活動データ
タイム
06:09
距離
15.7km
のぼり
1731m
くだり
1728m
活動詳細
すべて見るYAMAP400座を狙って、ちょうど麓の芝桜も満開のようだったので武甲山に行ってきました。 【武甲山】 関東屈指の名山として、登山者以外にも有名な秩父のシンボルにして日本二百名山。丹沢、奥多摩の山並みが関東平野に落ちる直前にキッと頭をもたげたピラミダルな山容は、富士山、筑波山と並び都心から明確にわかるランドマークの1つかと思います。二百名山の他にも秩父三山、花の百名山、関東百名山、日本百低山とタイトルホルダー。山の北半分が丸々良質な石灰でできており、その採掘のため山頂から削られてしまい、秩父の町から仰ぐと本当のピラミッドのような衝撃的な山容をしています。石灰は古くは漆喰、現代においてはコンクリートと、重要な建築材であり、武甲山は秩父の発展のみならず東京、日本の発展に、文字通りその身を削って(山頂は採掘によってなんと32mも低下!)貢献したという点でも立派な山です。 石灰は、資源の乏しい日本では数少ない完全自給できる鉱物で、生産量は世界第6位なんだとか。武甲山の埋蔵量も約4億tと膨大で、まだまだ埋蔵資源に余力はあるようです。が、Googleで検索すると、予測変換で「武甲山 可哀想」「武甲 無くなる」なんて出てくるので、登山者以外にもあの無残な山容に関心を寄せる方は多いようで、何とも言えない気持ちになりました。 石灰は太古の昔の珊瑚礁であり、カルシウムを含む特別な土壌。そのため植生も特殊かつ学術的にも非常に貴重なものとなりますし、事実武甲山にはチチブイワザクラをはじめ、世界で武甲山にしか生息しない超稀少な固有種が何種もあります。花の百名山ではセツブンソウが語られていますが、セツブンソウも石灰質を好む花のようですね。同じく山体が石灰の伊吹山も花の名山。イブキトラノオ、イブキジャコウソウなど、伊吹の名を冠す高山植物も数知れず、古来から薬草の山として名高いことからも、石灰の山は、花の宝庫であることが分かります。 奥多摩にもセメント鉱山があることから、てっきりあの辺りは一帯かつての珊瑚礁が隆起したものだも思っていました。ただ地質図を見ると、石灰地質は武甲山や日原など特定のポイントのみで、基本的には堆積岩(海底に溜まった泥由来)がベースとなっております。いずれにせよ、海底が隆起した事には変わりないのですが、武甲山にはさらに玄武岩(マグマ、つまり火山由来)も存在します。これは一体…?という疑問を非常に分かりやすく紹介しているのが、秩父ジオパークのサイトになります(「日本地質学発祥の地 武甲山ができるまで」https://www.chichibu-geo.com/story/birthplace/)。何でも武甲山の山体は元々海底火山で、山頂にのみ珊瑚礁が発達したため石灰岩もその時形成されたとのこと。その珊瑚礁を冠に抱いた海底火山が、麓の海底と一緒に大陸プレートに巻き込まれ隆起したため、今の地質があるようですね。でもコレって、本当に奇跡的なバランスで成り立ってますよね。そもそも億単位の気が遠くなる時間をかけて成り立った地質ですし、石灰という特殊な地質は、武甲山の膨大な埋蔵量を以ってしても、地球レベルでは本当にピンポイントな環境なんだと思います。そんなニッチな環境を狙って(カルシウムといういかにも育ち辛そうな環境はライバルが少ないんだと思います)、これまたそこにしか生息しない固有種が生まれる。改めて、自然ってスゴいと思います。 【豊かさとは】 そんな稀少で美しい武甲山の山体は、「かわいそう」と予測変換が出てくるほど、今日でも削られ続けています。そうは言っても、採掘された石灰がセメントとなり、大都市東京のビル群の基礎となったのもこれまた事実であり、今すぐ採掘を止めるべき!!なんて過激なことも言いたくはありません。鉄道も、元々石灰を首都に運搬するために敷設されたものですし、そのおかげでアプローチに苦労することなく山に登れていますしね。ただ、ネットで調べると、高度経済成長前は豊かな緑に覆われ、ドッシリと威厳を放つ、それは立派な武甲山の姿を見ることができます。同時にこれこそが「関東屈指の名山」の姿と納得できますし、現在のあまりの変貌ぶりを思うと愕然とします。嗚呼、日本は豊かになった、武甲山を踏み台にして。そんな複雑な気持ちも湧いてきます。 リンクを2つだけ紹介いたします。一つはヤマレコで、非常に沢山の武甲山のかつての勇姿をまとめたレポートです(https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1204780.html、raku-inkyo氏「武甲山・・・‟削られる前の山頂写真を追加”・・・(注)過去記録」)。執筆された方も言われていますが、採掘最盛期の武甲の禿げ具合と、今の登山ブームの比にならない程混み合った山頂の写真は衝撃的です。もう一つは、三百名山一筆書きで有名な田中陽希さんのブログ(https://www.greattraverse.com/blog/20190213)。その中で、町にずっと住むご高齢の方に武甲山の今について伺うと「情けないね〜」とだけ言われ、その声に田中さんは返す言葉がなかったというエピソードが紹介されています。これも非常に考えさせられる話です。 先ほど、敢えて「日本は豊かになった」と書きました。確かに経済的にはそうでしょう。ただ、正直僕くらいの世代からすると、なにぶん生まれた時から「失われた30年」なのでそこまで景気がいいとは思いません。一方で、「化石賞」という不名誉を国際会議の場で突き付けられ、環境対策でも遅れを取りつつあります(最も化石賞は、あまりにも欧米式の考え方に偏った選定だったと批判もありますが)。日本の経済・環境が絶望的だとも思わないですが、ちょっとマズいんじゃないかと感じることは増えました。少なくとも「豊かである」と訊かれて、何の疑問もなく首を縦に振れるかと言えばノーです。 JR東日本新幹線の車内雑誌トランヴェールで、作家の柚月裕子さんが毎月エッセイを書き下ろしていますが、今月号のタイトルは「選べる豊かさ」。曰く、「豊かさとは選択できること」であり、なるほどと思いました。結局、いくら経済成長しても国民にレジャーが無ければ仕方ないですし、格差も問題視される中環境保護ばかり注力してエシカル商品ばかり世に放つのも違うでしょう。それぞれのバランスが大事なんだと思います。1つ言えるのは、仮にチチブイワザクラが絶滅してしまったら、それは選択肢の消滅であり、生物多様性の観点で言えば豊かではないということでしょう。 今さら削られた山体を戻すことはできないですが、まだ何かできることはあるような気がします。かつては経済成長を環境に還元するという考えが一般的でしたが、今は環境が正常でないと社会も経済も成り立たないという風に、時流の捉え方が変化しています。環境も、経済も、相互補完的に両立するには、やはりバランスが重要となるのではないでしょうか。私は東北で「登山道仮説」なるものを思いました。東北の山は、自然に任せれば密生した笹藪に覆われることもありますが、そこに登山道という人の手が加わることで光が入り、普通は湿原周辺など限定的な場所にしか生育しない高山植物が、登山道沿いにも生育するというものです。武甲山も、ある意味採掘の影響で剥き出しになった石灰岩の面積は相当増えたでしょうから、森に覆われていた頃よりも石灰岩植生の花々にとっては住みやすいのかもしれません。もっとも、ダンプが粉塵を上げ、ともするとダイナマイトが爆発する非常に不安定な環境では、なかなか厳しいとは思いますが…。ただ、今は採掘が停止している昔の採掘面で、再び武甲にしか咲かない固有種が人知れず根差してはいないか。そんな淡い希望を持って、下山後武甲山の無残な山肌を見上げていました。 今でも採掘会社が、敷地内で固有種が生育する場所を管理しているらしいので、将来的にはそういうところを公開してみて、経済事業と環境保全を両立させてもみるのも面白いかもしれませんね。鉱山は危険が伴うので閉鎖的になってしまうのは仕方ないかもしれませんが、先日たまたま登山口だった米沢の採石場は非常に協力的でしたし、そうしたところは(敷地内にお邪魔する身分で厚かましいかもしれませんが)登山者側としても好印象です。逆に完全に排他的だと、少し勘繰ってしまいますからね。そういう意味でも、環境価値の担保は経済価値の担保にも繋がるかと思います。いつの日か、武甲山で鉱山&希少植生見学ツアーなんて開催してくれたら良いなーなんて夢想してます。 【ルート概要】 ◇浦山口駅〜城山◇ 浦山口駅を降りるとすぐ不動明水。武甲山の分厚い石灰水に濾過された超軟水で美味しいです。 橋立鍾乳洞方面に歩道を行きます。この歩道、広いので問題ないですが、斜面側はガードレールのない崖になります。橋立鍾乳洞の方面を見送り、県道に登り返すためぐるっと車道を回り込みます。県道の橋を渡り程なく登山口。 この高ワラビ尾根ルート、小持山までYAMAPでは点線ルートですが、山と高原地図ではまったくルートでなく、人もほとんどいないので初心者向けではありません。入口にも「登山道ではなく作業道です」と注意書き。確かに登山道ではなく踏み跡ですし、その踏み跡も判然としない場所が多いです。ただ地元の山岳会が整備されていて、ピンテは非常に分かりやすく付いてます。基本的に尾根に忠実で、城山までは不安定な斜面を直登するのでなかなかタフでした。 ◇城山〜小持山◇ 城山で尾根地形がハッキリしてくるので、斜面をダイレクトに登るみたいな場所は減りますが…それでも地形図では見えづらい激坂が何ヶ所かありました。またちょっとした岩場も何箇所かあり、どれも整備されているわけでなく、また濡れると滑りやすかったので注意です。それから特に小持山のメインルート合流直下なんて顕著ですが、斜面がかなり急な場所(南側が多いかな)も何箇所か。踏み跡自体はしっかりしているので問題ありませんが、万一滑落したらかなり危険かと思われます。 あと一部蜘蛛の巣地獄でした。この日すれ違った方は武士平に降りる2名だけ。武士平方面への分岐と、小持山の分岐とにそれぞれロープが道を塞いでいますが、特別崩落等で通過できないということはありませんでした。 分岐まで来れば小持山はすぐです。アカヤシオがとても綺麗。 ◇小持山〜武甲山◇ 通常ルートなので登山者増えます。難しいポイントもありません。 ◇武甲山〜浦山口駅◇ こちらも一般ルート。やや細いところもありますが問題ありません。鍾乳洞、200円と格安なので寄ってみましたが、コンパクトでそれなりに楽しめました。石灰の山であることを実感。 【おわりに】 YAMAP400座目を狙えそうだったというのが、今回の山行のきっかけでしたが、登ってみて色々と考えさせられました。高ワラビ尾根を選択したのは、武甲山がちょうど400座目となる、という露骨なピーク調整なだけだったのですが笑(前回は鳳凰三山の燕頭山と、ちょっとメモリアル感に欠けたので…) いざ歩いてみると、武甲山の地質を全部体感できましたし、鉱山の裏側にはさすが名山と言える程豊かな自然が息づいているというのを知れたのも大きな収穫でした。登り始めこそ植林地でしたが、稜線に上がるとヤマザクラやアカヤシオが疲れた体を労ってくれましたし、写真は撮り逃しましたが、初めてクマタカにも逢いました。確証こそないですが、トビと同じくらいの大きさでトビとは違って美しい腹側の紋様、またこの時期は夏鳥の猛禽は渡りの最中ですがクマタカは年中国内で観察できる点、秩父さくら湖周辺ではよくクマタカの目撃情報がある点からしても、ほぼクマタカと断定して良いでしょう。クマタカは生態系の頂点ですから、ピラミッドの下部が発達していない森では生きていけません。それほど、武甲山には豊かな自然が残っているということを、窺い知ることができました。 武甲山は高校1年生以来で、実に12年ぶりの登頂でした。さすがに干支が一巡りすると、山に対する考えが以前よりクリアになっていて、そういう点でも面白かったですね。秩父は家系的にも縁があって、そういう地で400座を記念できたのは非常に良かったと思います。
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