を出し次からの作業スケジュール作成に活かしてもらった 頑張ったけど、時間内でやれることはやったけど、でも無力感に苛まれた帰路だった 一旦は帰るけどまたここに志願しに来るというボランティアさんもちらほらいた 能登町の災害センターの方もそうだがみんなの献身には頭が下がる思いだった

金沢へ戻るバスからはブルーシートに覆われた街並みを見ることになる
一見大丈夫そうな家でも中はグチャグチャ、住むには適さない
震災ボランティアに頼らず(というか利用の仕方を知らない)自力で片付けを続けている被災者の方も多いのだという
時が経つにつれてTVはじめ各種メディアでの震災被害の報道は少なくなってきたが能登はまだまだ全然立ち直っていない
全国からの継続的な支援が必要なのは言うまでもなかった

金沢へ戻るバスからはブルーシートに覆われた街並みを見ることになる 一見大丈夫そうな家でも中はグチャグチャ、住むには適さない 震災ボランティアに頼らず(というか利用の仕方を知らない)自力で片付けを続けている被災者の方も多いのだという 時が経つにつれてTVはじめ各種メディアでの震災被害の報道は少なくなってきたが能登はまだまだ全然立ち直っていない 全国からの継続的な支援が必要なのは言うまでもなかった

金沢へ戻るバスからはブルーシートに覆われた街並みを見ることになる 一見大丈夫そうな家でも中はグチャグチャ、住むには適さない 震災ボランティアに頼らず(というか利用の仕方を知らない)自力で片付けを続けている被災者の方も多いのだという 時が経つにつれてTVはじめ各種メディアでの震災被害の報道は少なくなってきたが能登はまだまだ全然立ち直っていない 全国からの継続的な支援が必要なのは言うまでもなかった

金沢に無事帰着、御役御免
震災ボランティアとは終わっても充実感というものがまるで無い
無力感ばかり残っていたが全力で活動して感謝の言葉をもらったのは事実
だからもうここから気持ちを切り替えて行こう
金沢カレーが食べたい(笑)
ゴーゴーカレーよりチャンピオンカレー派
近江町が最寄りだったから来てみたらまさかの時短営業で終わってた
なんだかな〜、Lカツカレー食べたかったよぉ
近江町市場だし素直に寿司にしたら良かったな

金沢に無事帰着、御役御免 震災ボランティアとは終わっても充実感というものがまるで無い 無力感ばかり残っていたが全力で活動して感謝の言葉をもらったのは事実 だからもうここから気持ちを切り替えて行こう 金沢カレーが食べたい(笑) ゴーゴーカレーよりチャンピオンカレー派 近江町が最寄りだったから来てみたらまさかの時短営業で終わってた なんだかな〜、Lカツカレー食べたかったよぉ 近江町市場だし素直に寿司にしたら良かったな

金沢に無事帰着、御役御免 震災ボランティアとは終わっても充実感というものがまるで無い 無力感ばかり残っていたが全力で活動して感謝の言葉をもらったのは事実 だからもうここから気持ちを切り替えて行こう 金沢カレーが食べたい(笑) ゴーゴーカレーよりチャンピオンカレー派 近江町が最寄りだったから来てみたらまさかの時短営業で終わってた なんだかな〜、Lカツカレー食べたかったよぉ 近江町市場だし素直に寿司にしたら良かったな

ショボくれ空腹を抱えたまま金沢駅まで戻る
駅構内のマクドに目がいって久しぶりに所望してみた
イートインしているといつしかJC?JK?かと思しき未来の金沢美人達に囲まれてしまった
このキャピキャピ感は相当に気まずい
耳に入る会話からして意味不明だし下手に目があったらこの髭面のオッサン痴漢ですと冤罪通報されそうだ
せっかくのマクドだったが2分で飲み込んで退散
しかしこのパイ、美味かったな
マクドのパイは基本的にハズレがないと思ふ

ショボくれ空腹を抱えたまま金沢駅まで戻る 駅構内のマクドに目がいって久しぶりに所望してみた イートインしているといつしかJC?JK?かと思しき未来の金沢美人達に囲まれてしまった このキャピキャピ感は相当に気まずい 耳に入る会話からして意味不明だし下手に目があったらこの髭面のオッサン痴漢ですと冤罪通報されそうだ せっかくのマクドだったが2分で飲み込んで退散 しかしこのパイ、美味かったな マクドのパイは基本的にハズレがないと思ふ

ショボくれ空腹を抱えたまま金沢駅まで戻る 駅構内のマクドに目がいって久しぶりに所望してみた イートインしているといつしかJC?JK?かと思しき未来の金沢美人達に囲まれてしまった このキャピキャピ感は相当に気まずい 耳に入る会話からして意味不明だし下手に目があったらこの髭面のオッサン痴漢ですと冤罪通報されそうだ せっかくのマクドだったが2分で飲み込んで退散 しかしこのパイ、美味かったな マクドのパイは基本的にハズレがないと思ふ

駅構内のデパ地下みたいなところで夕飯&酒の肴を買い込み敦賀へ移動
瞬間的だとはいえ久しぶりの金沢訪問
金沢で泊まっても良かったがビジホクラスでも宿泊費数万円の観光地、無理無理(笑)
新潟駅よりも発展しとるしゲージンさんも多いし雰囲気も良いし
さすが前田利家公や(←意味不明)

駅構内のデパ地下みたいなところで夕飯&酒の肴を買い込み敦賀へ移動 瞬間的だとはいえ久しぶりの金沢訪問 金沢で泊まっても良かったがビジホクラスでも宿泊費数万円の観光地、無理無理(笑) 新潟駅よりも発展しとるしゲージンさんも多いし雰囲気も良いし さすが前田利家公や(←意味不明)

駅構内のデパ地下みたいなところで夕飯&酒の肴を買い込み敦賀へ移動 瞬間的だとはいえ久しぶりの金沢訪問 金沢で泊まっても良かったがビジホクラスでも宿泊費数万円の観光地、無理無理(笑) 新潟駅よりも発展しとるしゲージンさんも多いし雰囲気も良いし さすが前田利家公や(←意味不明)

敦賀までの所要時間は1時間ほど
開通したばかりの線路を走るのはなんだか嬉しいものだった
車窓から福井の平野を見やる
なんとなく越後平野にも似た雰囲気
やっぱりここも”越の国”なんだな

敦賀までの所要時間は1時間ほど 開通したばかりの線路を走るのはなんだか嬉しいものだった 車窓から福井の平野を見やる なんとなく越後平野にも似た雰囲気 やっぱりここも”越の国”なんだな

敦賀までの所要時間は1時間ほど 開通したばかりの線路を走るのはなんだか嬉しいものだった 車窓から福井の平野を見やる なんとなく越後平野にも似た雰囲気 やっぱりここも”越の国”なんだな

敦賀駅到着
しかしよく停車する新幹線だったな
金沢からここまでの間に駅多過ぎ問題(笑)
いや、この路線は石川県と福井県の発展に大きく寄与することであろう

敦賀駅到着 しかしよく停車する新幹線だったな 金沢からここまでの間に駅多過ぎ問題(笑) いや、この路線は石川県と福井県の発展に大きく寄与することであろう

敦賀駅到着 しかしよく停車する新幹線だったな 金沢からここまでの間に駅多過ぎ問題(笑) いや、この路線は石川県と福井県の発展に大きく寄与することであろう

敦賀駅の構内は超巨大&ハイテク(死語)だった
警備員もいっぱいおるしなんか怖い(笑)
そして開業したばかりの週末だからだろうけどめっちゃ人多い
大阪や名古屋への在来線特急への乗り換え駅でもあるし、そもそも地元の方が見学に来ているのもありそうだった

敦賀駅の構内は超巨大&ハイテク(死語)だった 警備員もいっぱいおるしなんか怖い(笑) そして開業したばかりの週末だからだろうけどめっちゃ人多い 大阪や名古屋への在来線特急への乗り換え駅でもあるし、そもそも地元の方が見学に来ているのもありそうだった

敦賀駅の構内は超巨大&ハイテク(死語)だった 警備員もいっぱいおるしなんか怖い(笑) そして開業したばかりの週末だからだろうけどめっちゃ人多い 大阪や名古屋への在来線特急への乗り換え駅でもあるし、そもそも地元の方が見学に来ているのもありそうだった

駅からお宿に移動
道端に飲んだくれがおる
一瞬ワテかと思ったし(笑)
敦賀のメインストリートには『宇宙戦艦ヤマト』と『銀河鉄道999』のモニュメントがあるんだってさ
なんでか理由は書いてあったが忘れた(笑)

駅からお宿に移動 道端に飲んだくれがおる 一瞬ワテかと思ったし(笑) 敦賀のメインストリートには『宇宙戦艦ヤマト』と『銀河鉄道999』のモニュメントがあるんだってさ なんでか理由は書いてあったが忘れた(笑)

駅からお宿に移動 道端に飲んだくれがおる 一瞬ワテかと思ったし(笑) 敦賀のメインストリートには『宇宙戦艦ヤマト』と『銀河鉄道999』のモニュメントがあるんだってさ なんでか理由は書いてあったが忘れた(笑)

宿についてから周辺のパトロールに出る
中華そばの屋台がやたら目につく
しかも流行っている
調べたら「敦賀ラーメン」なるご当地ラーメンがあって、それは屋台で提供されるもののようだ
これは敦賀ナイトを満喫するしかないッ

宿についてから周辺のパトロールに出る 中華そばの屋台がやたら目につく しかも流行っている 調べたら「敦賀ラーメン」なるご当地ラーメンがあって、それは屋台で提供されるもののようだ これは敦賀ナイトを満喫するしかないッ

宿についてから周辺のパトロールに出る 中華そばの屋台がやたら目につく しかも流行っている 調べたら「敦賀ラーメン」なるご当地ラーメンがあって、それは屋台で提供されるもののようだ これは敦賀ナイトを満喫するしかないッ

ラーメン並盛を所望
900円也とお値段ちと高めだが屋台だから!?
もちろん屋外で寒風に吹かれながら食べる
しかしこれがうまかったぁ
ややとろっとした豚骨&鶏がらスープが麺に絡んで超絶ハッピィなお味に
薬味がニンニク、紅しょうが、黒胡椒、七味唐辛子と訳わからんほど豊富でかけ放題
でもかけてみると見事に調和するんだよなあ
屋台のラーメン、ナメてました
ごちそうさまでした

ラーメン並盛を所望 900円也とお値段ちと高めだが屋台だから!? もちろん屋外で寒風に吹かれながら食べる しかしこれがうまかったぁ ややとろっとした豚骨&鶏がらスープが麺に絡んで超絶ハッピィなお味に 薬味がニンニク、紅しょうが、黒胡椒、七味唐辛子と訳わからんほど豊富でかけ放題 でもかけてみると見事に調和するんだよなあ 屋台のラーメン、ナメてました ごちそうさまでした

ラーメン並盛を所望 900円也とお値段ちと高めだが屋台だから!? もちろん屋外で寒風に吹かれながら食べる しかしこれがうまかったぁ ややとろっとした豚骨&鶏がらスープが麺に絡んで超絶ハッピィなお味に 薬味がニンニク、紅しょうが、黒胡椒、七味唐辛子と訳わからんほど豊富でかけ放題 でもかけてみると見事に調和するんだよなあ 屋台のラーメン、ナメてました ごちそうさまでした

と、勢いでラーメンを食べてみたものの、宿に帰ったら金沢駅で買った夕飯と肴があることを思い出した!
もちろん美味しくいただくが(笑)
能登の食材を堪能
どれもワンダフルデリシャスだったよ
食べて応援、俺にはこういうボランティア活動!?こそが分相応なのかも知れぬ(笑)
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と、勢いでラーメンを食べてみたものの、宿に帰ったら金沢駅で買った夕飯と肴があることを思い出した! もちろん美味しくいただくが(笑) 能登の食材を堪能 どれもワンダフルデリシャスだったよ 食べて応援、俺にはこういうボランティア活動!?こそが分相応なのかも知れぬ(笑)

と、勢いでラーメンを食べてみたものの、宿に帰ったら金沢駅で買った夕飯と肴があることを思い出した! もちろん美味しくいただくが(笑) 能登の食材を堪能 どれもワンダフルデリシャスだったよ 食べて応援、俺にはこういうボランティア活動!?こそが分相応なのかも知れぬ(笑)

翌朝は日曜日
最終日、旅立ちの日
駅前に999のレリーフを発見
真ん中がくり抜いてあるから顔出し撮影を想定してあるのだろう
”機関車”つながりでトーマスっぽい顔芸で撮るのが吉
知らんけど

翌朝は日曜日 最終日、旅立ちの日 駅前に999のレリーフを発見 真ん中がくり抜いてあるから顔出し撮影を想定してあるのだろう ”機関車”つながりでトーマスっぽい顔芸で撮るのが吉 知らんけど

翌朝は日曜日 最終日、旅立ちの日 駅前に999のレリーフを発見 真ん中がくり抜いてあるから顔出し撮影を想定してあるのだろう ”機関車”つながりでトーマスっぽい顔芸で撮るのが吉 知らんけど

さらに進むと国籍不明なヤクルトレディ?生保レディ?がいらっしゃった
否、よくよく見たらメーテルだよ!
ほっそ、つうかこんなに華奢だったけ!?(笑)
TV放送を見ていた時は子どもながらに鉄郎にジェラシーを感じていた(爆)

さらに進むと国籍不明なヤクルトレディ?生保レディ?がいらっしゃった 否、よくよく見たらメーテルだよ! ほっそ、つうかこんなに華奢だったけ!?(笑) TV放送を見ていた時は子どもながらに鉄郎にジェラシーを感じていた(爆)

さらに進むと国籍不明なヤクルトレディ?生保レディ?がいらっしゃった 否、よくよく見たらメーテルだよ! ほっそ、つうかこんなに華奢だったけ!?(笑) TV放送を見ていた時は子どもながらに鉄郎にジェラシーを感じていた(爆)

なおも続く999のモニュメントを冷やかしつつストリートを行く
商店街の前の道路に駐車場が設けられているのは斬新だな
ラーメンの屋台もこんなスペースを流用していた
商店街活性につながりそうな感じ
ええやん!敦賀

なおも続く999のモニュメントを冷やかしつつストリートを行く 商店街の前の道路に駐車場が設けられているのは斬新だな ラーメンの屋台もこんなスペースを流用していた 商店街活性につながりそうな感じ ええやん!敦賀

なおも続く999のモニュメントを冷やかしつつストリートを行く 商店街の前の道路に駐車場が設けられているのは斬新だな ラーメンの屋台もこんなスペースを流用していた 商店街活性につながりそうな感じ ええやん!敦賀

ストリートの先に今日の第一目的地「氣比神宮」が鎮座していた
北陸道総鎮守
何度目かの参拝だがこの赤鳥居がナイスなのよね
能登の復興、北陸の安寧を祈願

ストリートの先に今日の第一目的地「氣比神宮」が鎮座していた 北陸道総鎮守 何度目かの参拝だがこの赤鳥居がナイスなのよね 能登の復興、北陸の安寧を祈願

ストリートの先に今日の第一目的地「氣比神宮」が鎮座していた 北陸道総鎮守 何度目かの参拝だがこの赤鳥居がナイスなのよね 能登の復興、北陸の安寧を祈願

氣比神宮の境内を抜けて「天筒山」を目指す
あの向こうのお山がそうみたいだ
張り切って参りませう

氣比神宮の境内を抜けて「天筒山」を目指す あの向こうのお山がそうみたいだ 張り切って参りませう

氣比神宮の境内を抜けて「天筒山」を目指す あの向こうのお山がそうみたいだ 張り切って参りませう

麓の駐車場からずっとこんな感じで遊歩道が整備されている
日曜の朝だからまだ人は多くないが散歩に訪れている方との挨拶が気持ち良い
久しぶりの関西訛りが妙に心地よく聞こえた

麓の駐車場からずっとこんな感じで遊歩道が整備されている 日曜の朝だからまだ人は多くないが散歩に訪れている方との挨拶が気持ち良い 久しぶりの関西訛りが妙に心地よく聞こえた

麓の駐車場からずっとこんな感じで遊歩道が整備されている 日曜の朝だからまだ人は多くないが散歩に訪れている方との挨拶が気持ち良い 久しぶりの関西訛りが妙に心地よく聞こえた

お花も咲いている
スミレがちらほら
今年最初のスミレは敦賀のお山で遭遇
他にもショウジョウバカマが一株あったのだがこの先にも咲くのだろうとスルーしたら結局無くて撮り損ねた
残念

お花も咲いている スミレがちらほら 今年最初のスミレは敦賀のお山で遭遇 他にもショウジョウバカマが一株あったのだがこの先にも咲くのだろうとスルーしたら結局無くて撮り損ねた 残念

お花も咲いている スミレがちらほら 今年最初のスミレは敦賀のお山で遭遇 他にもショウジョウバカマが一株あったのだがこの先にも咲くのだろうとスルーしたら結局無くて撮り損ねた 残念

ダラダラ坂を登ってきてついに山頂へ到達
やったね
このサイロみたいなロケットみたいなの気になっていた
一体なんだろな

ダラダラ坂を登ってきてついに山頂へ到達 やったね このサイロみたいなロケットみたいなの気になっていた 一体なんだろな

ダラダラ坂を登ってきてついに山頂へ到達 やったね このサイロみたいなロケットみたいなの気になっていた 一体なんだろな

近づいてみたら展望台だった
展望台でこんなデザイン珍しいよね
しかし登ってみたら大絶景
港町敦賀を一望できる
惜しむらくは今日のお天気
雨で無かっただけ良かったけど

近づいてみたら展望台だった 展望台でこんなデザイン珍しいよね しかし登ってみたら大絶景 港町敦賀を一望できる 惜しむらくは今日のお天気 雨で無かっただけ良かったけど

近づいてみたら展望台だった 展望台でこんなデザイン珍しいよね しかし登ってみたら大絶景 港町敦賀を一望できる 惜しむらくは今日のお天気 雨で無かっただけ良かったけど

湾を挟んで向こう岸に有名な「西方ヶ岳」「蠑螺ヶ岳」がそびえているハズ
今日はガスの中かぁ
岐阜時代から登りたいと思っていて縁のないお山
いつかきっと

湾を挟んで向こう岸に有名な「西方ヶ岳」「蠑螺ヶ岳」がそびえているハズ 今日はガスの中かぁ 岐阜時代から登りたいと思っていて縁のないお山 いつかきっと

湾を挟んで向こう岸に有名な「西方ヶ岳」「蠑螺ヶ岳」がそびえているハズ 今日はガスの中かぁ 岐阜時代から登りたいと思っていて縁のないお山 いつかきっと

山側には湿地帯が見下ろせた
「中池見湿地」というそうでラムサール条約に登録された自然環境豊かな場所みたい
知らない場所はまだまだ多い

山側には湿地帯が見下ろせた 「中池見湿地」というそうでラムサール条約に登録された自然環境豊かな場所みたい 知らない場所はまだまだ多い

山側には湿地帯が見下ろせた 「中池見湿地」というそうでラムサール条約に登録された自然環境豊かな場所みたい 知らない場所はまだまだ多い

そして敦賀駅も見えた
でかい(笑)
敦賀の街にはある意味似つかわしくないが”鉄道の町”でもある敦賀にはシンボリックな存在が出来た

そして敦賀駅も見えた でかい(笑) 敦賀の街にはある意味似つかわしくないが”鉄道の町”でもある敦賀にはシンボリックな存在が出来た

そして敦賀駅も見えた でかい(笑) 敦賀の街にはある意味似つかわしくないが”鉄道の町”でもある敦賀にはシンボリックな存在が出来た

天筒山からそのまま金ヶ崎方面へ向かう
紫色のお花が咲いていた
イカリソウじゃね?
ここだけに咲いていた錨型のお花
港町敦賀にまさしくふさわしい、こりゃめでたい
春を告げているんだねえ
めんこいねえ

天筒山からそのまま金ヶ崎方面へ向かう 紫色のお花が咲いていた イカリソウじゃね? ここだけに咲いていた錨型のお花 港町敦賀にまさしくふさわしい、こりゃめでたい 春を告げているんだねえ めんこいねえ

天筒山からそのまま金ヶ崎方面へ向かう 紫色のお花が咲いていた イカリソウじゃね? ここだけに咲いていた錨型のお花 港町敦賀にまさしくふさわしい、こりゃめでたい 春を告げているんだねえ めんこいねえ

ツバキの多く咲くお山だった
山中にゴロゴロと転がる落椿の花を見て兵どもが夢の跡、金ヶ崎城を想った

ツバキの多く咲くお山だった 山中にゴロゴロと転がる落椿の花を見て兵どもが夢の跡、金ヶ崎城を想った

ツバキの多く咲くお山だった 山中にゴロゴロと転がる落椿の花を見て兵どもが夢の跡、金ヶ崎城を想った

「月見御殿」と呼ばれる崖上の展望地まで来た
ここからは湾の入り口がよく見える
昔はここで朝倉家の武士たちが月見をしたらしい
雅な風の吹く海辺の高台であった

「月見御殿」と呼ばれる崖上の展望地まで来た ここからは湾の入り口がよく見える 昔はここで朝倉家の武士たちが月見をしたらしい 雅な風の吹く海辺の高台であった

「月見御殿」と呼ばれる崖上の展望地まで来た ここからは湾の入り口がよく見える 昔はここで朝倉家の武士たちが月見をしたらしい 雅な風の吹く海辺の高台であった

そのまま下ると「金崎宮(かねがさきぐう)」
信長公の朝倉攻めの際、浅井長政の突然の謀反で挟み討ちになりかけたが、
妹のお市の方(当時は長政の妻)の機知に富んだ急報で絶体絶命の窮地を脱したことから難関突破の神様として崇められている
今もお市の方の故事の両端を紐で結んだ小豆袋を模した御守を授けている

そのまま下ると「金崎宮(かねがさきぐう)」 信長公の朝倉攻めの際、浅井長政の突然の謀反で挟み討ちになりかけたが、 妹のお市の方(当時は長政の妻)の機知に富んだ急報で絶体絶命の窮地を脱したことから難関突破の神様として崇められている 今もお市の方の故事の両端を紐で結んだ小豆袋を模した御守を授けている

そのまま下ると「金崎宮(かねがさきぐう)」 信長公の朝倉攻めの際、浅井長政の突然の謀反で挟み討ちになりかけたが、 妹のお市の方(当時は長政の妻)の機知に富んだ急報で絶体絶命の窮地を脱したことから難関突破の神様として崇められている 今もお市の方の故事の両端を紐で結んだ小豆袋を模した御守を授けている

この神社は桜の名所でもあるという
桜が咲く頃は「花換まつり」で大勢の参拝客が押し寄せる
この祭りは明治に始まったそうだが、
お花見に来た男女が「花換えましょう」と桜の枝を交換することで互いに求愛したのだという
なんという胸キュンな風習
タイパ・コスパの昨今ではマッチングアプリで瞬時に行なっていることだ
若人よ、あまりに便利になり過ぎた時代、恋愛を大切に育んでいく機会すら放棄してやいないか
”恋の宮”金崎宮でオジサンは思うのであった(←ジジイうるさい)

この神社は桜の名所でもあるという 桜が咲く頃は「花換まつり」で大勢の参拝客が押し寄せる この祭りは明治に始まったそうだが、 お花見に来た男女が「花換えましょう」と桜の枝を交換することで互いに求愛したのだという なんという胸キュンな風習 タイパ・コスパの昨今ではマッチングアプリで瞬時に行なっていることだ 若人よ、あまりに便利になり過ぎた時代、恋愛を大切に育んでいく機会すら放棄してやいないか ”恋の宮”金崎宮でオジサンは思うのであった(←ジジイうるさい)

この神社は桜の名所でもあるという 桜が咲く頃は「花換まつり」で大勢の参拝客が押し寄せる この祭りは明治に始まったそうだが、 お花見に来た男女が「花換えましょう」と桜の枝を交換することで互いに求愛したのだという なんという胸キュンな風習 タイパ・コスパの昨今ではマッチングアプリで瞬時に行なっていることだ 若人よ、あまりに便利になり過ぎた時代、恋愛を大切に育んでいく機会すら放棄してやいないか ”恋の宮”金崎宮でオジサンは思うのであった(←ジジイうるさい)

やっぱりあった、金ヶ崎の退き口を伝えるもの
大河ドラマでも出てくるもんね、このエピソードは
ただ現地では南北朝時代の戦いの石碑や案内も多く見られた
敦賀が戦略上重要な土地だったからこそ大きな争いが起こった
そんな歴史の事実にも思いを巡らしたい

やっぱりあった、金ヶ崎の退き口を伝えるもの 大河ドラマでも出てくるもんね、このエピソードは ただ現地では南北朝時代の戦いの石碑や案内も多く見られた 敦賀が戦略上重要な土地だったからこそ大きな争いが起こった そんな歴史の事実にも思いを巡らしたい

やっぱりあった、金ヶ崎の退き口を伝えるもの 大河ドラマでも出てくるもんね、このエピソードは ただ現地では南北朝時代の戦いの石碑や案内も多く見られた 敦賀が戦略上重要な土地だったからこそ大きな争いが起こった そんな歴史の事実にも思いを巡らしたい

金崎宮から赤レンガ倉庫はすぐそばだった
港町にはこんな風物がよく似合う
倉庫の前のベンチに恐竜王国福井県をアピールしてなのか、白衣を来たラプトルの像があった
いろんな意味であまりに怖かったので写真にはあえて撮らず(笑)

金崎宮から赤レンガ倉庫はすぐそばだった 港町にはこんな風物がよく似合う 倉庫の前のベンチに恐竜王国福井県をアピールしてなのか、白衣を来たラプトルの像があった いろんな意味であまりに怖かったので写真にはあえて撮らず(笑)

金崎宮から赤レンガ倉庫はすぐそばだった 港町にはこんな風物がよく似合う 倉庫の前のベンチに恐竜王国福井県をアピールしてなのか、白衣を来たラプトルの像があった いろんな意味であまりに怖かったので写真にはあえて撮らず(笑)

倉庫の隣にはレトロな列車の展示もあった
敦賀は鉄道の町というがそれにちなんだものだろう
こういう雰囲気のやつ、懐かしいなあ
昔の列車のデザインはやさしさも感じられる
もう二度と鉄軌道を走ることはない列車に敬礼

倉庫の隣にはレトロな列車の展示もあった 敦賀は鉄道の町というがそれにちなんだものだろう こういう雰囲気のやつ、懐かしいなあ 昔の列車のデザインはやさしさも感じられる もう二度と鉄軌道を走ることはない列車に敬礼

倉庫の隣にはレトロな列車の展示もあった 敦賀は鉄道の町というがそれにちなんだものだろう こういう雰囲気のやつ、懐かしいなあ 昔の列車のデザインはやさしさも感じられる もう二度と鉄軌道を走ることはない列車に敬礼

敦賀は港町
国際航路が盛んだったようだ
迫害されたユダヤ人やポーランド孤児もこの遠い異国の地へ逃れてきた
逃げてきた難民にはこの敦賀が本当に天国に思えたんだろうなぁ
紛争が無くならないのはなんでかなぁ
イスラエルの人にも人道の町敦賀のことをもっと知ってほしいなぁ

敦賀は港町 国際航路が盛んだったようだ 迫害されたユダヤ人やポーランド孤児もこの遠い異国の地へ逃れてきた 逃げてきた難民にはこの敦賀が本当に天国に思えたんだろうなぁ 紛争が無くならないのはなんでかなぁ イスラエルの人にも人道の町敦賀のことをもっと知ってほしいなぁ

敦賀は港町 国際航路が盛んだったようだ 迫害されたユダヤ人やポーランド孤児もこの遠い異国の地へ逃れてきた 逃げてきた難民にはこの敦賀が本当に天国に思えたんだろうなぁ 紛争が無くならないのはなんでかなぁ イスラエルの人にも人道の町敦賀のことをもっと知ってほしいなぁ

公園から天筒山を見やる
あの緑のタワー展望台も見えるな
独特な形なので確かによく目立つ(笑)

公園から天筒山を見やる あの緑のタワー展望台も見えるな 独特な形なので確かによく目立つ(笑)

公園から天筒山を見やる あの緑のタワー展望台も見えるな 独特な形なので確かによく目立つ(笑)

波は穏やかなんだよ、敦賀の港は
カモメもぷかぷか浮かぶだけ
海上保安庁の艦船が物々しく見えてしまう
日本海側はね、どうしても北朝鮮とかへの備えが必要になるからね

波は穏やかなんだよ、敦賀の港は カモメもぷかぷか浮かぶだけ 海上保安庁の艦船が物々しく見えてしまう 日本海側はね、どうしても北朝鮮とかへの備えが必要になるからね

波は穏やかなんだよ、敦賀の港は カモメもぷかぷか浮かぶだけ 海上保安庁の艦船が物々しく見えてしまう 日本海側はね、どうしても北朝鮮とかへの備えが必要になるからね

今度は街中へ入っていく
敦賀にも「晴明神社」があるよ
なんでも安倍晴明が敦賀滞在中に霊力を鍛えた場所らしい
当時の敦賀も港町で外国(中国や朝鮮など)からの情報が集積される場所だったみたい
晴明も陰陽道を極めるために最新の知識を求めて敦賀を訪れたんだろうなあ

今度は街中へ入っていく 敦賀にも「晴明神社」があるよ なんでも安倍晴明が敦賀滞在中に霊力を鍛えた場所らしい 当時の敦賀も港町で外国(中国や朝鮮など)からの情報が集積される場所だったみたい 晴明も陰陽道を極めるために最新の知識を求めて敦賀を訪れたんだろうなあ

今度は街中へ入っていく 敦賀にも「晴明神社」があるよ なんでも安倍晴明が敦賀滞在中に霊力を鍛えた場所らしい 当時の敦賀も港町で外国(中国や朝鮮など)からの情報が集積される場所だったみたい 晴明も陰陽道を極めるために最新の知識を求めて敦賀を訪れたんだろうなあ

歴史好きだから敦賀城跡も忘れずに訪問
大谷吉継公が城主だった時期もあるんだよね、敦賀5万石
この大谷刑部は関ヶ原の戦いでのエピソードで名高い武将
今も根強い人気を誇る
関ヶ原決戦で潔く散った唯一の西軍大名、義将であった

歴史好きだから敦賀城跡も忘れずに訪問 大谷吉継公が城主だった時期もあるんだよね、敦賀5万石 この大谷刑部は関ヶ原の戦いでのエピソードで名高い武将 今も根強い人気を誇る 関ヶ原決戦で潔く散った唯一の西軍大名、義将であった

歴史好きだから敦賀城跡も忘れずに訪問 大谷吉継公が城主だった時期もあるんだよね、敦賀5万石 この大谷刑部は関ヶ原の戦いでのエピソードで名高い武将 今も根強い人気を誇る 関ヶ原決戦で潔く散った唯一の西軍大名、義将であった

さらに西進していつしか松林の中を彷徨う
江戸時代にタイムスリップしたみたいな気分になる

さらに西進していつしか松林の中を彷徨う 江戸時代にタイムスリップしたみたいな気分になる

さらに西進していつしか松林の中を彷徨う 江戸時代にタイムスリップしたみたいな気分になる

そう、もちろんここは「気比の松原」
敦賀といえばここでしょう
こんな曇り空でも観光客がひっきりなしにやって来る

そう、もちろんここは「気比の松原」 敦賀といえばここでしょう こんな曇り空でも観光客がひっきりなしにやって来る

そう、もちろんここは「気比の松原」 敦賀といえばここでしょう こんな曇り空でも観光客がひっきりなしにやって来る

懐かしいなあ
この海と砂浜が見たくて海無し県の岐阜から訪れたものだ
ここまで来たら岐阜も近いのだけど今日は新潟に戻らねばならないのも切なかった

懐かしいなあ この海と砂浜が見たくて海無し県の岐阜から訪れたものだ ここまで来たら岐阜も近いのだけど今日は新潟に戻らねばならないのも切なかった

懐かしいなあ この海と砂浜が見たくて海無し県の岐阜から訪れたものだ ここまで来たら岐阜も近いのだけど今日は新潟に戻らねばならないのも切なかった

本当に穏やかな波打ち際
ややもすると湖かと錯覚する(笑)
透明のさざ波の前では心が鎮まらない訳がない
ヒーリングスポット♡

本当に穏やかな波打ち際 ややもすると湖かと錯覚する(笑) 透明のさざ波の前では心が鎮まらない訳がない ヒーリングスポット♡

本当に穏やかな波打ち際 ややもすると湖かと錯覚する(笑) 透明のさざ波の前では心が鎮まらない訳がない ヒーリングスポット♡

海岸に伸びる松の並木
晴れていたならばと贅沢を思う
盛夏よりも初夏が似合いそうな雰囲気

海岸に伸びる松の並木 晴れていたならばと贅沢を思う 盛夏よりも初夏が似合いそうな雰囲気

海岸に伸びる松の並木 晴れていたならばと贅沢を思う 盛夏よりも初夏が似合いそうな雰囲気

少し離れた突堤からは白砂青松の全体像が眺められる
釣り人の邪魔をしないように潮風に吹かれる
日本海はこれから夏にかけて最高に綺麗になっていく
それは楽しみでしかない

少し離れた突堤からは白砂青松の全体像が眺められる 釣り人の邪魔をしないように潮風に吹かれる 日本海はこれから夏にかけて最高に綺麗になっていく それは楽しみでしかない

少し離れた突堤からは白砂青松の全体像が眺められる 釣り人の邪魔をしないように潮風に吹かれる 日本海はこれから夏にかけて最高に綺麗になっていく それは楽しみでしかない

疲れた(笑)
敦賀駅からここまでボランティアの装備を詰め込んだルックザックを背負って歩き回っていた
ベンチに腰掛けてしばし休憩
俺のザックも大変だわ
しばし海まで拉致されるのだから(笑)

疲れた(笑) 敦賀駅からここまでボランティアの装備を詰め込んだルックザックを背負って歩き回っていた ベンチに腰掛けてしばし休憩 俺のザックも大変だわ しばし海まで拉致されるのだから(笑)

疲れた(笑) 敦賀駅からここまでボランティアの装備を詰め込んだルックザックを背負って歩き回っていた ベンチに腰掛けてしばし休憩 俺のザックも大変だわ しばし海まで拉致されるのだから(笑)

気比の松原からは敦賀駅に戻っていく
引き返す道すがらで敦賀名物というか福井名物のソースカツ丼を食べていく作戦だった
ところがぎっちょん、大繁盛大行列しておるではないか!
これではいつ順番が来るかわからず泣く泣く断念
ヨーロッパ軒は朝イチで並ばないとダメね

気比の松原からは敦賀駅に戻っていく 引き返す道すがらで敦賀名物というか福井名物のソースカツ丼を食べていく作戦だった ところがぎっちょん、大繁盛大行列しておるではないか! これではいつ順番が来るかわからず泣く泣く断念 ヨーロッパ軒は朝イチで並ばないとダメね

気比の松原からは敦賀駅に戻っていく 引き返す道すがらで敦賀名物というか福井名物のソースカツ丼を食べていく作戦だった ところがぎっちょん、大繁盛大行列しておるではないか! これではいつ順番が来るかわからず泣く泣く断念 ヨーロッパ軒は朝イチで並ばないとダメね

しかしもうお口がソースカツ丼になっていた(笑)
辛抱たまらずアルプラザのフードコートにてソースカツ丼を所望
うまかったけど、やっぱりヨーロッパ軒のが食べたかったナ
ちなみに新潟のタレカツ丼と福井のソースカツ丼を一度に食べ比べるのが夢
醤油味vsソース味の世紀のタイトルマッチになる予感(←勝手にやってなさい)

しかしもうお口がソースカツ丼になっていた(笑) 辛抱たまらずアルプラザのフードコートにてソースカツ丼を所望 うまかったけど、やっぱりヨーロッパ軒のが食べたかったナ ちなみに新潟のタレカツ丼と福井のソースカツ丼を一度に食べ比べるのが夢 醤油味vsソース味の世紀のタイトルマッチになる予感(←勝手にやってなさい)

しかしもうお口がソースカツ丼になっていた(笑) 辛抱たまらずアルプラザのフードコートにてソースカツ丼を所望 うまかったけど、やっぱりヨーロッパ軒のが食べたかったナ ちなみに新潟のタレカツ丼と福井のソースカツ丼を一度に食べ比べるのが夢 醤油味vsソース味の世紀のタイトルマッチになる予感(←勝手にやってなさい)

ヘロヘロになって敦賀駅へ戻ってきた
たかが13kmなのに、なんか最近体力の衰えを感じるわ
開業フィーバーの敦賀駅にはチビッコたちもたくさんいてみんな元気いっぱい
プラレール、新幹線走り過ぎ問題(笑)

ヘロヘロになって敦賀駅へ戻ってきた たかが13kmなのに、なんか最近体力の衰えを感じるわ 開業フィーバーの敦賀駅にはチビッコたちもたくさんいてみんな元気いっぱい プラレール、新幹線走り過ぎ問題(笑)

ヘロヘロになって敦賀駅へ戻ってきた たかが13kmなのに、なんか最近体力の衰えを感じるわ 開業フィーバーの敦賀駅にはチビッコたちもたくさんいてみんな元気いっぱい プラレール、新幹線走り過ぎ問題(笑)

今回の戦利品(笑)
敦賀はおぼろ昆布が有名らしいよ
北前船の時代からの伝統だそうな
『奥の細道』で大垣の前に敦賀・氣比神宮を訪れた松尾芭蕉にちなんだ商品があったので所望
そこはかとなくオサレな感じがお土産に好適(笑)

今回の戦利品(笑) 敦賀はおぼろ昆布が有名らしいよ 北前船の時代からの伝統だそうな 『奥の細道』で大垣の前に敦賀・氣比神宮を訪れた松尾芭蕉にちなんだ商品があったので所望 そこはかとなくオサレな感じがお土産に好適(笑)

今回の戦利品(笑) 敦賀はおぼろ昆布が有名らしいよ 北前船の時代からの伝統だそうな 『奥の細道』で大垣の前に敦賀・氣比神宮を訪れた松尾芭蕉にちなんだ商品があったので所望 そこはかとなくオサレな感じがお土産に好適(笑)

名残り惜しいがいよいよこの北陸旅もエンドロール

13時48分ちょうどの〜♪
はくたか568号で〜♪
わたすは、わたすは敦賀から
旅立ち〜ますぅ〜♪

かなりの乗客がいて驚いた
これに乗れば敦賀から東京に行けちゃうんだもんな、すごいよな

名残り惜しいがいよいよこの北陸旅もエンドロール 13時48分ちょうどの〜♪ はくたか568号で〜♪ わたすは、わたすは敦賀から 旅立ち〜ますぅ〜♪ かなりの乗客がいて驚いた これに乗れば敦賀から東京に行けちゃうんだもんな、すごいよな

名残り惜しいがいよいよこの北陸旅もエンドロール 13時48分ちょうどの〜♪ はくたか568号で〜♪ わたすは、わたすは敦賀から 旅立ち〜ますぅ〜♪ かなりの乗客がいて驚いた これに乗れば敦賀から東京に行けちゃうんだもんな、すごいよな

先ほど歩いた敦賀の街には『銀河鉄道999』のモニュメントが飾られていたが、
敦賀のみならず福井県の人たち全てにとっても北陸新幹線は夢と希望を運ぶ列車となるのだろう
そう思うと発車のメロディはゴダイゴのあの曲にして欲しかったナ
あ、『モンキー・マジック』『ガンダーラ』ではないので(笑)

先ほど歩いた敦賀の街には『銀河鉄道999』のモニュメントが飾られていたが、 敦賀のみならず福井県の人たち全てにとっても北陸新幹線は夢と希望を運ぶ列車となるのだろう そう思うと発車のメロディはゴダイゴのあの曲にして欲しかったナ あ、『モンキー・マジック』『ガンダーラ』ではないので(笑)

先ほど歩いた敦賀の街には『銀河鉄道999』のモニュメントが飾られていたが、 敦賀のみならず福井県の人たち全てにとっても北陸新幹線は夢と希望を運ぶ列車となるのだろう そう思うと発車のメロディはゴダイゴのあの曲にして欲しかったナ あ、『モンキー・マジック』『ガンダーラ』ではないので(笑)

富山近くになったらソワソワ、だって剱岳見たいもん(笑)
そして、出たー
ナイスですねえ
今年は剱人に俺はなる!

富山近くになったらソワソワ、だって剱岳見たいもん(笑) そして、出たー ナイスですねえ 今年は剱人に俺はなる!

富山近くになったらソワソワ、だって剱岳見たいもん(笑) そして、出たー ナイスですねえ 今年は剱人に俺はなる!

そして上越妙高駅着
2時間3分の乗車だった
新潟からも近くなったよね
ここから長岡まではクルマで帰らねばならぬが妙高山が迎えてくれたので元気出た(笑)

そして上越妙高駅着 2時間3分の乗車だった 新潟からも近くなったよね ここから長岡まではクルマで帰らねばならぬが妙高山が迎えてくれたので元気出た(笑)

そして上越妙高駅着 2時間3分の乗車だった 新潟からも近くなったよね ここから長岡まではクルマで帰らねばならぬが妙高山が迎えてくれたので元気出た(笑)

北陸道米山SAで一服
西陽に照らされて日本海がキラキラ
あの向こうに能登半島がある
北陸はこうして繋がっているんだな
同じ”越の国”の住人
能登の復興が成る日を願わずにはいられない

北陸道米山SAで一服 西陽に照らされて日本海がキラキラ あの向こうに能登半島がある 北陸はこうして繋がっているんだな 同じ”越の国”の住人 能登の復興が成る日を願わずにはいられない

北陸道米山SAで一服 西陽に照らされて日本海がキラキラ あの向こうに能登半島がある 北陸はこうして繋がっているんだな 同じ”越の国”の住人 能登の復興が成る日を願わずにはいられない

能登のボランティアと敦賀への旅をしてきた
特にボランティアではこんな機会でもないと学べないことをたくさん見聞きして経験値を上げられたように思う
被災者の皆さんはもう十分に頑張ってきている
支える側の自分達がより一層頑張ろうと思える2日間の震災ボラだった
これからもできる範囲での支援を行っていこう
ありがとうございました

能登のボランティアと敦賀への旅をしてきた 特にボランティアではこんな機会でもないと学べないことをたくさん見聞きして経験値を上げられたように思う 被災者の皆さんはもう十分に頑張ってきている 支える側の自分達がより一層頑張ろうと思える2日間の震災ボラだった これからもできる範囲での支援を行っていこう ありがとうございました

能登のボランティアと敦賀への旅をしてきた 特にボランティアではこんな機会でもないと学べないことをたくさん見聞きして経験値を上げられたように思う 被災者の皆さんはもう十分に頑張ってきている 支える側の自分達がより一層頑張ろうと思える2日間の震災ボラだった これからもできる範囲での支援を行っていこう ありがとうございました

年度末の有給休暇消化に絡めて能登にボランティアに行くことにした 1泊2日型で申し込んだからいろいろ装備も必要となる 石川県からの指示に従ってボランティア保険に加入したり必要な準備を進めていった 登山用品や山小屋泊装備はそのまま流用できるものも多い ただし安全靴や防刃手袋などは別途購入して備えた シューズは登山靴で代用できるかなとも思っていたが現地入りしてみると到底無理だと分かった とにかくガラス、釘など金属類、瓦・陶器片など踏み抜きやつまずきで足元を怪我しかねないガレキが多すぎる 登山用品で代用の効かない安全靴、防刃手袋、防塵ゴーグル、N95マスクは必須、無ければ買い増して臨むしかない

長岡を夜明け前にクルマで出て新幹線上越妙高駅へ移動 始発列車でまずは金沢を目指す トイレの鏡に映った自分の姿は胡散臭いレスキューみたいに見えたが、志願して行く以上は頑張ってこようと思った

北陸新幹線には初めて乗った 上越新幹線と同じ車両だからすぐ馴染んだ 富山県に入ると車窓から北ア(後立山連峰や剱立山連峰)が綺麗で感動した

あっという間に金沢に着いた 金沢は10数年ぶりになるだろうか 当時在住だった先輩に連れられて市内観光&グルメ満喫をしたことを思い出し懐かしむ あの頃は静かな街だったように感じたが、今やインバウンドのゲージンさんがめちゃくちゃ多くて驚いた さすが加賀百万石や(←意味不明)

西口からベースキャンプ行きのバスが出る 指定時間に行くと県職員が行き先別に振り分けてくれる 今回は能登町に入らせてもらうことになっていた いよいよ始まった 頑張るぞ

能登半島を訪れるのは人生初だった こんな形で訪れることになるとは… 能登は想像以上に風光明媚なところだった なんとなく三陸沿岸のような趣きもある まだまだ観光気分な自分だった

奥能登へのアクセス道路を行けばゆくほどガタガタガクンガクンと揺れて乗り心地が悪くなった 道路は通れても段差や亀裂や崩壊箇所がたくさん残されていた 震災からまだ3ヶ月弱、通れるだけでもありがたい

そして穴水町に設けられたベースキャンプに到着 金沢から2時間以上かかった ここを拠点にして1泊2日のボランティア活動をさせていただく これが出来たからこそ俺のような素人でも参加が可能になった ただし、電気は通っているが水道はまだ よってトイレは校舎外の仮設しか使えず、夜中でもそこまで行かねばならない まあ山小屋も同じような環境ゆえさほどの苦にはならなかった

元は中学校か何かだったらしい 体育館にテント村があってそこの一張をあてがってもらえる 能登高校の生徒が作った応援団旗が迎えてくれた 10代らしい青臭くて小っ恥ずかしいメッセージだがそこが良いのかも知れない 俺たちボランティアもここではピュアな気持ちに生まれ変わっていた

割り当てられたテントにねぐらを作っていく 夜は冷えるので寝袋の携行が必須 マットはテント内に据え付けられてあって持参せずとも良い 災害用毛布を貸してもらえるが使用したら持ち帰り義務が発生する 荷物の整理が出来たら持参した昼食を摂りサブザックに換装 いよいよ現地へと乗り込む 例えはおかしいかもしれないが山頂へのアタックみたいな高揚感があった

いったん能登町災害ボランティアセンターに集められる そこで作業内容や諸注意の打ち合わせ 数班に分けられて活動に入るが何故かリーダーに推挙されてしまった がびーん、そんなん俺に出来るのかな…!? 作業内容引継書に目通ししながら今頃になって不安になってきた(笑)

現場での活動はいきなりガレキとの闘いになる 作業依頼というか事前の取り決めで後片付けや軽トラでの搬出くらいしか出来ないが、 それでも被災者の方々はとても感謝してくださる 現場リーダーとして作業上必要なお話をさせていただきコミュニケーションも取らねばならなかった 元日からこの日まで皆さんとんでもない苦労を重ね疲れ切っていた 被災者個人ではどうにもならないことばかり 外部からの助けを借りて現状打破したいと考えていらっしゃることをひしひしと感じて胸が詰まった 素人のボランティアだからといって適当なことをして帰るわけには絶対に行かないと思った

あっという間に作業時間終了 あらかじめ決められた作業を決められた時間内でやるのがルールだが無力感に苛まれる 帰投のバスから眺めた能登の海は心底綺麗だった 向こうはそのまま富山湾になる その上に白銀の剱・立山がそびえていた なんでこんな美しい場所が…と嘆かわしくて仕方なかった

帰りのバスも被災地を抜けていく 見ているしかないがこんな光景があちこちにある 正月にTVで見た光景とほとんど変わりがない 現場ではそれに加えて塵芥の匂いや空気の温度や被災者の声も加わって、TVで見るニュースの100倍は感情を揺さぶってくる 巨大地震の情け容赦の無さ、その前での人の無力さを痛感する帰り道だった

1時間ほどかけけてベースキャンプに帰ってきた ありがたいことに夕食に弁当と味噌汁が出る もちろん被災者の方の分を横領している訳ではない ボランティア参加費という形で食費(1日目夜・2日目昼)を納めた上での配給 能登路の味、いただきます

テントに戻って寝袋をセット 山小屋泊で使う分だから十分間に合う 山小屋泊テント泊のアイテムは流用が効く ただし体育館ということもあって火気厳禁 寒くてもバーナーなどは使えず温かく調理するものは食べられない 受付に湯沸かしポット2台があるのでカップ麺やアルファ化米程度は食べられるが… もちろんお酒タバコも禁止 音もよく響くからヨコシマなことは何も出来ない環境

夕方になりグラウンド跡に出てみたら夕焼けが綺麗だった 寝るには早いから他にも多くのボランティア参加者がたそがれに来ていた 学生から高齢者まで ボランティア参加に性別も年齢も職業も経歴も関係ない 参加理由や志など話すこともあったが、どれも立派だと思えた スーパーボランティア、ヒーローみたいな人もいない訳ではないが、でも決して特別な人ばかりでもない みんな「能登の人たちの役に立ちたい」という真心が原動力だった

グラウンドのすぐ前まで海が広がっている だから液状化現象の跡も見られて生々しかった それでも目の前の夕景は穏やかだった 昼の活動で能登の現実を見た 嘘であって欲しいとさえ思った この絶景と現実世界のギャップはあまりに大きかった でも今回はここに来て活動できて良かったと思えた お山をやっていて0から装備を揃える必要がなかったことは大きい 山の道具にも感謝しなきゃ 寒くなってきたからテント村に戻ろう 明日は雨予報だった

個人スペースに戻ってきた ケータイの電波があるのはありがたかった スマホで情報収集していると腹が減ってきた… あのお弁当ひとつでは足りなかった(笑) こんなこともあろうかとおやつを持ってきていて良かった 能登の観光冊子でグルメのページを見ながらもぐもぐタイム ヨダレが出る(笑) 能登半島の魅力の詰まったこの冊子、新しいなと思ったら2023年12月発行だった 編集者・関係者の気持ちを思うといたたまれない

22時消灯だがそれより早く寝ている人が多い 俺の担当する能登町よりも遠い珠洲市に入る人は出発時間も早いから無理もない やっぱり体育館、空気が底冷えして寒い そして音がよく響くので他人の出す音が気になる 特にテントの出入りの際のジッパーの音がとてもうるさい 耳栓よりも強力な遮音効果が期待できるノイズキャンセリング機能付きのイヤフォンがあると良いだろう このような体育館は被災者の方の避難場所になることが多いが発災直後のカオス状況ではとても寝られたものではないと分かった 俺たちは寒いとはいえ個室テントがあるだけでもありがたいと思った ここがなければ素人の泊まりでのボランティア活動は無理だった

2日目早くも最終日 朝から体育館の屋根に打ちつける雨音の大音響で起こされた 昨日と同じセンターまでバス移動 全国から集まったボランティアの皆さんとももう顔馴染みである みんな頼り甲斐のある人たち

2日目は2軒のお宅で活動 昨日の流れでまたもやリーダーを拝命していたので、未だ慣れないながらも務めた しかしボランティアの皆さん、頼り甲斐がハンパない いろんな職業の方がいて雨の中でもパワフル&テキパキと作業をこなす それを見ているうちに自分の非力さや無知に情けなくて涙が出る いや、つまらぬことを考えているヒマはない それぞれが出来ることを全力でやる、ただそれだけ そのためにボランティアに志願した その姿が被災者の方の励ましになり孤立感を和らげることにつながる

2日目は午前中だけの活動だったがこれもあっという間にタイムオーバー まだまだやり残しが多い、多過ぎる 作業依頼してくれた被災者の方々は労をねぎらって下さるが「次はいつ手伝いに来てくれるの?」という声に、 引き継ぎはしっかり行いますので安心して連絡を待っていてくださいと言う時ほど心苦しい事もなかった もちろんセンターに戻ってからは専従スタッフさんに報告書を出し次からの作業スケジュール作成に活かしてもらった 頑張ったけど、時間内でやれることはやったけど、でも無力感に苛まれた帰路だった 一旦は帰るけどまたここに志願しに来るというボランティアさんもちらほらいた 能登町の災害センターの方もそうだがみんなの献身には頭が下がる思いだった

金沢へ戻るバスからはブルーシートに覆われた街並みを見ることになる 一見大丈夫そうな家でも中はグチャグチャ、住むには適さない 震災ボランティアに頼らず(というか利用の仕方を知らない)自力で片付けを続けている被災者の方も多いのだという 時が経つにつれてTVはじめ各種メディアでの震災被害の報道は少なくなってきたが能登はまだまだ全然立ち直っていない 全国からの継続的な支援が必要なのは言うまでもなかった

金沢に無事帰着、御役御免 震災ボランティアとは終わっても充実感というものがまるで無い 無力感ばかり残っていたが全力で活動して感謝の言葉をもらったのは事実 だからもうここから気持ちを切り替えて行こう 金沢カレーが食べたい(笑) ゴーゴーカレーよりチャンピオンカレー派 近江町が最寄りだったから来てみたらまさかの時短営業で終わってた なんだかな〜、Lカツカレー食べたかったよぉ 近江町市場だし素直に寿司にしたら良かったな

ショボくれ空腹を抱えたまま金沢駅まで戻る 駅構内のマクドに目がいって久しぶりに所望してみた イートインしているといつしかJC?JK?かと思しき未来の金沢美人達に囲まれてしまった このキャピキャピ感は相当に気まずい 耳に入る会話からして意味不明だし下手に目があったらこの髭面のオッサン痴漢ですと冤罪通報されそうだ せっかくのマクドだったが2分で飲み込んで退散 しかしこのパイ、美味かったな マクドのパイは基本的にハズレがないと思ふ

駅構内のデパ地下みたいなところで夕飯&酒の肴を買い込み敦賀へ移動 瞬間的だとはいえ久しぶりの金沢訪問 金沢で泊まっても良かったがビジホクラスでも宿泊費数万円の観光地、無理無理(笑) 新潟駅よりも発展しとるしゲージンさんも多いし雰囲気も良いし さすが前田利家公や(←意味不明)

敦賀までの所要時間は1時間ほど 開通したばかりの線路を走るのはなんだか嬉しいものだった 車窓から福井の平野を見やる なんとなく越後平野にも似た雰囲気 やっぱりここも”越の国”なんだな

敦賀駅到着 しかしよく停車する新幹線だったな 金沢からここまでの間に駅多過ぎ問題(笑) いや、この路線は石川県と福井県の発展に大きく寄与することであろう

敦賀駅の構内は超巨大&ハイテク(死語)だった 警備員もいっぱいおるしなんか怖い(笑) そして開業したばかりの週末だからだろうけどめっちゃ人多い 大阪や名古屋への在来線特急への乗り換え駅でもあるし、そもそも地元の方が見学に来ているのもありそうだった

駅からお宿に移動 道端に飲んだくれがおる 一瞬ワテかと思ったし(笑) 敦賀のメインストリートには『宇宙戦艦ヤマト』と『銀河鉄道999』のモニュメントがあるんだってさ なんでか理由は書いてあったが忘れた(笑)

宿についてから周辺のパトロールに出る 中華そばの屋台がやたら目につく しかも流行っている 調べたら「敦賀ラーメン」なるご当地ラーメンがあって、それは屋台で提供されるもののようだ これは敦賀ナイトを満喫するしかないッ

ラーメン並盛を所望 900円也とお値段ちと高めだが屋台だから!? もちろん屋外で寒風に吹かれながら食べる しかしこれがうまかったぁ ややとろっとした豚骨&鶏がらスープが麺に絡んで超絶ハッピィなお味に 薬味がニンニク、紅しょうが、黒胡椒、七味唐辛子と訳わからんほど豊富でかけ放題 でもかけてみると見事に調和するんだよなあ 屋台のラーメン、ナメてました ごちそうさまでした

と、勢いでラーメンを食べてみたものの、宿に帰ったら金沢駅で買った夕飯と肴があることを思い出した! もちろん美味しくいただくが(笑) 能登の食材を堪能 どれもワンダフルデリシャスだったよ 食べて応援、俺にはこういうボランティア活動!?こそが分相応なのかも知れぬ(笑)

翌朝は日曜日 最終日、旅立ちの日 駅前に999のレリーフを発見 真ん中がくり抜いてあるから顔出し撮影を想定してあるのだろう ”機関車”つながりでトーマスっぽい顔芸で撮るのが吉 知らんけど

さらに進むと国籍不明なヤクルトレディ?生保レディ?がいらっしゃった 否、よくよく見たらメーテルだよ! ほっそ、つうかこんなに華奢だったけ!?(笑) TV放送を見ていた時は子どもながらに鉄郎にジェラシーを感じていた(爆)

なおも続く999のモニュメントを冷やかしつつストリートを行く 商店街の前の道路に駐車場が設けられているのは斬新だな ラーメンの屋台もこんなスペースを流用していた 商店街活性につながりそうな感じ ええやん!敦賀

ストリートの先に今日の第一目的地「氣比神宮」が鎮座していた 北陸道総鎮守 何度目かの参拝だがこの赤鳥居がナイスなのよね 能登の復興、北陸の安寧を祈願

氣比神宮の境内を抜けて「天筒山」を目指す あの向こうのお山がそうみたいだ 張り切って参りませう

麓の駐車場からずっとこんな感じで遊歩道が整備されている 日曜の朝だからまだ人は多くないが散歩に訪れている方との挨拶が気持ち良い 久しぶりの関西訛りが妙に心地よく聞こえた

お花も咲いている スミレがちらほら 今年最初のスミレは敦賀のお山で遭遇 他にもショウジョウバカマが一株あったのだがこの先にも咲くのだろうとスルーしたら結局無くて撮り損ねた 残念

ダラダラ坂を登ってきてついに山頂へ到達 やったね このサイロみたいなロケットみたいなの気になっていた 一体なんだろな

近づいてみたら展望台だった 展望台でこんなデザイン珍しいよね しかし登ってみたら大絶景 港町敦賀を一望できる 惜しむらくは今日のお天気 雨で無かっただけ良かったけど

湾を挟んで向こう岸に有名な「西方ヶ岳」「蠑螺ヶ岳」がそびえているハズ 今日はガスの中かぁ 岐阜時代から登りたいと思っていて縁のないお山 いつかきっと

山側には湿地帯が見下ろせた 「中池見湿地」というそうでラムサール条約に登録された自然環境豊かな場所みたい 知らない場所はまだまだ多い

そして敦賀駅も見えた でかい(笑) 敦賀の街にはある意味似つかわしくないが”鉄道の町”でもある敦賀にはシンボリックな存在が出来た

天筒山からそのまま金ヶ崎方面へ向かう 紫色のお花が咲いていた イカリソウじゃね? ここだけに咲いていた錨型のお花 港町敦賀にまさしくふさわしい、こりゃめでたい 春を告げているんだねえ めんこいねえ

ツバキの多く咲くお山だった 山中にゴロゴロと転がる落椿の花を見て兵どもが夢の跡、金ヶ崎城を想った

「月見御殿」と呼ばれる崖上の展望地まで来た ここからは湾の入り口がよく見える 昔はここで朝倉家の武士たちが月見をしたらしい 雅な風の吹く海辺の高台であった

そのまま下ると「金崎宮(かねがさきぐう)」 信長公の朝倉攻めの際、浅井長政の突然の謀反で挟み討ちになりかけたが、 妹のお市の方(当時は長政の妻)の機知に富んだ急報で絶体絶命の窮地を脱したことから難関突破の神様として崇められている 今もお市の方の故事の両端を紐で結んだ小豆袋を模した御守を授けている

この神社は桜の名所でもあるという 桜が咲く頃は「花換まつり」で大勢の参拝客が押し寄せる この祭りは明治に始まったそうだが、 お花見に来た男女が「花換えましょう」と桜の枝を交換することで互いに求愛したのだという なんという胸キュンな風習 タイパ・コスパの昨今ではマッチングアプリで瞬時に行なっていることだ 若人よ、あまりに便利になり過ぎた時代、恋愛を大切に育んでいく機会すら放棄してやいないか ”恋の宮”金崎宮でオジサンは思うのであった(←ジジイうるさい)

やっぱりあった、金ヶ崎の退き口を伝えるもの 大河ドラマでも出てくるもんね、このエピソードは ただ現地では南北朝時代の戦いの石碑や案内も多く見られた 敦賀が戦略上重要な土地だったからこそ大きな争いが起こった そんな歴史の事実にも思いを巡らしたい

金崎宮から赤レンガ倉庫はすぐそばだった 港町にはこんな風物がよく似合う 倉庫の前のベンチに恐竜王国福井県をアピールしてなのか、白衣を来たラプトルの像があった いろんな意味であまりに怖かったので写真にはあえて撮らず(笑)

倉庫の隣にはレトロな列車の展示もあった 敦賀は鉄道の町というがそれにちなんだものだろう こういう雰囲気のやつ、懐かしいなあ 昔の列車のデザインはやさしさも感じられる もう二度と鉄軌道を走ることはない列車に敬礼

敦賀は港町 国際航路が盛んだったようだ 迫害されたユダヤ人やポーランド孤児もこの遠い異国の地へ逃れてきた 逃げてきた難民にはこの敦賀が本当に天国に思えたんだろうなぁ 紛争が無くならないのはなんでかなぁ イスラエルの人にも人道の町敦賀のことをもっと知ってほしいなぁ

公園から天筒山を見やる あの緑のタワー展望台も見えるな 独特な形なので確かによく目立つ(笑)

波は穏やかなんだよ、敦賀の港は カモメもぷかぷか浮かぶだけ 海上保安庁の艦船が物々しく見えてしまう 日本海側はね、どうしても北朝鮮とかへの備えが必要になるからね

今度は街中へ入っていく 敦賀にも「晴明神社」があるよ なんでも安倍晴明が敦賀滞在中に霊力を鍛えた場所らしい 当時の敦賀も港町で外国(中国や朝鮮など)からの情報が集積される場所だったみたい 晴明も陰陽道を極めるために最新の知識を求めて敦賀を訪れたんだろうなあ

歴史好きだから敦賀城跡も忘れずに訪問 大谷吉継公が城主だった時期もあるんだよね、敦賀5万石 この大谷刑部は関ヶ原の戦いでのエピソードで名高い武将 今も根強い人気を誇る 関ヶ原決戦で潔く散った唯一の西軍大名、義将であった

さらに西進していつしか松林の中を彷徨う 江戸時代にタイムスリップしたみたいな気分になる

そう、もちろんここは「気比の松原」 敦賀といえばここでしょう こんな曇り空でも観光客がひっきりなしにやって来る

懐かしいなあ この海と砂浜が見たくて海無し県の岐阜から訪れたものだ ここまで来たら岐阜も近いのだけど今日は新潟に戻らねばならないのも切なかった

本当に穏やかな波打ち際 ややもすると湖かと錯覚する(笑) 透明のさざ波の前では心が鎮まらない訳がない ヒーリングスポット♡

海岸に伸びる松の並木 晴れていたならばと贅沢を思う 盛夏よりも初夏が似合いそうな雰囲気

少し離れた突堤からは白砂青松の全体像が眺められる 釣り人の邪魔をしないように潮風に吹かれる 日本海はこれから夏にかけて最高に綺麗になっていく それは楽しみでしかない

疲れた(笑) 敦賀駅からここまでボランティアの装備を詰め込んだルックザックを背負って歩き回っていた ベンチに腰掛けてしばし休憩 俺のザックも大変だわ しばし海まで拉致されるのだから(笑)

気比の松原からは敦賀駅に戻っていく 引き返す道すがらで敦賀名物というか福井名物のソースカツ丼を食べていく作戦だった ところがぎっちょん、大繁盛大行列しておるではないか! これではいつ順番が来るかわからず泣く泣く断念 ヨーロッパ軒は朝イチで並ばないとダメね

しかしもうお口がソースカツ丼になっていた(笑) 辛抱たまらずアルプラザのフードコートにてソースカツ丼を所望 うまかったけど、やっぱりヨーロッパ軒のが食べたかったナ ちなみに新潟のタレカツ丼と福井のソースカツ丼を一度に食べ比べるのが夢 醤油味vsソース味の世紀のタイトルマッチになる予感(←勝手にやってなさい)

ヘロヘロになって敦賀駅へ戻ってきた たかが13kmなのに、なんか最近体力の衰えを感じるわ 開業フィーバーの敦賀駅にはチビッコたちもたくさんいてみんな元気いっぱい プラレール、新幹線走り過ぎ問題(笑)

今回の戦利品(笑) 敦賀はおぼろ昆布が有名らしいよ 北前船の時代からの伝統だそうな 『奥の細道』で大垣の前に敦賀・氣比神宮を訪れた松尾芭蕉にちなんだ商品があったので所望 そこはかとなくオサレな感じがお土産に好適(笑)

名残り惜しいがいよいよこの北陸旅もエンドロール 13時48分ちょうどの〜♪ はくたか568号で〜♪ わたすは、わたすは敦賀から 旅立ち〜ますぅ〜♪ かなりの乗客がいて驚いた これに乗れば敦賀から東京に行けちゃうんだもんな、すごいよな

先ほど歩いた敦賀の街には『銀河鉄道999』のモニュメントが飾られていたが、 敦賀のみならず福井県の人たち全てにとっても北陸新幹線は夢と希望を運ぶ列車となるのだろう そう思うと発車のメロディはゴダイゴのあの曲にして欲しかったナ あ、『モンキー・マジック』『ガンダーラ』ではないので(笑)

富山近くになったらソワソワ、だって剱岳見たいもん(笑) そして、出たー ナイスですねえ 今年は剱人に俺はなる!

そして上越妙高駅着 2時間3分の乗車だった 新潟からも近くなったよね ここから長岡まではクルマで帰らねばならぬが妙高山が迎えてくれたので元気出た(笑)

北陸道米山SAで一服 西陽に照らされて日本海がキラキラ あの向こうに能登半島がある 北陸はこうして繋がっているんだな 同じ”越の国”の住人 能登の復興が成る日を願わずにはいられない

能登のボランティアと敦賀への旅をしてきた 特にボランティアではこんな機会でもないと学べないことをたくさん見聞きして経験値を上げられたように思う 被災者の皆さんはもう十分に頑張ってきている 支える側の自分達がより一層頑張ろうと思える2日間の震災ボラだった これからもできる範囲での支援を行っていこう ありがとうございました