国東の岩陵 佐野鞍懸城、奥畑鞍懸城を巡る

2023.02.11(土) 日帰り

活動データ

タイム

04:37

距離

8.2km

のぼり

580m

くだり

579m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
4 時間 37
休憩時間
1 時間 21
距離
8.2 km
のぼり / くだり
580 / 579 m
17
1 27
21
1 20

活動詳細

すべて見る

今回は豊後高田の山城巡りです。 軌跡はkinさん、まやおさんのものをお借りしました。 河内小学校の横にある河内公民館に車を止めさせて貰います。 小学校の目の前に低い丘が見えますね。あれが佐野鞍懸城(さのくらかけじょう)山です。 そして小学校の向こう側の山並みが霧笠山~鞍懸山ですね。こちらも合わせて歩く予定です。 ではスタート。佐野鞍懸城山の東から取り付きます。 初めは車道でお墓が見えるところから取り付きです。ピンクテープがたくさんあって、絶対迷わせないという強い意志を感じます。 照葉樹林の中を直登していき、ほどなく尾根に出ます。道の横に石が並べてあるようで、これも遺構でしょうか。 尾根を少し行けば石垣が見えて来ます。薄い岩を重ねて作られた立派な石垣で、これほどはっきり残っているのは珍しいですね。 山頂には鞍懸山(2)の標識。南にも鞍懸山があるのでそのためでしょう。なぜか古いアンテナが散乱しています。 樹林に囲まれていますが、東側の露岩に出れば展望がありますね。 ピストンで戻るのも味気ないので、道は無いのですが南東にある引瀬神社方向に降りていきます。 すると巨岩を背景にした奥の院?とおぼしき祠を発見! 黄色の標識杭を追っていくと道っぽいものがあり、神社から少し離れた民家の裏に出ました。 引瀬神社にお参りしたら、南の霧笠山へ。作業道をどんどん歩いて行き、終点から取り付きます。 道と言えるものはなく、ピンクテープを追って竹林に踏み込みます。 しばらくは相当荒れていますが、途中にいい感じの道もあり、以前は別の道があったような? 尾根筋まで出れば北側への展望もあり、あと尾根伝いに行けば霧笠山です。 霧笠山から鞍懸山へは猛烈な岩陵を越えていきます。 この岩陵は凄い! 田原山に負けていないです。これほどの岩陵歩きが無名とは勿体ないですね。 一度下って登り直せば、鞍懸山です。露岩の上の山頂で、360度の絶景が広がっています。 北には先ほど登った佐野鞍懸城山、霧笠山、東には西叡山、南には華岳、西には津和戸山本峰と周囲は山ばかりです。 ここが奥畑鞍懸城、のはずです。しかし剥き出しの露岩の尾根であり、ここに山城があったとはちょっと信じがたいですね。 昼食を取って一休みしたら下山開始です。 やはり道らしいものはなく、ピンクテープをひたすら追っていきます。 猛烈な斜面を滑るように降りていきます。こちらの道は登りには使いたくないですねえ。 石垣で区切られた段々畑の跡地を経て、ようやく人里に出ました。あとはスタート地点まで舗装路歩きです。 途中、光現堂という古い神社の跡にも立ち寄って、河内小学校に戻ってきました。ゴールです! 佐野鞍懸城山は低い丘という感じ、登りやすいです。霧笠山、奥畑鞍懸山は竹林や急登で登りにくいですが、山頂や岩尾根の展望は素晴らしいです。 特に縦走時の岩陵歩きはいいですね。 帰路のついでに豊後高田にある高田城にもよっていきました。 佐野鞍懸城 大友氏が耳川の合戦で大敗したあと、跡目相続を巡り大友氏に対して反乱を起こした田原親貫(たばる ちかつら)が立て籠もった城です。 庄内の熊牟礼城による田北紹鉄(たきた しょうてつ)も同時に反乱を起こし、豊後の国は大きく揺れます。 しかしあてにしていた毛利の援軍が押し返され、大軍を相手に戦い続けた佐野鞍懸城もついに落城。 田原親貫は城内で切腹したとも、落ちた先で討たれたとも、行方不明とも言われています。 大友氏はなんとか反乱を鎮めたものの、国力がガタ落ちし、島津の侵攻を招くことになりました。 奥畑鞍懸城 鞍懸山の頂上にあったと思われる山城です。南北朝時代にも南朝軍と北朝軍が鞍懸城で戦っており、その時の鞍懸城はこちらだったようです。 六郷満山の神宮寺を改造して作られた城だったとのことですが、この露岩の尾根に城があったとはちょっと思えないですね。 霧笠山の北にある236mピークのほうが城っぽい気がするのですが・・。 高田城 本丸の跡は公民館や小学校になっていて、立派な石垣が残っています。 北側には土塁や堀もあるそうです。 大友氏の豊後下向に従った高田氏の建てた城ですね。安土桃山時代に竹中氏が、江戸時代に松平氏が増改築しています。

六郷満山(国東半島) スタートは河内小学校の横の公民館から。
スタートは河内小学校の横の公民館から。
六郷満山(国東半島) 佐野鞍懸城へも行くのでウォーキングの一環として駐車場を利用させて貰います。
佐野鞍懸城へも行くのでウォーキングの一環として駐車場を利用させて貰います。
六郷満山(国東半島) 小学校の目の前の丘が佐野鞍懸城山です。
小学校の目の前の丘が佐野鞍懸城山です。
六郷満山(国東半島) 途中、天文写真がたくさん飾られていました。宇宙好きの方がいるみたいですね。
途中、天文写真がたくさん飾られていました。宇宙好きの方がいるみたいですね。
六郷満山(国東半島) 城山の東の道から入ります。
城山の東の道から入ります。
六郷満山(国東半島) すぐにピンクテープがあるので、ここで取り付き。
すぐにピンクテープがあるので、ここで取り付き。
六郷満山(国東半島) お墓がたくさんあります。名前からすると寺院の関係者のお墓っぽいです。
お墓がたくさんあります。名前からすると寺院の関係者のお墓っぽいです。
六郷満山(国東半島) 絶対迷わせないという強い意志を感じるピンクテープ。
絶対迷わせないという強い意志を感じるピンクテープ。
六郷満山(国東半島) 尾根に出ると道の脇に石が並んでいます。これも山城の遺構っぽいです。
尾根に出ると道の脇に石が並んでいます。これも山城の遺構っぽいです。
六郷満山(国東半島) 出ました。佐野鞍懸城の石垣。山の中にひっそりと、これだけはっきり残っているのは珍しいですね。
出ました。佐野鞍懸城の石垣。山の中にひっそりと、これだけはっきり残っているのは珍しいですね。
六郷満山(国東半島) この地域特有の薄く割れやすい岩を積み上げています。
この地域特有の薄く割れやすい岩を積み上げています。
六郷満山(国東半島) こちらが本丸の石垣かな? この上が山頂広場です。
こちらが本丸の石垣かな? この上が山頂広場です。
六郷満山(国東半島) 鞍懸山(2)の標識。後ろの岩にはシダ科のヒトツバがびっしり。名前の通り、一枚の葉のようです。
鞍懸山(2)の標識。後ろの岩にはシダ科のヒトツバがびっしり。名前の通り、一枚の葉のようです。
六郷満山(国東半島) 露岩からは西に展望。西は矢原と呼ばれる場所で、攻城戦時の矢が飛び交ったところからだそうです。
露岩からは西に展望。西は矢原と呼ばれる場所で、攻城戦時の矢が飛び交ったところからだそうです。
六郷満山(国東半島) 山頂から南に降りていきます。なるほど、これが薄く割れやすい岩ですね。
山頂から南に降りていきます。なるほど、これが薄く割れやすい岩ですね。
六郷満山(国東半島) おおっと、山の中にひっそりと祠発見!  山の神でしょうか、麓の引瀬神社の奥の院でしょうか?
おおっと、山の中にひっそりと祠発見!  山の神でしょうか、麓の引瀬神社の奥の院でしょうか?
六郷満山(国東半島) 黄色の杭があり、それにそって道らしきものがあります。
黄色の杭があり、それにそって道らしきものがあります。
六郷満山(国東半島) 民家の裏に出ました。神社からは逸れましたが、こちらの方がわかりやすい道ですね。
民家の裏に出ました。神社からは逸れましたが、こちらの方がわかりやすい道ですね。
六郷満山(国東半島) 引瀬神社にもお参りしていきます。
引瀬神社にもお参りしていきます。
六郷満山(国東半島) 34号線を渡り、霧笠山の山麓の林道に入ります。
34号線を渡り、霧笠山の山麓の林道に入ります。
六郷満山(国東半島) 林道の一番奥、左側にピンクテープがあり、そこから取り付きます。
林道の一番奥、左側にピンクテープがあり、そこから取り付きます。
六郷満山(国東半島) 道は無いです。折れた竹で歩きにくいです。
道は無いです。折れた竹で歩きにくいです。
六郷満山(国東半島) 途中、いい感じの道もあります。別ルートからきちんとした道が存在していたのでしょうか?
途中、いい感じの道もあります。別ルートからきちんとした道が存在していたのでしょうか?
六郷満山(国東半島) 尾根を登り詰めると、露岩に出ます。北に展望があります。猪群山、尻付山、屋山が望めますね。
尾根を登り詰めると、露岩に出ます。北に展望があります。猪群山、尻付山、屋山が望めますね。
六郷満山(国東半島) 剥き出しの岩で登りにくいです。
剥き出しの岩で登りにくいです。
六郷満山(国東半島) ようやっとで霧笠山に到着。
ようやっとで霧笠山に到着。
六郷満山(国東半島) 南を見れば、手前に鞍懸山、奥にそびえるのが華岳です。
南を見れば、手前に鞍懸山、奥にそびえるのが華岳です。
六郷満山(国東半島) 予想していなかった、岩尾根の縦走路です。
予想していなかった、岩尾根の縦走路です。
六郷満山(国東半島) ロープも鎖も無い岩場を必死で登ります。こんな楽しい岩陵歩きは田原山以来ですね。
ロープも鎖も無い岩場を必死で登ります。こんな楽しい岩陵歩きは田原山以来ですね。
六郷満山(国東半島) なにかいわくありそうな、石柱。標識杭ではなく、もっと古そうです。
なにかいわくありそうな、石柱。標識杭ではなく、もっと古そうです。
六郷満山(国東半島) 鞍懸山に到着! 剥き出しの露岩で、360度の展望があります。
鞍懸山に到着! 剥き出しの露岩で、360度の展望があります。
六郷満山(国東半島) 東の西叡山、南の華岳、西の津和戸山本峰が一望出来る絶景が広がっています。
東の西叡山、南の華岳、西の津和戸山本峰が一望出来る絶景が広がっています。
六郷満山(国東半島) おっと、華岳の向こうにおなじみの由布岳の猫耳が。
おっと、華岳の向こうにおなじみの由布岳の猫耳が。
六郷満山(国東半島) では下山です。猛烈な坂を下っていきます。
では下山です。猛烈な坂を下っていきます。
六郷満山(国東半島) 折れた竹が行く手をふさぎます。ここは登りで使いたくないですね。
折れた竹が行く手をふさぎます。ここは登りで使いたくないですね。
六郷満山(国東半島) 降りてくると段々畑の石垣の跡。これほど苦労して一体何を作っていたのでしょう。
降りてくると段々畑の石垣の跡。これほど苦労して一体何を作っていたのでしょう。
六郷満山(国東半島) やっと人里に降りてきました。鞍懸山登山口、の看板があるはずですが見落としたようです。
やっと人里に降りてきました。鞍懸山登山口、の看板があるはずですが見落としたようです。
六郷満山(国東半島) 阿弥陀様のお堂でしょうか? 民家の間を抜けてしばし登ります。
阿弥陀様のお堂でしょうか? 民家の間を抜けてしばし登ります。
六郷満山(国東半島) うーん、どう見ても神社でした。
うーん、どう見ても神社でした。
六郷満山(国東半島) ため池かと思ったら、丸山ダムというきちんとしたダムでした。
ため池かと思ったら、丸山ダムというきちんとしたダムでした。
六郷満山(国東半島) 河内神社にも参拝。
河内神社にも参拝。
六郷満山(国東半島) 扁額には八王子と書いてあります。元々はスサノオ(牛頭天王)の八柱の御子神を祀っていましたが、明治の神仏分離の際に祭神が変えられています。
扁額には八王子と書いてあります。元々はスサノオ(牛頭天王)の八柱の御子神を祀っていましたが、明治の神仏分離の際に祭神が変えられています。
六郷満山(国東半島) 河内公民館に戻ってきました。ゴールです。
河内公民館に戻ってきました。ゴールです。
六郷満山(国東半島) 豊後高田の中央公民館が高田城跡です。
豊後高田の中央公民館が高田城跡です。
六郷満山(国東半島) 立派な石垣が残されています。
立派な石垣が残されています。

もしも不適切なコンテンツをお見かけした場合はお知らせください。