チェックポイント

DAY 1
合計時間
8 時間 53
休憩時間
18
距離
28.5 km
のぼり / くだり
1622 / 1900 m

活動詳細

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今日は高野山に有るらしい、バイカオウレン群生地の下見に出かけた😄 高野山での過去の見頃報告は、3月上旬から4月月始めなので、まだ早いと思ったが一発で、群生地の発見と開花時期を当てることは、先ず無理なので今日はそれらしい場所の下見だけをした🧐 帰りは、高野参詣道の槙尾道を下った。この道は高野山と西国三十三所霊場の槇尾山施福寺との往来に使われた道で、長坂街道とも呼ばれた。そして槙尾道の宿場町である、椎出集落の高野下駅開業後は、高野山へのメイン街道として賑わった道です バイカオウレン: 日本固有種で、本州の福島県以南と四国に分布し、山地帯から亜高山帯の針葉樹林の林床や林縁に生育する らんまんのモデルとなった牧野富太郎がこよなく愛した花とされている

高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) かつらぎ町コミュニティバスで花坂へ
かつらぎ町コミュニティバスで花坂へ
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 出発時の気温は0℃
でも、日中は気温が上昇する見込み
出発時の気温は0℃ でも、日中は気温が上昇する見込み
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) ここから、ちょこっと町石道
ここから、ちょこっと町石道
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 袈裟掛石
袈裟掛石
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 町石道の巨杉
町石道の巨杉
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 龍門山~飯盛山
龍門山~飯盛山
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 鏡岩
鏡岩
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 大門前の巨杉
大門前の巨杉
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 大門前、最後の登り
大門前、最後の登り
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 高野山 大門
高野山 大門
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 天狗岳
長峰山脈の東端にあり、この山域の最高峰(967.9m)
高野山を守る天狗の洞窟があるらしい
天狗岳 長峰山脈の東端にあり、この山域の最高峰(967.9m) 高野山を守る天狗の洞窟があるらしい
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) お助け地蔵尊
一つだけ願い事を叶えてくれると言われ、一願地蔵とも呼ばれている
お助け地蔵尊 一つだけ願い事を叶えてくれると言われ、一願地蔵とも呼ばれている
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) この辺りには、名残雪が残っていた
この辺りには、名残雪が残っていた
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 弥勒峠のお地蔵さま
弥勒峠のお地蔵さま
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 司馬遼太郎 文学碑
文学碑には「高野山管見」の冒頭部分が、次の通り刻されている
「高野山は、いうまでもなく平安初期に空海がひらいた
山上は、ふしぎなほどに平坦である
そこに一個の都市でも展開しているかのように、堂塔、伽藍、子院などが棟をそびえさせ、ひさしを深くし、練塀をつらねている
枝道に入ると、中世、別所とよばれて、非僧非俗のひとたちが集団で住んでいた幽邃な場所があり、寺よりもはるかに俗臭がすくない
さらには林間に苔むした中世以来の墓地があり、もっとも奥まった場所である奥ノ院に、僧空海がいまも生けるひととして四時、勤仕されている
その大道の出発点には、唐代の都城の門もこうであったかと思えるような大門がそびえているのである
大門のむこうは、天である。山なみがひくくたたなずき、四季四時の虚空がひどく大きい
大門からそのような虚空を眺めていると、この宗教都市がじつは現実のものではなく、空に架けた幻影ではないかとさえ思えてくる
まことに、高野山は日本国のさまざまな都鄙のなかで、唯一ともいえる異域ではないか」
司馬遼太郎 文学碑 文学碑には「高野山管見」の冒頭部分が、次の通り刻されている 「高野山は、いうまでもなく平安初期に空海がひらいた 山上は、ふしぎなほどに平坦である そこに一個の都市でも展開しているかのように、堂塔、伽藍、子院などが棟をそびえさせ、ひさしを深くし、練塀をつらねている 枝道に入ると、中世、別所とよばれて、非僧非俗のひとたちが集団で住んでいた幽邃な場所があり、寺よりもはるかに俗臭がすくない さらには林間に苔むした中世以来の墓地があり、もっとも奥まった場所である奥ノ院に、僧空海がいまも生けるひととして四時、勤仕されている その大道の出発点には、唐代の都城の門もこうであったかと思えるような大門がそびえているのである 大門のむこうは、天である。山なみがひくくたたなずき、四季四時の虚空がひどく大きい 大門からそのような虚空を眺めていると、この宗教都市がじつは現実のものではなく、空に架けた幻影ではないかとさえ思えてくる まことに、高野山は日本国のさまざまな都鄙のなかで、唯一ともいえる異域ではないか」
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 奥之院の巨杉
奥之院の巨杉
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 大黒天、弁財天、稲荷大明神がこの山裾に鎮座する参道
大黒天、弁財天、稲荷大明神がこの山裾に鎮座する参道
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 清高稲荷大明神
清高稲荷大明神
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 鳥羽天皇皇后得子(美福門院)高野山陵
皇室関係で唯一、高野山に存在する陵墓
高野山に強い思い入れがあった美福門院は、この高野山不動院に陵墓を作り、埋葬されました。しかしそれは、鳥羽上皇の意向に背くことだったと記録されている
鳥羽天皇皇后得子(美福門院)高野山陵 皇室関係で唯一、高野山に存在する陵墓 高野山に強い思い入れがあった美福門院は、この高野山不動院に陵墓を作り、埋葬されました。しかしそれは、鳥羽上皇の意向に背くことだったと記録されている
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 美福門院は低い身分出身であったにも関わらず、鳥羽天皇の妃となると近衛天皇を出産し皇后まで上り詰めた女性です
更に、美福門院は平安末期の「保元の乱」や「平治の乱」の中心人物として深く関わった人です
また、紀の川市との縁も深く、鳥羽上皇が崩御した際、荒川荘は美福門院の所領となった。その後、鳥羽院の菩提を弔うため同荘を高野山に寄進して一切経会を修すべき旨を命じている。このために高野山の壇上伽藍に六角経蔵が建立され、美福門院が自ら書写したとされる
その荒川荘には、美福門院の供養塔が残されている
美福門院は低い身分出身であったにも関わらず、鳥羽天皇の妃となると近衛天皇を出産し皇后まで上り詰めた女性です 更に、美福門院は平安末期の「保元の乱」や「平治の乱」の中心人物として深く関わった人です また、紀の川市との縁も深く、鳥羽上皇が崩御した際、荒川荘は美福門院の所領となった。その後、鳥羽院の菩提を弔うため同荘を高野山に寄進して一切経会を修すべき旨を命じている。このために高野山の壇上伽藍に六角経蔵が建立され、美福門院が自ら書写したとされる その荒川荘には、美福門院の供養塔が残されている
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 圓山辨天
圓山辨天
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 高野山 中門
高野山 中門
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 根本大塔
根本大塔
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 金剛峯寺
金剛峯寺
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 高野鬼子母神
高野鬼子母神
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) お竹地蔵
お竹地蔵
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 清不動堂
清不動堂
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 旧高野山森林鉄道トンネル跡
旧高野山森林鉄道トンネル跡
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 不動坂隧道と呼ばれる清不動線の隧道跡
手彫り感が半端ない
不動坂隧道と呼ばれる清不動線の隧道跡 手彫り感が半端ない
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 旧藤小学校 校舎跡
1997年に休校、2008年に廃校となりましたが、現在はカフェとして土日祝日に営業
旧藤小学校 校舎跡 1997年に休校、2008年に廃校となりましたが、現在はカフェとして土日祝日に営業
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 白藤小学校 廊下
懐かしい、雑巾がけをしてみたい😋
白藤小学校 廊下 懐かしい、雑巾がけをしてみたい😋
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 苅萱堂跡
苅萱堂跡
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 軽オート三輪
運転席がオープンカー仕様の「ホープスターSY2」かな❓️
軽オート三輪 運転席がオープンカー仕様の「ホープスターSY2」かな❓️
高野参詣道(高野山・楊柳山・雨引山) 高野下駅
大正14(1925)年、南海鉄道が九度山駅から路線延伸した際、高野山駅として開設
槙尾道を経由した、高野山への最短ルートとして賑わった
現在駅舎は、ステーションホテルとしても活用されている
高野下駅 大正14(1925)年、南海鉄道が九度山駅から路線延伸した際、高野山駅として開設 槙尾道を経由した、高野山への最短ルートとして賑わった 現在駅舎は、ステーションホテルとしても活用されている

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