飛鳥満喫の旅

2022.10.31(月) 日帰り

奈良探訪2日目は自転車での飛鳥めぐりです🚲 飛鳥の魅力に取り憑かれたのは大学時代に飛鳥を訪れたことがきっかけでした😄 当時はまだまだ観光地として整備されておらず、田舎の道をだらだらと歩くと突然遺跡が姿を現すといった状態でした。 例を挙げると、石舞台については丘の上にただ石が積まれているようでした。 発掘調査もされていなかったので周りの濠もなく、周囲の柵もなかったと思います🤔 今となってはずいぶん変わってしまいましたが、そのころの景色が一部残っているので、それを味わいたくて何回も訪ねています。 次々と遺跡を巡っていますが、ときおり田園風景の中で自転車を止めて「こんなところで古代の政治や争いが行われていたのか」と感慨にふけるのも楽しいものです😉 それぞれの訪問地のくわしくいことは写真とともに。

川原寺跡から見た橘寺
川原寺は飛鳥四大寺に数えられる大寺で、東西150m以上、南北330mもの広い敷地があったという
基壇の石がきれいに並ぶ
橘寺は聖徳太子が近くで生まれたとされ、聖徳太子が建立したという
二面石というおもしろい石がある
レンタル自転車の開始前に寄ったので記録開始前になっている

川原寺跡から見た橘寺 川原寺は飛鳥四大寺に数えられる大寺で、東西150m以上、南北330mもの広い敷地があったという 基壇の石がきれいに並ぶ 橘寺は聖徳太子が近くで生まれたとされ、聖徳太子が建立したという 二面石というおもしろい石がある レンタル自転車の開始前に寄ったので記録開始前になっている

川原寺跡から見た橘寺 川原寺は飛鳥四大寺に数えられる大寺で、東西150m以上、南北330mもの広い敷地があったという 基壇の石がきれいに並ぶ 橘寺は聖徳太子が近くで生まれたとされ、聖徳太子が建立したという 二面石というおもしろい石がある レンタル自転車の開始前に寄ったので記録開始前になっている

亀石近くの野口駐車場
ここで自転車が借りられるが、9時になっても係が来ないので本部に連絡したら、連絡を受けたら行くことになっているという
ここで電動自転車を借りる

亀石近くの野口駐車場 ここで自転車が借りられるが、9時になっても係が来ないので本部に連絡したら、連絡を受けたら行くことになっているという ここで電動自転車を借りる

亀石近くの野口駐車場 ここで自転車が借りられるが、9時になっても係が来ないので本部に連絡したら、連絡を受けたら行くことになっているという ここで電動自転車を借りる

散策路を南東に進んで「鬼の俎(まないた)」この上で鬼が人間を料理したという言い伝えがある
ほんとうは古墳のなかにある石室の底という

散策路を南東に進んで「鬼の俎(まないた)」この上で鬼が人間を料理したという言い伝えがある ほんとうは古墳のなかにある石室の底という

散策路を南東に進んで「鬼の俎(まないた)」この上で鬼が人間を料理したという言い伝えがある ほんとうは古墳のなかにある石室の底という

「鬼の雪隠(せっちん)」
雪隠とはトイレのこと
鬼がここで用を足したと伝わる
じつは先の石室のふたが転がってきたもの

「鬼の雪隠(せっちん)」 雪隠とはトイレのこと 鬼がここで用を足したと伝わる じつは先の石室のふたが転がってきたもの

「鬼の雪隠(せっちん)」 雪隠とはトイレのこと 鬼がここで用を足したと伝わる じつは先の石室のふたが転がってきたもの

飛鳥では稲わらを乾燥させる風景が見られる

飛鳥では稲わらを乾燥させる風景が見られる

飛鳥では稲わらを乾燥させる風景が見られる

欽明天皇陵墓
欽明天皇は聖徳太子の祖父にあたる天皇

欽明天皇陵墓 欽明天皇は聖徳太子の祖父にあたる天皇

欽明天皇陵墓 欽明天皇は聖徳太子の祖父にあたる天皇

すぐとなりにある吉備姫王墓
吉備姫王は欽明天皇の孫にあたる
その墓地内に猿石が4体ある

すぐとなりにある吉備姫王墓 吉備姫王は欽明天皇の孫にあたる その墓地内に猿石が4体ある

すぐとなりにある吉備姫王墓 吉備姫王は欽明天皇の孫にあたる その墓地内に猿石が4体ある

飛鳥駅
駅前のモニュメントは石神遺跡で発見された「須弥山石」の模造

飛鳥駅 駅前のモニュメントは石神遺跡で発見された「須弥山石」の模造

飛鳥駅 駅前のモニュメントは石神遺跡で発見された「須弥山石」の模造

於美阿志神社の裏は檜隈寺跡

於美阿志神社の裏は檜隈寺跡

於美阿志神社の裏は檜隈寺跡

檜隈地区は渡来人系の東漢(やまとのあや)氏の本拠地だったところ
於美阿志神社には檜隈寺の跡地
石の基壇が並ぶ

檜隈地区は渡来人系の東漢(やまとのあや)氏の本拠地だったところ 於美阿志神社には檜隈寺の跡地 石の基壇が並ぶ

檜隈地区は渡来人系の東漢(やまとのあや)氏の本拠地だったところ 於美阿志神社には檜隈寺の跡地 石の基壇が並ぶ

キトラ古墳近くのかかし

キトラ古墳近くのかかし

キトラ古墳近くのかかし

キトラ古墳壁画体験館四神の館は半地下式
ここの駐輪場は2か所あるが1か所は段差や柵があって入りにくい

キトラ古墳壁画体験館四神の館は半地下式 ここの駐輪場は2か所あるが1か所は段差や柵があって入りにくい

キトラ古墳壁画体験館四神の館は半地下式 ここの駐輪場は2か所あるが1か所は段差や柵があって入りにくい

キトラ古墳壁画体験館四神の館の中の星宿図の模型

キトラ古墳壁画体験館四神の館の中の星宿図の模型

キトラ古墳壁画体験館四神の館の中の星宿図の模型

キトラ古墳の外観

キトラ古墳の外観

キトラ古墳の外観

文武天皇陵の敷地を示す宮標石
平地に宮標石があるのは飛鳥ならでは

文武天皇陵の敷地を示す宮標石 平地に宮標石があるのは飛鳥ならでは

文武天皇陵の敷地を示す宮標石 平地に宮標石があるのは飛鳥ならでは

高松塚古墳の外観
次の日が雨模様なので展示館を見学しようかと思ったが果たせず

高松塚古墳の外観 次の日が雨模様なので展示館を見学しようかと思ったが果たせず

高松塚古墳の外観 次の日が雨模様なので展示館を見学しようかと思ったが果たせず

中尾山古墳もそれなりに大きい
本来の文武天皇陵はこちらではなないかと言われている

中尾山古墳もそれなりに大きい 本来の文武天皇陵はこちらではなないかと言われている

中尾山古墳もそれなりに大きい 本来の文武天皇陵はこちらではなないかと言われている

朝風峠を越えて行った
名前がいいなあ
しかしここまではずいぶんな坂で電動自転車のバッテリーがかなり減ってしまった

朝風峠を越えて行った 名前がいいなあ しかしここまではずいぶんな坂で電動自転車のバッテリーがかなり減ってしまった

朝風峠を越えて行った 名前がいいなあ しかしここまではずいぶんな坂で電動自転車のバッテリーがかなり減ってしまった

稲淵の棚田のかかしたち

稲淵の棚田のかかしたち

稲淵の棚田のかかしたち

男綱
形は男性であることがわかる

男綱 形は男性であることがわかる

男綱 形は男性であることがわかる

南淵請安(みなぶちのしょうあん)の墓
南淵請安は遣隋使で派遣された学僧で、大化の改新に影響を与えたとされる

南淵請安(みなぶちのしょうあん)の墓 南淵請安は遣隋使で派遣された学僧で、大化の改新に影響を与えたとされる

南淵請安(みなぶちのしょうあん)の墓 南淵請安は遣隋使で派遣された学僧で、大化の改新に影響を与えたとされる

飛鳥川上坐宇須多岐比売命神社(あすかがわかみにいますうすたきひめのみことじんじゃ)という日本一長い名の神社
あとで寄る飛鳥坐神社が男神でこちらが女神と対になっている

飛鳥川上坐宇須多岐比売命神社(あすかがわかみにいますうすたきひめのみことじんじゃ)という日本一長い名の神社 あとで寄る飛鳥坐神社が男神でこちらが女神と対になっている

飛鳥川上坐宇須多岐比売命神社(あすかがわかみにいますうすたきひめのみことじんじゃ)という日本一長い名の神社 あとで寄る飛鳥坐神社が男神でこちらが女神と対になっている

女綱
女性のシンボルというが形はわからない

女綱 女性のシンボルというが形はわからない

女綱 女性のシンボルというが形はわからない

飛鳥川上流の飛び石
万葉集にも出てくる有名な渡り石
直径80cmくらいの石が並べてある

飛鳥川上流の飛び石 万葉集にも出てくる有名な渡り石 直径80cmくらいの石が並べてある

飛鳥川上流の飛び石 万葉集にも出てくる有名な渡り石 直径80cmくらいの石が並べてある

稲淵の棚田に飾られているかかしはコンテストの作品

稲淵の棚田に飾られているかかしはコンテストの作品

稲淵の棚田に飾られているかかしはコンテストの作品

マラ石
マラとは男性自身のこと

マラ石 マラとは男性自身のこと

マラ石 マラとは男性自身のこと

ここに稲淵宮という宮殿があったという
単なる田園の中

ここに稲淵宮という宮殿があったという 単なる田園の中

ここに稲淵宮という宮殿があったという 単なる田園の中

都塚古墳
日本ではめずらしいピラミッド型の造りで有力な豪族の墓と考えられる

都塚古墳 日本ではめずらしいピラミッド型の造りで有力な豪族の墓と考えられる

都塚古墳 日本ではめずらしいピラミッド型の造りで有力な豪族の墓と考えられる

石舞台古墳
土が流されて残った石室の石組み
蘇我馬子の墓とする説が有力
蘇我馬子は聖徳太子と協力して権勢を誇った人物で、子に蝦夷(えみし)、孫に入鹿(いるか)がいる

石舞台古墳 土が流されて残った石室の石組み 蘇我馬子の墓とする説が有力 蘇我馬子は聖徳太子と協力して権勢を誇った人物で、子に蝦夷(えみし)、孫に入鹿(いるか)がいる

石舞台古墳 土が流されて残った石室の石組み 蘇我馬子の墓とする説が有力 蘇我馬子は聖徳太子と協力して権勢を誇った人物で、子に蝦夷(えみし)、孫に入鹿(いるか)がいる

石舞台古墳は古墳の内部に入ることができる
巨大な石を積み上げている

石舞台古墳は古墳の内部に入ることができる 巨大な石を積み上げている

石舞台古墳は古墳の内部に入ることができる 巨大な石を積み上げている

飛鳥板蓋(いたぶき)宮跡
このあたりが飛鳥の中心だったようだ

飛鳥板蓋(いたぶき)宮跡 このあたりが飛鳥の中心だったようだ

飛鳥板蓋(いたぶき)宮跡 このあたりが飛鳥の中心だったようだ

亀形石造物
水が右から流れてきたらしい

亀形石造物 水が右から流れてきたらしい

亀形石造物 水が右から流れてきたらしい

酒船石
亀形石造物と関係があるという説も

酒船石 亀形石造物と関係があるという説も

酒船石 亀形石造物と関係があるという説も

藤原鎌足生誕の地はこの裏という

藤原鎌足生誕の地はこの裏という

藤原鎌足生誕の地はこの裏という

藤原鎌足の母の大伴夫人の墓

藤原鎌足の母の大伴夫人の墓

藤原鎌足の母の大伴夫人の墓

飛鳥坐(あすかにいます)神社
ここではおんだ祭りという男女のつながりを模した神事が行われる

飛鳥坐(あすかにいます)神社 ここではおんだ祭りという男女のつながりを模した神事が行われる

飛鳥坐(あすかにいます)神社 ここではおんだ祭りという男女のつながりを模した神事が行われる

奥には男女がまつってある
そう思って見ると他にも石棒めいたものが多数ある

奥には男女がまつってある そう思って見ると他にも石棒めいたものが多数ある

奥には男女がまつってある そう思って見ると他にも石棒めいたものが多数ある

飛鳥寺
蘇我の馬子が創建したとされる日本で最初の仏教寺院
境内にはむかしの建物の礎石がある
また飛鳥大仏がある

飛鳥寺 蘇我の馬子が創建したとされる日本で最初の仏教寺院 境内にはむかしの建物の礎石がある また飛鳥大仏がある

飛鳥寺 蘇我の馬子が創建したとされる日本で最初の仏教寺院 境内にはむかしの建物の礎石がある また飛鳥大仏がある

蘇我入鹿の首塚
大化の改新のとき蘇我入鹿の首がここまで飛んできたという
蘇我入鹿は大化の改新で中大兄皇子、中臣鎌足に暗殺された

蘇我入鹿の首塚 大化の改新のとき蘇我入鹿の首がここまで飛んできたという 蘇我入鹿は大化の改新で中大兄皇子、中臣鎌足に暗殺された

蘇我入鹿の首塚 大化の改新のとき蘇我入鹿の首がここまで飛んできたという 蘇我入鹿は大化の改新で中大兄皇子、中臣鎌足に暗殺された

水落遺跡
ここに漏刻と呼ばれる古代の時計があり、時を知らせたという

水落遺跡 ここに漏刻と呼ばれる古代の時計があり、時を知らせたという

水落遺跡 ここに漏刻と呼ばれる古代の時計があり、時を知らせたという

石神遺跡
須弥山石などがここで発見された
現在はなにもない

石神遺跡 須弥山石などがここで発見された 現在はなにもない

石神遺跡 須弥山石などがここで発見された 現在はなにもない

コスモス畑がちょうどいい
右むこうに見えるのは雷丘(いかづちのおか)
落ちてきた雷を捕まえたという伝説が残る

コスモス畑がちょうどいい 右むこうに見えるのは雷丘(いかづちのおか) 落ちてきた雷を捕まえたという伝説が残る

コスモス畑がちょうどいい 右むこうに見えるのは雷丘(いかづちのおか) 落ちてきた雷を捕まえたという伝説が残る

飛鳥川の風景

飛鳥川の風景

飛鳥川の風景

豊浦(とゆら)宮があったとされる場所
飛鳥時代には宮殿は頻繁に替わっていた

豊浦(とゆら)宮があったとされる場所 飛鳥時代には宮殿は頻繁に替わっていた

豊浦(とゆら)宮があったとされる場所 飛鳥時代には宮殿は頻繁に替わっていた

甘樫(あまかし)丘は小高い丘で、広くて全体が散策路になっている
蘇我氏の邸宅があったとされる
できたら今回散策してみたかったが、時間がなかった

甘樫(あまかし)丘は小高い丘で、広くて全体が散策路になっている 蘇我氏の邸宅があったとされる できたら今回散策してみたかったが、時間がなかった

甘樫(あまかし)丘は小高い丘で、広くて全体が散策路になっている 蘇我氏の邸宅があったとされる できたら今回散策してみたかったが、時間がなかった

弥勒石は高さ2mもある石像
下半身の病気が治ると言われるので男性自身を表しているのかもしれない

弥勒石は高さ2mもある石像 下半身の病気が治ると言われるので男性自身を表しているのかもしれない

弥勒石は高さ2mもある石像 下半身の病気が治ると言われるので男性自身を表しているのかもしれない

飛鳥京苑池跡
昨年ここを通ったときは発掘中だったので気になっていたが、埋め戻されて区画しかわからない

飛鳥京苑池跡 昨年ここを通ったときは発掘中だったので気になっていたが、埋め戻されて区画しかわからない

飛鳥京苑池跡 昨年ここを通ったときは発掘中だったので気になっていたが、埋め戻されて区画しかわからない

橘寺には二面石がおもしろいが時間が心配で参観は止めた

橘寺には二面石がおもしろいが時間が心配で参観は止めた

橘寺には二面石がおもしろいが時間が心配で参観は止めた

亀石
この石が西を向くと大洪水になると言われている

亀石 この石が西を向くと大洪水になると言われている

亀石 この石が西を向くと大洪水になると言われている

川原寺跡から見た橘寺 川原寺は飛鳥四大寺に数えられる大寺で、東西150m以上、南北330mもの広い敷地があったという 基壇の石がきれいに並ぶ 橘寺は聖徳太子が近くで生まれたとされ、聖徳太子が建立したという 二面石というおもしろい石がある レンタル自転車の開始前に寄ったので記録開始前になっている

亀石近くの野口駐車場 ここで自転車が借りられるが、9時になっても係が来ないので本部に連絡したら、連絡を受けたら行くことになっているという ここで電動自転車を借りる

散策路を南東に進んで「鬼の俎(まないた)」この上で鬼が人間を料理したという言い伝えがある ほんとうは古墳のなかにある石室の底という

「鬼の雪隠(せっちん)」 雪隠とはトイレのこと 鬼がここで用を足したと伝わる じつは先の石室のふたが転がってきたもの

飛鳥では稲わらを乾燥させる風景が見られる

欽明天皇陵墓 欽明天皇は聖徳太子の祖父にあたる天皇

すぐとなりにある吉備姫王墓 吉備姫王は欽明天皇の孫にあたる その墓地内に猿石が4体ある

飛鳥駅 駅前のモニュメントは石神遺跡で発見された「須弥山石」の模造

於美阿志神社の裏は檜隈寺跡

檜隈地区は渡来人系の東漢(やまとのあや)氏の本拠地だったところ 於美阿志神社には檜隈寺の跡地 石の基壇が並ぶ

キトラ古墳近くのかかし

キトラ古墳壁画体験館四神の館は半地下式 ここの駐輪場は2か所あるが1か所は段差や柵があって入りにくい

キトラ古墳壁画体験館四神の館の中の星宿図の模型

キトラ古墳の外観

文武天皇陵の敷地を示す宮標石 平地に宮標石があるのは飛鳥ならでは

高松塚古墳の外観 次の日が雨模様なので展示館を見学しようかと思ったが果たせず

中尾山古墳もそれなりに大きい 本来の文武天皇陵はこちらではなないかと言われている

朝風峠を越えて行った 名前がいいなあ しかしここまではずいぶんな坂で電動自転車のバッテリーがかなり減ってしまった

稲淵の棚田のかかしたち

男綱 形は男性であることがわかる

南淵請安(みなぶちのしょうあん)の墓 南淵請安は遣隋使で派遣された学僧で、大化の改新に影響を与えたとされる

飛鳥川上坐宇須多岐比売命神社(あすかがわかみにいますうすたきひめのみことじんじゃ)という日本一長い名の神社 あとで寄る飛鳥坐神社が男神でこちらが女神と対になっている

女綱 女性のシンボルというが形はわからない

飛鳥川上流の飛び石 万葉集にも出てくる有名な渡り石 直径80cmくらいの石が並べてある

稲淵の棚田に飾られているかかしはコンテストの作品

マラ石 マラとは男性自身のこと

ここに稲淵宮という宮殿があったという 単なる田園の中

都塚古墳 日本ではめずらしいピラミッド型の造りで有力な豪族の墓と考えられる

石舞台古墳 土が流されて残った石室の石組み 蘇我馬子の墓とする説が有力 蘇我馬子は聖徳太子と協力して権勢を誇った人物で、子に蝦夷(えみし)、孫に入鹿(いるか)がいる

石舞台古墳は古墳の内部に入ることができる 巨大な石を積み上げている

飛鳥板蓋(いたぶき)宮跡 このあたりが飛鳥の中心だったようだ

亀形石造物 水が右から流れてきたらしい

酒船石 亀形石造物と関係があるという説も

藤原鎌足生誕の地はこの裏という

藤原鎌足の母の大伴夫人の墓

飛鳥坐(あすかにいます)神社 ここではおんだ祭りという男女のつながりを模した神事が行われる

奥には男女がまつってある そう思って見ると他にも石棒めいたものが多数ある

飛鳥寺 蘇我の馬子が創建したとされる日本で最初の仏教寺院 境内にはむかしの建物の礎石がある また飛鳥大仏がある

蘇我入鹿の首塚 大化の改新のとき蘇我入鹿の首がここまで飛んできたという 蘇我入鹿は大化の改新で中大兄皇子、中臣鎌足に暗殺された

水落遺跡 ここに漏刻と呼ばれる古代の時計があり、時を知らせたという

石神遺跡 須弥山石などがここで発見された 現在はなにもない

コスモス畑がちょうどいい 右むこうに見えるのは雷丘(いかづちのおか) 落ちてきた雷を捕まえたという伝説が残る

飛鳥川の風景

豊浦(とゆら)宮があったとされる場所 飛鳥時代には宮殿は頻繁に替わっていた

甘樫(あまかし)丘は小高い丘で、広くて全体が散策路になっている 蘇我氏の邸宅があったとされる できたら今回散策してみたかったが、時間がなかった

弥勒石は高さ2mもある石像 下半身の病気が治ると言われるので男性自身を表しているのかもしれない

飛鳥京苑池跡 昨年ここを通ったときは発掘中だったので気になっていたが、埋め戻されて区画しかわからない

橘寺には二面石がおもしろいが時間が心配で参観は止めた

亀石 この石が西を向くと大洪水になると言われている