東山~操山~円山~笠井山 12月の史跡と紅葉巡り

2023.12.04(月) 日帰り

活動データ

タイム

04:08

距離

12.4km

のぼり

687m

くだり

622m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
4 時間 8
休憩時間
3
距離
12.4 km
のぼり / くだり
687 / 622 m
1 22
22
26
17
44
12
14

活動詳細

すべて見る

【史跡の宝庫操山へ】 操山(みさおやま)は岡山市の中心部の東にある低山です。 なお、“そうざん”といえば、操山(みさおやま)西北一帯の地名を指します。 ちなみに、中学校でも岡山市立操山(みさおやま)中学と 岡山県立操山(そうざん)中学が共に操山の西北部に位置します。 多数ある登山口の標高は10m程しかない所もありますが、 最高峰の操山が標高169m、東に向かって138mの円山、134mの笠井山と、 低山が連なり、運動靴でも気軽に散策できるハイキングコースが大半です。 一方で史跡の宝庫でもあります。 130以上の古墳が点在し、操山古墳群を形成しています。 また、山麓には玉井宮東照宮、護国神社、安住院、曹源寺、 丘陵上には吉備津岡辛木(きびつおかからき)神社、円山不動明王、三勲神社跡など、 たくさんの神社仏閣があります。 今回はこれらの史跡や神社仏閣を巡り、 さらに、12月に入ってもなお紅葉も堪能することできました。 出発地点とゴール地点を同じところにすると、20㎞以上もあったので、 自動車は吉備津岡辛木神社の駐車場に停め、 最寄りのバス停「海𠮷(みよし)」から乗車し、「池の内東」で下車し、 バス停前の池の内大池湖畔公園を出発点としました。 【東山に初挑戦(^_^)/】 出発点とした池の内大池湖畔公園では、 カイツブリやカワウのリラックスしているシーンが見られました。 特にカワウの排泄<動画あり>は勢いがあり、笑撃的でした😅 ここから南西方面一帯に丘陵地が広がります。 湊(みなと)、門田(かどた)、東山などの地名がついていますが、 この辺り一帯は東山丘陵地といわれています。 この丘陵地には操山古墳群に属する古墳がいくつかあります。 最初に訪問した湊茶臼山古墳<写真07,08>は、 墳長120m以上、後円部三段、前方部二段築成で大きく、 出土した埴輪の特徴から5世紀初頭に造られたことがわかりました。 また、操山107号墳周辺は管理の行き届いた墓地ですが、 古墳の石室内部<写真19>はゴミ捨て場と化していました。 現代の墓は綺麗に整備されているものの、 大昔の墓は粗末に扱われている様子がちょっと笑えました😅 瑜伽(ゆが)大権現<写真09~14>や玉井宮東照宮<写真22~30>は、 予想以上に見応えがあり、パワースポットでもありました。 12月に入ってまだ紅葉が見られたのもラッキーでした。 【操山から笠井山への縦走路は古墳の宝庫(^_^)】 玉井宮東照宮から西側の道を北上し、県道28号線を渡ると、 そのまま、操山の頂上方面に向かう道に入ります。 三勲神社跡<写真31>で4人組にお会いしました。 古墳見学などが主目的の私とは違い、ゆっくりと純粋に散策を楽しんでおられるようでした。 また、道が整備されているので、走っておられる方々ともすれ違いました。 しかし、東に進むにつれ、人の気配はなくなり、 萩の塚古墳<写真35>、八畳岩古墳<写真40>、二股古墳<写真42,43>、 金蔵山古墳<写真46,47>と、ほぼ独占して観察ができました。 固有名詞のない古墳もいくつもありましたが、 あくまでもコース上の道沿いにあり、すぐに確認できる古墳のみとしました。 操山古墳群は130基以上もあるので、道から逸れて見に行くと大変なことになります。 実は、岡山は古代吉備王国の名にふさわしく、古墳の多い所です。 前方後円墳の墳長ベストテンは大阪、奈良、岡山が独占しています。 それほど大きくない古墳は、言い方は悪いですが掃いて捨てるほどあるので、 個人所有の小さな古墳などは、管理状況が笑えます。 ブルーシートなどを突っ込まれ物置にされているものが大半ですが、 石仏を突っ込まれミニ八十八か所霊場の一部にされていたり、 中に金属の支柱を入れて補強し民家の石垣の一部にされていたり、 周辺が国有林のためか、上に杉を植えられ植林地の一部と化していたり、 生活していた跡なのか、貝殻が大量に残されミニ貝塚状態だったり、 戦時中には防空壕やお寺の宝物の保管場所にされていたこともありました。 道路や建物の工事に伴い移築された幸せ者がいる一方、 道路で縦に真っ二つにされた前方後円墳もあります。 お引越し先が見つからず、苦肉の策で舗装道路の コンクリート法面から顔を出しているものもあるそうです😅 ここ操山古墳群も個性派ぞろいで、萩の塚古墳は茶室にされていた時期があるためか、 石室の鏡石がすすけたように一部黒くなっています。 107号墳は、ソファを突っ込まれて休憩室になっていたときはきれいでしたが、 今は壊れたソファがひっくり返って残されています。 まだ未見学の古墳の中にも、なかなか興味深いものがありそうです。 操山を訪問する方は古墳に興味がない方も多いとは思いますが、 古墳時代の前期・中期・後期のそれぞれの時期に造られた古墳を 見ることができるうえ、前方後円墳・円墳・方墳と、 さまざまなタイプの古墳がそろっています。 彦摩呂さんの言葉を借りれば、「まるで古墳の博物館やぁ!」 といったところでしょうか。 この地に大昔、文化が栄えていたことなど、想像が膨らみます。 【瑜伽大権現、玉井宮東照宮、曹源寺で紅葉(*^O^*)】 もう12月でしたので、紅葉はほとんど期待していませんでした。 ところが、最初に訪れた神社仏閣である松琴寺(しょうきんじ)と 瑜伽(ゆが)大権現<写真09~14>で紅葉が見られました。 松琴寺は貞和年間(1345~1350年)に創建された寺院で、 明和年間(1764~1772年)には池田治政が 倉敷市にある由加山(ゆがさん)の瑜伽大権現を勧請し隠居寺としました。 モミジの紅葉の美しさに心が洗われるような思いがしました。 また、芭蕉の句碑「寺に寝てまこと顔なる月見かな」もありました。 ちょっとした隠れ史跡スポットでした。 岡山大学附属小中学校の北東近くに権現坂<写真21>があり、 ここを上って玉井宮東照宮の境内に入りました。 末社<写真22,23>を巡り、随神門<写真24>を抜けると、綺麗な紅葉が見られました。 特に坂中荒神社前の紅葉<写真25>は美しく、この段階でまだ山行序盤ということもあり、 さらなる紅葉の期待が高まりました。 金蔵山(かなぐらやま)古墳と円山の分岐に位置する円山不動明王<写真48>まで来ると、 当初は北方面にある沢田大塚古墳に寄る予定でしたが、 YAMAPの地図にない南へ延びるルートがありましたので、 曹源寺方面に向かうことにしました。 程なく、山腹に曹源寺の三重塔<写真63>が現れました。 三重塔をさらに南へ下っていくと、広大な境内に行き着きました。 曹源寺は元禄11(1698)年に、岡山藩主池田綱政が児島にあった永昌庵を移して 菩提寺としたもので、以来、池田家の菩提寺となっています。 綱政は境内に自分の寿蔵(墓)を造り、以降の岡山城主もそれにならいました。 この「岡山藩主池田家墓所」は国の史跡に指定されています。 山門から本堂、経蔵にかけて紅葉がとても美しく、 12月に入ってもなお堪能できたことに幸福感を感じました。 【〆はガストの“ブラックカレー本気盛り”】 山行を終えたのは14時頃でした。 低山とはいえ、のべ12㎞も歩いたのでお腹が減り、 胃の中はガッツリランチを食べたいモードになっていました。 そこで、ゴールの吉備津岡辛木神社から東にあるガストで “ブラックカレー本気盛り”を食べることにしました。 タッチパネルでドリンクバーと一緒に注文すると、 10分足らずで猫ロボットが運んできました。 大盛ライスに、ブラックカレーソース、チーズインハンバーグ、 目玉焼き、うすカツ、海老フライ、唐揚げ、福神漬けが盛りつけられており<写真81>、 ライスの姿がほぼ見えませんでした😱 ガッツリ派が好むメニューが全部のっており、インパクト大でした。 ブラックカレーは、どろっとしてスパイシーですが甘みもあり、 半熟の目玉焼きもカレーに合います。 チーズインハンバーグは、ジューシーで中のチーズがとろけ、肉の旨みも感じられました。 ソースのかかったうすカツは、程よい噛みごたえがありました。 唐揚げはにんにく醤油味、 海老フライはプリプリ食感で食べ応えがありました。 一粒で五度おいしい贅沢なカレーでした😍 クーポン等利用し、ドリンクバーも含め税込み1,188円でした。 ちなみにライスは特盛りにしても同じ値段のようでした。 大盛りでもおかずより先にご飯がなくなってしまったので、 おかわりしようかとも思ったのですが、結局、やめました。 無料ですが、大盛りのおかわりはきつそうでした😅 ガストの罠にはまった感が強いですが、満腹感と満足感はありました😊

操山・笠井山 01池の内大池越しに湊茶臼山古墳墳丘…スタート地点から第一目的地の湊茶臼山古墳<写真07,08>の墳丘を望みました。前方後円墳ですが、ここから見てもわかりにくいです。
01池の内大池越しに湊茶臼山古墳墳丘…スタート地点から第一目的地の湊茶臼山古墳<写真07,08>の墳丘を望みました。前方後円墳ですが、ここから見てもわかりにくいです。
操山・笠井山 02池の内大池カイツブリ冬羽&カワウ…上段は冬羽のカイツブリです。下段は左がカワウ、右が冬羽のカイツブリです。動画を撮りました。
02池の内大池カイツブリ冬羽&カワウ…上段は冬羽のカイツブリです。下段は左がカワウ、右が冬羽のカイツブリです。動画を撮りました。
操山・笠井山 03池の内大池カワウ「やっちゃった」😓…<写真02>と同一個体です。動画を撮っていると、勢いよく排泄😓
03池の内大池カワウ「やっちゃった」😓…<写真02>と同一個体です。動画を撮っていると、勢いよく排泄😓
操山・笠井山 04ハッサク…葉にはわかりにくいですが翼があります。微妙すぎて写真でもよく見えません。行かなかった連れも確認を諦め、ハッサクちゃうかとほぼ断定。
04ハッサク…葉にはわかりにくいですが翼があります。微妙すぎて写真でもよく見えません。行かなかった連れも確認を諦め、ハッサクちゃうかとほぼ断定。
操山・笠井山 05ツワブキ…花の直径は3cm程でした。葉は丸っこいです。
05ツワブキ…花の直径は3cm程でした。葉は丸っこいです。
操山・笠井山 06真っ赤なモミジ…まさかの12月モミジ、しかも、きれい😍
06真っ赤なモミジ…まさかの12月モミジ、しかも、きれい😍
操山・笠井山 07湊茶臼山古墳前方部より後円部&後円部頂上…上段は前方部から後円部を見たところ、下段は後円部の中心部辺りです。素人なので見てもよくわかりませんが、前方部と後円部は陸橋でつながっています。墳長120m以上で壇状遺構も含めると、130mを超えます。
07湊茶臼山古墳前方部より後円部&後円部頂上…上段は前方部から後円部を見たところ、下段は後円部の中心部辺りです。素人なので見てもよくわかりませんが、前方部と後円部は陸橋でつながっています。墳長120m以上で壇状遺構も含めると、130mを超えます。
操山・笠井山 08湊茶臼山古墳後円部より前方部&南麓より後円部…上段は後円部から前方部を見たところ、下段は南から見た後円部です。写っている石は、近代の石積みの一部と考えられており、葺石の存在は確認されていません。何らかの理由で古墳の主が埋葬されなかった可能性が指摘されています。
08湊茶臼山古墳後円部より前方部&南麓より後円部…上段は後円部から前方部を見たところ、下段は南から見た後円部です。写っている石は、近代の石積みの一部と考えられており、葺石の存在は確認されていません。何らかの理由で古墳の主が埋葬されなかった可能性が指摘されています。
操山・笠井山 09瑜伽大権現狛犬&拝殿…明和年間(1764~1772年)に倉敷市にある由加山(ゆがさん)の瑜伽(ゆが)大権現を勧請しました。ここにも紅葉したモミジが😊
09瑜伽大権現狛犬&拝殿…明和年間(1764~1772年)に倉敷市にある由加山(ゆがさん)の瑜伽(ゆが)大権現を勧請しました。ここにも紅葉したモミジが😊
操山・笠井山 10瑜伽大権現狛犬…岡山らしく、備前焼の狛犬がありました。右後ろ足をなくし、痛みをこらえて歯を食いしばっているわけではありません。
10瑜伽大権現狛犬…岡山らしく、備前焼の狛犬がありました。右後ろ足をなくし、痛みをこらえて歯を食いしばっているわけではありません。
操山・笠井山 11松琴寺&瑜伽大権現…左が松琴寺です。本堂が瑜伽大権現の拝殿と渡り廊下でつながっています😱これぞ、神仏習合!
11松琴寺&瑜伽大権現…左が松琴寺です。本堂が瑜伽大権現の拝殿と渡り廊下でつながっています😱これぞ、神仏習合!
操山・笠井山 12松琴寺&瑜伽大権現モミジ…<写真11>の中央に写っているモミジです。赤やオレンジが交ざってきれいです。
12松琴寺&瑜伽大権現モミジ…<写真11>の中央に写っているモミジです。赤やオレンジが交ざってきれいです。
操山・笠井山 13瑜伽大権現拝殿&本殿…ここにも微妙な色ですがモミジが😊
13瑜伽大権現拝殿&本殿…ここにも微妙な色ですがモミジが😊
操山・笠井山 14瑜伽大権現不動明王…松琴寺は臨済宗の寺院で、ご本尊は観音様です。不動明王像の前は観音像でしょうか。
14瑜伽大権現不動明王…松琴寺は臨済宗の寺院で、ご本尊は観音様です。不動明王像の前は観音像でしょうか。
操山・笠井山 15エナガ…ほとんど葉が散ったモミジに止まっていました。動画を撮りましたが、すぐに逃げてしまいました。今回は、あまり可愛くありません😅
15エナガ…ほとんど葉が散ったモミジに止まっていました。動画を撮りましたが、すぐに逃げてしまいました。今回は、あまり可愛くありません😅
操山・笠井山 16メジロ…動画撮影もお構いなしで柿に夢中😊
16メジロ…動画撮影もお構いなしで柿に夢中😊
操山・笠井山 17東山モミジ…日が当たって明るいきれいな色でした。
17東山モミジ…日が当たって明るいきれいな色でした。
操山・笠井山 18操山107号墳前の十三重層塔…周辺は墓地なので、以前、寺院があった名残かもしれません。
18操山107号墳前の十三重層塔…周辺は墓地なので、以前、寺院があった名残かもしれません。
操山・笠井山 19操山107号墳石室開口部&石室内部物置😓…上段は操山107号墳の石室開口部で、奥に十三重層塔<写真18>が見えています。下段は物置と化した石室内部です。奥行8m程、高さ1.7m程の大きさゆえ、以前はソファを突っ込まれ休憩室状態だったようです。現在は、そのソファが壊れて転がっています😓
19操山107号墳石室開口部&石室内部物置😓…上段は操山107号墳の石室開口部で、奥に十三重層塔<写真18>が見えています。下段は物置と化した石室内部です。奥行8m程、高さ1.7m程の大きさゆえ、以前はソファを突っ込まれ休憩室状態だったようです。現在は、そのソファが壊れて転がっています😓
操山・笠井山 20マガモ…上段は泳ぐオスで、水面に姿が映っています。下段右がメスです。もうつがいになっているのでしょうか。動画を撮りました。
20マガモ…上段は泳ぐオスで、水面に姿が映っています。下段右がメスです。もうつがいになっているのでしょうか。動画を撮りました。
操山・笠井山 21権現坂…玉井宮東照宮の入り口です。
21権現坂…玉井宮東照宮の入り口です。
操山・笠井山 22玉井宮末社山川神社&倉稲魂社…玉井宮東照宮には、末社や摂社がたくさんあります。上段の山川神社は詳細がわかりませんでした。下段の倉稲魂社は、穀物や農耕の神様の倉稲魂命(うかのみたまのみこと)をお祀りしています。
22玉井宮末社山川神社&倉稲魂社…玉井宮東照宮には、末社や摂社がたくさんあります。上段の山川神社は詳細がわかりませんでした。下段の倉稲魂社は、穀物や農耕の神様の倉稲魂命(うかのみたまのみこと)をお祀りしています。
操山・笠井山 23玉井宮末社玉満稲荷社&三勲神社…上段の玉満稲荷社は伏見稲荷から勧請されました。下段の三勲神社は、昭和28年に三勲神社跡地<写真31>から本殿のみ遷座したものです。ご祭神は道鏡が天皇になるのを阻止した和気清麻呂、楠木正成の子で後に明治維新の尊王思想の模範とされた楠木正行(まさつら)、備前児島の出身で南朝の忠臣とたたえられた児島高徳(たかのり)です。
23玉井宮末社玉満稲荷社&三勲神社…上段の玉満稲荷社は伏見稲荷から勧請されました。下段の三勲神社は、昭和28年に三勲神社跡地<写真31>から本殿のみ遷座したものです。ご祭神は道鏡が天皇になるのを阻止した和気清麻呂、楠木正成の子で後に明治維新の尊王思想の模範とされた楠木正行(まさつら)、備前児島の出身で南朝の忠臣とたたえられた児島高徳(たかのり)です。
操山・笠井山 24玉井宮東照宮第二鳥居&随神門…上段は第二鳥居で、一の鳥居は西側の参道入口にあります。下段は岡山市の重要文化財で18世紀前期の建造物と考えられている随神門です。
24玉井宮東照宮第二鳥居&随神門…上段は第二鳥居で、一の鳥居は西側の参道入口にあります。下段は岡山市の重要文化財で18世紀前期の建造物と考えられている随神門です。
操山・笠井山 25玉井宮摂社坂中荒神社紅葉…岡山市の重要文化財で、元禄2(1689)年の建造物とされています。玉井宮遷座前からここにお祀りされている荒神様です。神よりモミジ状態で参拝しました😅
25玉井宮摂社坂中荒神社紅葉…岡山市の重要文化財で、元禄2(1689)年の建造物とされています。玉井宮遷座前からここにお祀りされている荒神様です。神よりモミジ状態で参拝しました😅
操山・笠井山 26玉井宮東照宮さざれ石…昭和57年に贈られたもののようです。
26玉井宮東照宮さざれ石…昭和57年に贈られたもののようです。
操山・笠井山 27玉井宮東照宮拝殿…玉井宮は応徳2(1085年)に岡山市南区米崎から遷座されました。正保2(1645年)、岡山藩主池田光政公が東照宮を勧請、明治14年に合祀し、玉井宮東照宮と名を改め、現在に至ります。
27玉井宮東照宮拝殿…玉井宮は応徳2(1085年)に岡山市南区米崎から遷座されました。正保2(1645年)、岡山藩主池田光政公が東照宮を勧請、明治14年に合祀し、玉井宮東照宮と名を改め、現在に至ります。
操山・笠井山 28玉井宮東照宮拝殿内部干支の引継ぎ式準備中?…卯から辰へと干支の引継ぎ式の準備中でしょうか。
28玉井宮東照宮拝殿内部干支の引継ぎ式準備中?…卯から辰へと干支の引継ぎ式の準備中でしょうか。
操山・笠井山 29玉井宮東照宮本殿…正保2(1645年)に勧請された当時の建造物で、岡山市の重要文化財です。
29玉井宮東照宮本殿…正保2(1645年)に勧請された当時の建造物で、岡山市の重要文化財です。
操山・笠井山 30玉井宮摂社天満宮紅葉…菅原道真公をお祀りしています。
30玉井宮摂社天満宮紅葉…菅原道真公をお祀りしています。
操山・笠井山 31三勲神社跡地…玉井宮東照宮末社の三勲神社<写真23下段>は、昭和28年にここから本殿のみ遷座されたものです。周辺を歩きながら動画を撮りました。
31三勲神社跡地…玉井宮東照宮末社の三勲神社<写真23下段>は、昭和28年にここから本殿のみ遷座されたものです。周辺を歩きながら動画を撮りました。
操山・笠井山 32落ちない石…この写真ではわかりにくいですが、端が少し浮いて微妙に傾いています。道に転がり落ちそうな状態で踏ん張っているので、落ちない石として受験生が拝みに来るそうです。
32落ちない石…この写真ではわかりにくいですが、端が少し浮いて微妙に傾いています。道に転がり落ちそうな状態で踏ん張っているので、落ちない石として受験生が拝みに来るそうです。
操山・笠井山 33操山南の展望所…確認していませんが、景色はなかなかいいそうです。
33操山南の展望所…確認していませんが、景色はなかなかいいそうです。
操山・笠井山 34操山頂上三角点「操山」&操山7号墳…上段は標高168.7m頂上三角点「操山」、下段は頂上にある操山7号墳です。
34操山頂上三角点「操山」&操山7号墳…上段は標高168.7m頂上三角点「操山」、下段は頂上にある操山7号墳です。
操山・笠井山 35萩の塚古墳(操山9号墳)石室開口部&石室内部…上段は萩の塚古墳(操山9号墳)石室開口部、下段は石室内部です。石室は奥行8.2m、幅1.9m、高さ1.9mあり、茶室にされていたことがあるためか、奥の鏡石の一部がすすけたように黒くなっています。動画を撮りながら内部に入りました。
35萩の塚古墳(操山9号墳)石室開口部&石室内部…上段は萩の塚古墳(操山9号墳)石室開口部、下段は石室内部です。石室は奥行8.2m、幅1.9m、高さ1.9mあり、茶室にされていたことがあるためか、奥の鏡石の一部がすすけたように黒くなっています。動画を撮りながら内部に入りました。
操山・笠井山 36護国神社裏山古墳(操山13号墳)…箱式石棺の一部が露出しています。
36護国神社裏山古墳(操山13号墳)…箱式石棺の一部が露出しています。
操山・笠井山 37三畳岩展望所近くの巨岩…4年近く前に、左足首捻挫でリハビリ中だった連れが上に上ったことがあります。
37三畳岩展望所近くの巨岩…4年近く前に、左足首捻挫でリハビリ中だった連れが上に上ったことがあります。
操山・笠井山 38三畳岩展望所より八丈岩山&貝殻山&剣山…南南東方面を望みました。三畳岩越しに手前に岡山市中区、百間川の奥に東区が見えています。百間川河口の少し左奥が八丈岩山、中央奥の最高峰が貝殻山、その右が剣山です。動画には小豆島も映っています。
38三畳岩展望所より八丈岩山&貝殻山&剣山…南南東方面を望みました。三畳岩越しに手前に岡山市中区、百間川の奥に東区が見えています。百間川河口の少し左奥が八丈岩山、中央奥の最高峰が貝殻山、その右が剣山です。動画には小豆島も映っています。
操山・笠井山 39沢田裏山古墳(操山17号墳)石室開口部&石室内部…上段は沢田裏山古墳(操山17号墳)の石室開口部、下段は石室内部です。大きな墳丘があり石室の奥行は6m足らずですが、開口部がほとんど埋まっており中がよく見えませんでした。
39沢田裏山古墳(操山17号墳)石室開口部&石室内部…上段は沢田裏山古墳(操山17号墳)の石室開口部、下段は石室内部です。大きな墳丘があり石室の奥行は6m足らずですが、開口部がほとんど埋まっており中がよく見えませんでした。
操山・笠井山 40八畳岩古墳(操山19号墳)石室&石室内部…上段は八畳岩古墳(操山19号墳)の露出した石室、下段は石室内部です。石舞台古墳のように石室がむき出しで、その名の通り、全長9mの大きな古墳でした。動画を撮りながら中に入りました。
40八畳岩古墳(操山19号墳)石室&石室内部…上段は八畳岩古墳(操山19号墳)の露出した石室、下段は石室内部です。石舞台古墳のように石室がむき出しで、その名の通り、全長9mの大きな古墳でした。動画を撮りながら中に入りました。
操山・笠井山 41操山22号墳石室開口部&石室内部…上段は操山22号墳の石室開口部、下段は石室内部です。二股古墳(操山24号墳)<写真42,43>説明板のすぐ北西の斜面にあります。天井石などはほとんどなくなって奥行は30cm程しかなさそうでした。
41操山22号墳石室開口部&石室内部…上段は操山22号墳の石室開口部、下段は石室内部です。二股古墳(操山24号墳)<写真42,43>説明板のすぐ北西の斜面にあります。天井石などはほとんどなくなって奥行は30cm程しかなさそうでした。
操山・笠井山 42二股古墳(操山24号墳)主室石室開口部&合流部内部…上段は二股古墳(操山24号墳)の主室石室開口部、下段は右が主室石室内部で左が脇室につながっている部分です。石室が二室に分かれていることから二股古墳と呼ばれています。とても珍しい古墳です。
42二股古墳(操山24号墳)主室石室開口部&合流部内部…上段は二股古墳(操山24号墳)の主室石室開口部、下段は右が主室石室内部で左が脇室につながっている部分です。石室が二室に分かれていることから二股古墳と呼ばれています。とても珍しい古墳です。
操山・笠井山 43二股古墳(操山24号墳)脇室石室内部&合流部上から…上段は二股古墳(操山24号墳)の脇室石室内部、下段は主室と脇室の合流部を外から見下ろしたところです。脇室も石室開口部が見えますが、かなり崩れています。
43二股古墳(操山24号墳)脇室石室内部&合流部上から…上段は二股古墳(操山24号墳)の脇室石室内部、下段は主室と脇室の合流部を外から見下ろしたところです。脇室も石室開口部が見えますが、かなり崩れています。
操山・笠井山 44操山26号墳石室開口部&石室内部…上段は操山26号墳の石室開口部、下段は石室内部です。道沿いで分かりやすいです。
44操山26号墳石室開口部&石室内部…上段は操山26号墳の石室開口部、下段は石室内部です。道沿いで分かりやすいです。
操山・笠井山 45操山28号墳石室開口部&石室内部…上段は操山28号墳石室開口部、下段は石室内部です。天井石は1つだけですが、側面の石はかなり残っていました。
45操山28号墳石室開口部&石室内部…上段は操山28号墳石室開口部、下段は石室内部です。天井石は1つだけですが、側面の石はかなり残っていました。
操山・笠井山 46金蔵山古墳(操山30号墳)案内板&前方部…上段は金蔵山古墳(操山30号墳)の案内板、下段は前方部です。全長約165mの前方後円墳で、発掘作業が休みの日に見学したことがあります。
46金蔵山古墳(操山30号墳)案内板&前方部…上段は金蔵山古墳(操山30号墳)の案内板、下段は前方部です。全長約165mの前方後円墳で、発掘作業が休みの日に見学したことがあります。
操山・笠井山 47金蔵山古墳(操山30号墳)後円部&竪穴式石室東壁…上段は金蔵山古墳(操山30号墳)の後円部、下段は後円部の石室内部です。開口部が狭いので見えにくいですが、小さいレンガのような石がぎっしり詰まっていました。
47金蔵山古墳(操山30号墳)後円部&竪穴式石室東壁…上段は金蔵山古墳(操山30号墳)の後円部、下段は後円部の石室内部です。開口部が狭いので見えにくいですが、小さいレンガのような石がぎっしり詰まっていました。
操山・笠井山 48円山不動明王&円山招福稲荷…上段は円山不動明王、下段は円山招福稲荷の祠越しの円山不動明王です。この側にも古墳があるそうですが、今回も見落としました。
48円山不動明王&円山招福稲荷…上段は円山不動明王、下段は円山招福稲荷の祠越しの円山不動明王です。この側にも古墳があるそうですが、今回も見落としました。
操山・笠井山 49塔之下池…操山公園里山センターで購入できる地図には、塔の池と記載されています。南畔を通りました。
49塔之下池…操山公園里山センターで購入できる地図には、塔の池と記載されています。南畔を通りました。
操山・笠井山 50曹源寺総門…ここから松並木の参道に入ります。曹源寺創建時の元禄11(1698)年に植えられたもので、岡山県の郷土記念物に指定されています。
50曹源寺総門…ここから松並木の参道に入ります。曹源寺創建時の元禄11(1698)年に植えられたもので、岡山県の郷土記念物に指定されています。
操山・笠井山 51曹源寺山門…松並木の間には石畳があります。この山門も創建時からのものです。くぐって境内のモミジを見ながら歩き、動画を撮りました。
51曹源寺山門…松並木の間には石畳があります。この山門も創建時からのものです。くぐって境内のモミジを見ながら歩き、動画を撮りました。
操山・笠井山 52曹源寺モミジ越しに鼓楼…東の鐘楼と同じ様式で、やはり創建時からのものです。
52曹源寺モミジ越しに鼓楼…東の鐘楼と同じ様式で、やはり創建時からのものです。
操山・笠井山 53曹源寺モミジ越しに鼓楼&経蔵…色づいたモミジでわかりにくいですが、右が鼓楼、左が経蔵です。経蔵に向かって歩きながら動画を撮りました。やはりモミジの紅葉がきれいでした。
53曹源寺モミジ越しに鼓楼&経蔵…色づいたモミジでわかりにくいですが、右が鼓楼、左が経蔵です。経蔵に向かって歩きながら動画を撮りました。やはりモミジの紅葉がきれいでした。
操山・笠井山 54曹源寺開山塔…ここを開山した絶外和尚の霊廟で、創建時からのものです。手前は供養塔でしょうか。
54曹源寺開山塔…ここを開山した絶外和尚の霊廟で、創建時からのものです。手前は供養塔でしょうか。
操山・笠井山 55曹源寺モミジ越しに経蔵…内部には経典を収めた回転式の書庫である輪蔵があります。これも創建時からのものです。
55曹源寺モミジ越しに経蔵…内部には経典を収めた回転式の書庫である輪蔵があります。これも創建時からのものです。
操山・笠井山 56曹源寺モミジ越しに本堂…曹源寺は元禄11(1698)年に、岡山藩主池田綱政が児島にあった永昌庵を移して菩提寺としたもので、以来、池田家の菩提寺となっています。境内にある代々の墓所は岡山藩主池田家墓所として国の史跡に指定されています。
56曹源寺モミジ越しに本堂…曹源寺は元禄11(1698)年に、岡山藩主池田綱政が児島にあった永昌庵を移して菩提寺としたもので、以来、池田家の菩提寺となっています。境内にある代々の墓所は岡山藩主池田家墓所として国の史跡に指定されています。
操山・笠井山 57曹源寺モミジ越しに山門…振り返って見ました。きれいだったので動画も撮りました。
57曹源寺モミジ越しに山門…振り返って見ました。きれいだったので動画も撮りました。
操山・笠井山 58曹源寺モミジ…淡くやさしい色合いです。もう12月で期待していなかったので、得した気分です。
58曹源寺モミジ…淡くやさしい色合いです。もう12月で期待していなかったので、得した気分です。
操山・笠井山 59曹源寺モミジ越しに鼓楼…東の鐘楼を撮ったつもりが、やはり鼓楼でした😅見た目は同じなので、よしとしましょう。
59曹源寺モミジ越しに鼓楼…東の鐘楼を撮ったつもりが、やはり鼓楼でした😅見た目は同じなので、よしとしましょう。
操山・笠井山 60曹源寺モミジ越しに本堂正面…本堂は安永9(1780)年に焼失し、文政7(1824)年に再建されました。
60曹源寺モミジ越しに本堂正面…本堂は安永9(1780)年に焼失し、文政7(1824)年に再建されました。
操山・笠井山 61曹源寺モミジ越しに本堂西側…メインはモミジです。由緒正しい寺院参拝はもはや目的ではなくなっています😅
61曹源寺モミジ越しに本堂西側…メインはモミジです。由緒正しい寺院参拝はもはや目的ではなくなっています😅
操山・笠井山 62曹源寺法華塔…池田家墓所は立ち入り禁止で、よく見えませんでした。周辺を探して撮ったら、法華塔でした。
62曹源寺法華塔…池田家墓所は立ち入り禁止で、よく見えませんでした。周辺を探して撮ったら、法華塔でした。
操山・笠井山 63曹源寺三重塔…これだけが離れた場所にあるので、引き返して見に行きました。いつ頃の建物かは諸説あるようです。見上げて動画も撮りました。
63曹源寺三重塔…これだけが離れた場所にあるので、引き返して見に行きました。いつ頃の建物かは諸説あるようです。見上げて動画も撮りました。
操山・笠井山 64操山57号墳石室開口部&石室内部…上段は操山57号墳石室開口部、下段は石室内部です。開口部が狭いので石室内部がよく見えませんでした。
64操山57号墳石室開口部&石室内部…上段は操山57号墳石室開口部、下段は石室内部です。開口部が狭いので石室内部がよく見えませんでした。
操山・笠井山 65妙見大菩薩…北斗七星を神格化した菩薩です。災難を取り除き、敵を退け、人の寿命を延ばす福徳があるとされています。周辺は岩だらけですが、その訳は・・・<写真66>へ。
65妙見大菩薩…北斗七星を神格化した菩薩です。災難を取り除き、敵を退け、人の寿命を延ばす福徳があるとされています。周辺は岩だらけですが、その訳は・・・<写真66>へ。
操山・笠井山 66神仏習合スポット…八大龍王や市川稲荷大明王といった神様の名前が彫られた石碑もあります。先程の妙見大菩薩<写真65>と合わせてまさに神仏習合スポットです。
66神仏習合スポット…八大龍王や市川稲荷大明王といった神様の名前が彫られた石碑もあります。先程の妙見大菩薩<写真65>と合わせてまさに神仏習合スポットです。
操山・笠井山 67円山頂上三角点「円山」&石鉄山古墳(操山54号墳)…上段は標高138.1m頂上三角点「円山」で、下段の石鉄山古墳(操山54号墳)の墳丘の上にあります。一応、石室開口部が見えていますが、かなり低いので今回は撮りませんでした。
67円山頂上三角点「円山」&石鉄山古墳(操山54号墳)…上段は標高138.1m頂上三角点「円山」で、下段の石鉄山古墳(操山54号墳)の墳丘の上にあります。一応、石室開口部が見えていますが、かなり低いので今回は撮りませんでした。
操山・笠井山 68古墳の森ふれあい広場逆さ富士岩⁉&パックリ岩⁉…周辺は古墳の森ふれあい広場になっており、巨岩がたくさんあります。上段はその形から逆さ富士岩⁉、下段はパックリ岩⁉としました。4年近く前にパックリ岩⁉の隙間に挟まった連れは、今回はお休みです。
68古墳の森ふれあい広場逆さ富士岩⁉&パックリ岩⁉…周辺は古墳の森ふれあい広場になっており、巨岩がたくさんあります。上段はその形から逆さ富士岩⁉、下段はパックリ岩⁉としました。4年近く前にパックリ岩⁉の隙間に挟まった連れは、今回はお休みです。
操山・笠井山 69操山55号墳石室開口部&石室内部…上段は操山55号墳石室開口部、下段は石室内部です。ちなみに、操山公園里山センターで購入できる地図に記載されている56号墳は、「方墳」という道標があるもので、墳丘はわかりますが、石室開口部はありません。
69操山55号墳石室開口部&石室内部…上段は操山55号墳石室開口部、下段は石室内部です。ちなみに、操山公園里山センターで購入できる地図に記載されている56号墳は、「方墳」という道標があるもので、墳丘はわかりますが、石室開口部はありません。
操山・笠井山 70笠井山頂上…標高134mの頂上にはストーンサークル状に岩が並んでいます。以前は吉備津岡辛木(きびつおかからき)神社<写真74~80>があったそうなので、神聖な場所として岩を配置し磐座(いわくら)としたのかもしれません。
70笠井山頂上…標高134mの頂上にはストーンサークル状に岩が並んでいます。以前は吉備津岡辛木(きびつおかからき)神社<写真74~80>があったそうなので、神聖な場所として岩を配置し磐座(いわくら)としたのかもしれません。
操山・笠井山 71笠井山頂上ピサの斜塔岩⁉&山頂プレート周辺岩群…上段は岩が斜めになっているので、ピサの斜塔岩⁉、下段は山頂プレート周辺にある岩群です。
71笠井山頂上ピサの斜塔岩⁉&山頂プレート周辺岩群…上段は岩が斜めになっているので、ピサの斜塔岩⁉、下段は山頂プレート周辺にある岩群です。
操山・笠井山 72笠井山頂上おじさんの顔岩⁉&花見客岩⁉…上段の左側の岩がぎょろ目に団子鼻、ぎゅっと閉じた口のおじさんの顔に見えました。下段は桜の木を挟んで岩が向かい合っているので、花見客岩⁉です。命名した連れが、風流やろと自画自賛😅周辺を歩きながら動画も撮りました。
72笠井山頂上おじさんの顔岩⁉&花見客岩⁉…上段の左側の岩がぎょろ目に団子鼻、ぎゅっと閉じた口のおじさんの顔に見えました。下段は桜の木を挟んで岩が向かい合っているので、花見客岩⁉です。命名した連れが、風流やろと自画自賛😅周辺を歩きながら動画も撮りました。
操山・笠井山 73操山?号墳石室開口部&石室内部に竹が😓…これも操山古墳群の古墳ですが、何号墳かはよくわかりませんでした。竹林の古墳あるあるで、石室内部に竹が😓
73操山?号墳石室開口部&石室内部に竹が😓…これも操山古墳群の古墳ですが、何号墳かはよくわかりませんでした。竹林の古墳あるあるで、石室内部に竹が😓
操山・笠井山 74吉備津岡辛木神社鳥居…天保3(1832)年の鳥居をくぐって参拝します。参道はきれいに整備されていました。
74吉備津岡辛木神社鳥居…天保3(1832)年の鳥居をくぐって参拝します。参道はきれいに整備されていました。
操山・笠井山 75サザンカ…よく見かける品種です。まだつぼみもありました。
75サザンカ…よく見かける品種です。まだつぼみもありました。
操山・笠井山 76吉備津岡辛木神社随身門…吉備津岡(きびつおか)・辛木(からき)神社が正式名称です。もう迎春の準備がすんでいるようです。
76吉備津岡辛木神社随身門…吉備津岡(きびつおか)・辛木(からき)神社が正式名称です。もう迎春の準備がすんでいるようです。
操山・笠井山 77吉備津岡辛木神社鳥居越しに拝殿…古くは吉備明現宮といい、笠井山<写真70~72>にあったとされています。現在の社殿は幕末に建造されたようです。
77吉備津岡辛木神社鳥居越しに拝殿…古くは吉備明現宮といい、笠井山<写真70~72>にあったとされています。現在の社殿は幕末に建造されたようです。
操山・笠井山 78吉備津岡辛木神社拝殿横のさざれ石…不自然なほど小石がくっついていました。
78吉備津岡辛木神社拝殿横のさざれ石…不自然なほど小石がくっついていました。
操山・笠井山 79吉備津岡辛木神社本殿…ご祭神の吉備若武彦命(きびわかたけひこのみこと)は、温羅(うら)という鬼を退治し桃太郎のモデルとして知られる吉備津彦命の弟で、周辺を平定したといわれています。
79吉備津岡辛木神社本殿…ご祭神の吉備若武彦命(きびわかたけひこのみこと)は、温羅(うら)という鬼を退治し桃太郎のモデルとして知られる吉備津彦命の弟で、周辺を平定したといわれています。
操山・笠井山 80吉備津岡辛木神社稲荷神社&四方拝…上段は境内社の稲荷神社、下段は四方拝です。元旦に宮中で行われる儀式で、天皇が天地四方の神々を拝むというものですが、この辺りでは庶民も行っているようです。
80吉備津岡辛木神社稲荷神社&四方拝…上段は境内社の稲荷神社、下段は四方拝です。元旦に宮中で行われる儀式で、天皇が天地四方の神々を拝むというものですが、この辺りでは庶民も行っているようです。
操山・笠井山 81ガスト「ブラックカレー本気盛り」…山行後は、吉備津岡辛木神社近くのガストで昼食。大盛ライスに、ブラックカレーソース、チーズインハンバーグ、目玉焼き、うすカツ、海老フライ、唐揚げ、福神漬けが盛りつけられており、ライスはどこ?大盛ライスでもおかずより先になくなってしまいました😅食べる前に動画も撮りました。
81ガスト「ブラックカレー本気盛り」…山行後は、吉備津岡辛木神社近くのガストで昼食。大盛ライスに、ブラックカレーソース、チーズインハンバーグ、目玉焼き、うすカツ、海老フライ、唐揚げ、福神漬けが盛りつけられており、ライスはどこ?大盛ライスでもおかずより先になくなってしまいました😅食べる前に動画も撮りました。

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