活動データ
タイム
02:39
距離
18.7km
のぼり
1672m
くだり
1680m
チェックポイント
活動詳細
すべて見る「レジャー白書」によれば、スキーゲレンデを前提としたスキーとスノーボードの人口は1993年に1860万人のピークに達した。しかし、その後はバブル経済の崩壊やレジャーの多様化で斜陽産業へと転換した。 2000年代にはオーストラリアや中国からのインバウンド(訪日外国人)の増加で、一時期は上向きに転じたものの、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大による訪日客の激減と、国内の新型コロナ対策で、現在のスキー・スノーボード人口は430万人と、ピーク時の約4分の1にまで落ち込んだ。 身近な所では、30年前は奥美濃のスキー場から延々と続く渋滞は関市や岐阜市にまで達し、地元の年配者も、今は見られないその光景を、当時の冬の風物詩として懐かしく思う事だろう。現在は高速道路開通による関西圏からのスキー客は増えたものの、昔のような渋滞に遭遇する事は殆どない。 「アルコピア」は飛騨高地の船山にあるスキー場だ。1963年(昭和38年)に旧久々野町営の「舟山高原スキー場」としてオープン。1998年(平成10年)の開業35周年を迎え、「アルコピア」と改名した。その由来は、箱舟を意味する「ARK(アルク)」と桃源郷を意味する「UTOPIA(ユートピア)」 を合せた造語らしい。船山は神々が降り立った天孫降臨の伝説の地を意味する。 「アルコピア」も全国のスキーゲレンデ同様、最盛期は1990年度(平成2年度)の約4万5千人の利用者があったそうだが、2017年度(平成29年度)には3万人を割り込んだ。高山市は議会で2022年度(令和4年度)に営業終了を決定し、2023年(令和5年)3月12日をもって営業を終了し廃止する予定となっている。 1963年のオープンから実に60年。オープン当時の干支は癸卯(みずのと・う)で、今年も同じ干支を迎えた。人間で言えば還暦である。人生に例えれば、定年退職には相応しい経歴と歳月を過ごして来たのかも知れないが、一つの時代が終わった事による寂しさはある。スキー場としての役目は終わっても、第二の人生で一花もニ花も咲かせて貰いたいところである。
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