活動データ
タイム
04:33
距離
6.8km
のぼり
400m
くだり
399m
活動詳細
すべて見る八王子神社は八柱御子神(やはしらのみこがみ)という日本神話に登場する、スサノオノミコトの八人の皇子を祀ったものである。この八人の王子は、陰陽道では方位の吉凶を司る八つ神として八将軍や八将神と呼ばれている。余談だが、東京の八王子市はこの八王子神社に起因する。 日本に仏教が伝来したのは6世紀半ばであるが、それまでは信仰の主流は神道であった。そこへ仏教が割り込んでも、全面的な宗教戦争とはならず、神仏習合(しゅうごう)という融和による新しい形態へと変化していく。習合とは、さまざまな宗教の神々や教義が混同し、同一視される現象のことである。日本神話のスサノオノミコトは習合により、仏教では牛頭天王(ごずてんのう)となり、釈迦が説法を行った「祇園精舎」の守護神とされた。 聖徳太子の時代(6世紀後半~7世紀はじめ)、仏教とともに法華経(ほけきょう)が日本に伝来した。大乗仏教と言って、それまでの個人向けから団体向けに変化した経典は、誰もが平等に成仏できるという仏教思想がウリである。古来の仏陀の教えに新しい解釈を加え、多くの人々を理想郷へと導くものとし、大きく優れた乗物という意味で大乗仏教と呼んだ。現在の仏教の各宗派は全てこれに基づくものだ。 法華経の序品(じょぼん/経典の前書き)では、仏教において天竜八部衆が仏法を守護するとされている。八大龍王(はちだいりゅうおう)とも呼ばれ、天龍八部衆に所属する竜族の八王なのだそうだ。その八大竜王の1柱に娑伽羅龍王(しゃがらりゅうおう)がいて、その娘が牛頭天王(ごずてんのう)と結ばれ、八王子神(八将神)を生んだとされる。 日本神話では、スサノオノミコトは出雲でクシナダヒメと出会い結ばれる。クシナダヒメの父のオオヤマツミは8人の娘を持つ父親であったが、その地を荒らしていた八つの頭を持つ大蛇ヤマタノオロチへ、末娘クシナダヒメを生贄に差出そうとしていた。出雲に入ったスサノオはクシナダヒメに一目惚れし、ヤマタノオロチを退治し助けると妻にした。そのスサノオが「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」と詠み、出雲は八雲と表現された。 神仏習合の解釈からすれば、スサノオ(牛頭天王)の妃となった竜族八王の一人、娑伽羅龍王(しゃがらりゅうおう)の娘はクシナダヒメと言う事になる。二人の間には8人の皇子がいて、八柱御子神(ヤハシラノミコガミ)と呼ばれる。京都の八坂神社の主祭神はスサノオノミコト、クシナダヒメ、ヤハシラノミコガミである。 余談が更に飛躍するが、出雲で活躍し、その後日本国を造ったとされ、国づくりの神として崇められているオオクニヌシノミコト(大国主命)は、スサノオの子孫である。オオクニヌシと言えば「稲羽の素兎(しろうさぎ)」であるが、神話では素兎を救う前段の話として、オオクニヌシの兄弟に八十神(やそじん)がいて、稲羽の八上比賣(やがみひめ)に想いを寄せていた。 八十神は結婚を申し込むため、出雲に出かけるのだが、オオクニヌシもその一行に帯同する。そしてその道中で素兎を助けることになる。オオクニヌシに助けられた素兎は、八十神が八上比賣を絶対に得ることはできないと予言。案の定、八上比賣は八十神の要求を撥ね退けると、八十神の荷物を背負わされていたオオクニヌシのところへ行き、「私を貰って!」と逆ナンパしたという。 当然、二人は結ばれる。須勢理毘売命(スセリビメ)という正妻が居るにも関わらず…。 ダメだ、こりゃ!
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