高安山から天川道・恩智信貴越・信貴越(黒谷道)の探索

2016.02.03(水) 10:57 - 2016.02.03(水) 15:09
高安山へは信貴山口駅から鉢伏道でアプローチしました。このルートは昨年紹介したので、今回は割愛しました。 資料によると、恩智神社から大谷川の源流部をさかのぼる「天川道」は大正元年頃に通じた道で、天川山の山頂部にあったとされる天川神社は恩智神社の奥宮と伝わっています。今回、沢側から急斜面をよじ登って天川山に到達。道はありませんので、草や木の根っこを掴んで、必死で登りました。山頂に着くと昭和54年に建立された石碑が立っていました。石碑の裏から尾根道が現在のハイキングコースに通じており、今も訪問される方がおられるようです。 帰路はハイキング道の東屋から分岐する恩智信貴越のルートをチョイス。このルートは明治18年の地図にも掲載されており、恐らく江戸期から使われている旧道でありながら、現在の地形図には掲載されておりません。定期的に草刈りや崩落箇所の修復がなされており、気持ちのイイ山歩きが楽しめます。 今回歩いたコースで8か所で全天球パノラマ写真を撮影しました。特に天川山の神社跡地は訪問者が少ないので、グーグルマップでお楽しみいただければと思います。 ※全天球パノラマはPC版グーグルマップでストリートビューを見る要領でご覧いただけます。

写真

ボランティアグループ「ごじゅうから」の皆さんが整備されている展望台、ゲストブックに一言メッセージを書いて出発。

ボランティアグループ「ごじゅうから」の皆さんが整備されている展望台、ゲストブックに一言メッセージを書いて出発。

高安山霊園の展望台から

高安山霊園の展望台から

天川道の難所。急斜面にビニールホースの補助ロープがありました。

天川道の難所。急斜面にビニールホースの補助ロープがありました。

こんなところにバイクが放置されています。どうやって持ってきたんだろ?

こんなところにバイクが放置されています。どうやって持ってきたんだろ?

この石を目印に昔の地図に載っていた沢ルートを探索します。

この石を目印に昔の地図に載っていた沢ルートを探索します。

沢に降りると道跡の痕跡が少し残っていました。

沢に降りると道跡の痕跡が少し残っていました。

こんなところに看板が。。。人の歩いた痕跡も散見されますね。

こんなところに看板が。。。人の歩いた痕跡も散見されますね。

道跡のようですが、徐々に荒れてきました。

道跡のようですが、徐々に荒れてきました。

ついに倒木で通行不能かと思いましたが、何とか掻い潜って向こう側へ出ました。

ついに倒木で通行不能かと思いましたが、何とか掻い潜って向こう側へ出ました。

この倒木が原因のようです。上流方向で大きなイノシシと鉢合わせ。イノシシは逃げましたが、ここで撤退することにしました。

この倒木が原因のようです。上流方向で大きなイノシシと鉢合わせ。イノシシは逃げましたが、ここで撤退することにしました。

今度は天川山の頂上目指して斜面に取付きます。

今度は天川山の頂上目指して斜面に取付きます。

写真ではわかりにくいですが、かなりの急斜面です。草木や根っこ、掴めるモノは何でもしがみついてよじ登りました。

写真ではわかりにくいですが、かなりの急斜面です。草木や根っこ、掴めるモノは何でもしがみついてよじ登りました。

天川山に到着。昭和54年設置の「天川神社」の石碑が立っています。

天川山に到着。昭和54年設置の「天川神社」の石碑が立っています。

石碑の奥に立派な尾根道が出現。

石碑の奥に立派な尾根道が出現。

無事にハイキング道へ合流できました。天川神社へは、ココから行くほうが安全ですね。

無事にハイキング道へ合流できました。天川神社へは、ココから行くほうが安全ですね。

地図に記載されていない恩智信貴越の旧道です。

地図に記載されていない恩智信貴越の旧道です。

東高野街道から信貴山まで四十二丁の信貴道に合流

東高野街道から信貴山まで四十二丁の信貴道に合流

こんなところに木製の道標がありました。高安駅はちょっと遠い。

こんなところに木製の道標がありました。高安駅はちょっと遠い。

昨年11月に歩いた以降に草刈りされたようです。歩きやすかった。

昨年11月に歩いた以降に草刈りされたようです。歩きやすかった。

市民の森に到着。

市民の森に到着。

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