テントもゴールも吹っ飛んだ エルジェス山

2022.09.29(木) 2 DAYS

チェックポイント

DAY 1
合計時間
2 時間 37
休憩時間
19
距離
4.4 km
のぼり / くだり
490 / 505 m
DAY 2
合計時間
3 時間 12
休憩時間
33
距離
4.3 km
のぼり / くだり
590 / 585 m

活動詳細

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 🕌gotoトルコ 第1週 カッパドキア4~5日目 エルジェス山  🕌序章「半壊」  2022年9月30日午前4時半。厚着した体が寝袋ごと持ち上げられるような違和感を覚えた。  ペグが外れた? 何か折れた?  確かめるのが億劫だったので、そのまま耐え忍んだが、尿意を我慢できなくなった。  外に出て顔面を暴風に直撃されると同時に、重しを失ったテントは裏返った。  エルジェス山(標高3916m)のテキール高原(3000m)のキャンプ地。天気予報と180度異なる風の強さと音に心底驚き、不運を恨んだ。  同行ガイドから「戻ろう」と言われるかもしれない。€330も支払い済みだぞ。一部返金を求めたら、応じるのかしらん。  いや、トルコまで来ておいて、メインイベントのエルジェス山で、登頂どころか挑戦もできない。そんなことがあっていいのか。  半壊した我が家に立てこもりながら、泣きわめきたくなった。  🕌第1章「ムハンマド」  カッパドキアの2大名峰エルジェス山とハッサン山(3268m)。8月、石垣島でプランを練り始めた頃は、エルジェス山しか念頭になかった。だって高いほうがいい。  「ソロ&日帰りで行けるところまで」と考えたが、情報収集は難航した。登山というレジャーはマイナーらしく、至れり尽くせりだったスイスとは根本的に異なる。  YAMAPの活動日記は、もちろんない。サイトを漁って比較的マシなルートマップを見つけたものの、距離、累積標高差、CT、難易度、いずれもよく分からない。    そもそも、どうやって登山口へ行くのか。  公共交通機関は、ググっただけでは不明(たぶん無い)。いったんはレンタカーを予約したが、まともな道路や駐車場はあるのか。止めた車は無事でいられるのか。  タクシーで行ったら、下山に合わせて約束通り迎えに来てもらえるのか。いずれもよく分からない。  同時並行でガイドツアーを物色すると、唯一"Middle Earth Travel"という会社のサイトで1泊2日のプランを見つけた。  ただし、予約は2人から。€390(5万5000円)という欧米観光客プライスだった。  4人以上なら半額になることもあり、まずは8月13日、この会社に「他にパーティーがいれば、加えてほしい」とメールを送った。  1時間でムハンマドというスタッフから「予約が入ったら伝える」と返信があった。  レスポンスの速さ、英語力、会社の口コミ評価から「信頼できそうだ」と踏んだが、その後、音沙汰はなかった。  🕌第2章「交渉」  9月9日、ムハンマドに「進展は?」とメールを送ると、またもすぐレスがあった。  「進展はないが、お一人様でもOK」  そら来た。ここからが勝負だ。  「行程のうち遺跡見物は要らない。いくら?」と尋ねると、€330(4万6000円)という。思ったよりは安い。返答に半日もかかったのは、ボスと相談したからか?  この時点でソロの計画は内心消えたが、粘った。「もう少しマケてくれたら即決する。初日のランチはなくてもいいけど?」  2時間で返ってきた答えは「寝袋レンタル代をサービスします」だった。  日本代表として、引き下がれない。  「考えさせて」と冷たい感じで返事を書き、5日間放置した。割引してでも実入りが欲しいなら、向こうが折れるはずだ。  で、折れなかった。「じゃあ今回は諦めます」とカマをかけるという最終手段に打って出る勇気はなく、€330で妥結した。  🕌第3章「暗雲」  登山まで1週間を切った9月23日、成田駅前のホテルに前泊中、ムハンマドから短いメールが届いた。「きのうエルジェス山で初冠雪。装備は十分ですか?」  山頂の天気予報を見た。強風を伴うと、体感温度はマイナス10~20℃まで下がるという。そんなに寒いの......?  ウェアは一応冬装備。アイゼンやピッケルは現地で借りられるが、大丈夫だろうか。当初ソロを志向した自分はアホだった。  24日深夜、成田ーイスタンブールの乗り継ぎ地アブダビ(UAE)に降り立つと、ダメ押し気味のメールが届いていた。  「最近の降雪からすると、考え直すべきかもしれない」。この時期、標高が低いハッサン山のほうが適しているという。  26日朝、カッパドキアの町ギョレメにたどり着いて、真っ先にMiddle Earth Travelに出向き、ムハンマドに挨拶した。  シルクハットをかぶったお洒落な男だった。ややメタボなので、ガイド兼務ではなさそうだ。表情が冴えないのは、なぜ?  「登山者が落石で死亡した。しかも初冠雪の後じゃなく、その2日前」  前日のメールにはなかったことを言い出した。「僕には専門的なことは分からない。ガイドから話を聞いてみて」。この日の夕方、顔合わせすることになった。  寒さを心配していた矢先に「死亡事故」の追い打ちは痛かった。  どうしよう。ハッサン山にしようか。  🕌第4章「決断」    ギョレメ国立公園での初ハイキングを終えた後、Middle Earth Travelに戻ると、ムハンマドもガイドも不在だった。  一人で考え込んでいるうちに、当初の弱気が強気に傾いていった。我ながら意外。  〇日本でも遭難は無数にある。それ自体は登山断念の理由にならない  〇ヤバそうだったら、撤退すればいい  〇幸い、天気予報は悪くない  〇独りじゃない  「決めた。エルジェス山に行きたい。登頂できなくてもいい」と、その場にいたボスのアティルに伝えた。  特に驚かれなかった。「あなたが行きたいと言うなら」。そんな感じだった。  まもなくムハンマド、そしてガイドのイスマイルがやって来た。  イスマイルは23歳。ラモス瑠偉のような髭モジャ&髪型に、スリムな登山体形。エルジェス山には4回登頂しているという。  「ヤバかったら撤退」と意思を伝えると、飄々とした様子で「OK」。「crampons(アイゼンの英語表現)は要らないでしょう。一応持っていくけど」と言った。  🕌第5章「DAY1:髭モジャ3人衆」  出発日の9月29日午前11時、Middle Earth Travelに集合した。  山頂の天気予報は両日とも概ね晴れ。最大風速15m/s→8m/s。最低体感気温▼10℃→▼8℃。この時点では、2日目のほうが良さそうだった。  ここからイスマイルとの2人旅が始まると思いきや、ボスとムハンマドも荷造りしている。ボスはキャンプ地まで同行、ムハンマドはエルジェス初登頂を目指すという。  同社がエルジェスツアーを募るのは6~9月の4カ月間。なんと「今年のお客は、あなたが最初で最後」と聞かされた。やはり、トルコでは登山は超マイナーだった。  シーズン終了間際に妙な日本人が現れたのを奇貨として、抱き合わせの「社員旅行」を企画したらしい。「ガイド3人ですよ!」とムハンマドは事も無げに笑った。  テキトーで、好きなようにやる彼らの感じは、とばっちりが許容範囲に収まるうちは悪くない。規律と秩序と集団主義が前面に出る日本から来ると、快感すら覚える。  かくして、4人分の荷物で過積載の車に乗り、髭モジャ3人衆+レア日本人のエルジェス登山が始まった。ガイドとの二人きりより、社員旅行ムードのほうがいい。  ふもとのスキーリゾート(標高2250m)に着くと、テキール高原(Tekir、標高3000m)のキャンプ地までは別途オフロード車と運転手が手配されていた。冒険感アップ。  テントを設営した後、翌日早朝からの登頂に備えた降雪などの下見を兼ねて、イスマイル、ムハンマドと一緒に直登ルートの半分あたりまで登ることになった。  イスマイルが先を行き、たまに振り返る。ジーンズ姿で、どの程度のスキルがあるのか怪しいが、健脚で明るいのはガイド向き。「日本車が好きだ」と何度か言った。  一方、ムハンマドは登山体形とは言い難く、ヘビースモーカー。常に10馬身ほど遅れ、登頂できるかどうか微妙だった。  ともあれ、下見の結果、直登ルートの左側を迂回することになった。別オプションとして、安全な尾根ルートもある。  初日に痛感したのは、こんな登山をソロでやろうとしていた自らの不明だった。  普通車ではたどり着けず、何の設備もないキャンプ地。何の目印も避難小屋もないトレイル(のようなもの)。無人で落石だらけの山中。登山というより、秘境探検に近い。    午後8時ごろ就寝した。  標高が高いのに加え、風が強かったので、しばしば目が覚めた。  それでも、翌朝は5時半から朝食を取り、6時に登頂を始めるという日程に、何の疑念もなかった。  🕌第6章「DAY2:尾根へ」  30日未明、半壊したテントで暴風が収まるのを祈っていると、ボスのアティルが近くから大声で呼びかけてくるのが聞こえた。  「Keith!(仮名) We......stop......!」  テントがバタバタ鳴る音で聞き取れず、適当に「Yes!」と答えたが、ボスは登山断念の方針を伝えたかったようだ。実際、朝食の時間が近づいても、誰も起きてこない。  ツアーじゃなかったら、自己責任で決行もできるのに......。微かにあった希望は消え失せ、絶望というか、苛立ちというか、ネガティブな感情が渦巻いた。  予定より2時間遅く朝食が出された。  「ギブアップの感じ?」。ムハンマドに恐る恐る聞くと、暴風で落石のリスクが高い、時間もないとのこと。そりゃそうだけど。  「帰りたくない。せめて、尾根ルートに上がってみたい」とボスに頼んだ。  すると、あっさりOK。朝食後に強制帰還させられると覚悟していたので、テンションがウィ~ンと急回復する音が聞こえた。もう、登れるなら何でもいい。  同じく2時間遅れで、暴風尾根ルート登山が始まった。落石の危険はないが、かなり遠回りで、端から登頂はあり得ない。  しかも、帰りのオフロード車の時間はfixされている。「山頂に肉薄」とは言い難い地点で、イスマイルは浮かない顔で「時間切れ」と言った。ツアーの泣き所だ。  「でも、絶景を見られたからよかった」と書くつもりは、さらさらない。  いや、素晴らしい絶景だったが、基本的に不運だった。残念。悔しい。登山では「登頂」という要素は決定的に重要だ。  救いがあるとすれば、地球放浪史上まれに見る経験値が溜まったことである。  「えるじぇす山って富士山より高いんですか?」から始まり、サイト情報をかき集め、英国からは古本を取り寄せ、ムハンマドと交渉し、リスクに怯み、しかし振り切り、挑戦の入口には立てた。  何より「登山というレジャー文化がない国で登る時は、安易にソロで行くべきではない」という教訓を得たのは大きい。  あ、テント半壊の経験値も。  🕌終章「地中海へ」  エルジェス山に別れを告げ、ふもとの百万都市カイセリのホテルまで送ってもらった。髭モジャ3人衆とは、ここでお別れだ。  この騒々しい町に2泊するが、予定は未定。心身の休息を優先して、10月2日朝に心機一転、地中海沿岸部に飛ぶ。  青い海......シーフード......  📌おことわり  一眼レフの写真は時間がズレています。6時間を足すと、正確になります。

カッパドキア  カッパドキア・ギョレメの町から、車でエルジェス山に向かう。
 ガイド兼ドライバー兼コックのイスマイル(23歳)。第一印象は「ラモス瑠偉」。
 髭モジャで貫録があるので、30歳前後に見えた。運転は安全。
 カッパドキア・ギョレメの町から、車でエルジェス山に向かう。  ガイド兼ドライバー兼コックのイスマイル(23歳)。第一印象は「ラモス瑠偉」。  髭モジャで貫録があるので、30歳前後に見えた。運転は安全。
カッパドキア  百万都市カイセリに立ち寄り、まずキャンプの買い出し。
 上の棚の大きなメロンは、重さによるが1個300円程度。
 百万都市カイセリに立ち寄り、まずキャンプの買い出し。  上の棚の大きなメロンは、重さによるが1個300円程度。
カッパドキア  買い出しの次は、スーパーの近くでランチ。もちろんケバブ。
 左奥が旅行会社のボス・アティル、右はオペレーション担当ムハンマド(エルジェス山初挑戦)。
 どこから見ても、ガイド中というより社員旅行中。
 買い出しの次は、スーパーの近くでランチ。もちろんケバブ。  左奥が旅行会社のボス・アティル、右はオペレーション担当ムハンマド(エルジェス山初挑戦)。  どこから見ても、ガイド中というより社員旅行中。
カッパドキア  エルジェス山ふもとのスキーリゾート(標高2250m)に着くと、トヨタ・ハイラックスの運転手が待っていた。
 すべての荷物を積み替え、スキー場のきついダートをキャンプ地まで爆走した。
 ガイドツアーではなく個人で登ろうとすると、ここから単調なトレイルを延々と歩くことになり、負荷が大幅に上がるんだねと現地で分かった。
 エルジェス山ふもとのスキーリゾート(標高2250m)に着くと、トヨタ・ハイラックスの運転手が待っていた。  すべての荷物を積み替え、スキー場のきついダートをキャンプ地まで爆走した。  ガイドツアーではなく個人で登ろうとすると、ここから単調なトレイルを延々と歩くことになり、負荷が大幅に上がるんだねと現地で分かった。
カッパドキア  スキーリゾートから見たエルジェス山(右側が山頂、帰路に撮影)。
 このあたりまでは普通に観光客が訪れるが、この山容を目のあたりにしても、なぜか誰も登ろうとはしない。スキー客は、わんさか訪れるらしい。
 「文化の違い」としか言いようがない。
 スキーリゾートから見たエルジェス山(右側が山頂、帰路に撮影)。  このあたりまでは普通に観光客が訪れるが、この山容を目のあたりにしても、なぜか誰も登ろうとはしない。スキー客は、わんさか訪れるらしい。  「文化の違い」としか言いようがない。
カッパドキア  オフロード車でたどり着けるのは、ここテキール高原(標高3000m)まで。
 テント場として(勝手に?)使われているが、水場もトイレも看板も何もない。あるのは石だけ。
 他に誰もいない。平和に建っているテント3張り(ムハンマドとイスマイルは同居)が、今となっては物悲しい。

 右が山頂で、左に尾根が続いている。
 登頂ルートは、①正面からの直登(hard)②やや左から回り込む準直登(normal)③遠回りの尾根(easy)とのことだった。
 オフロード車でたどり着けるのは、ここテキール高原(標高3000m)まで。  テント場として(勝手に?)使われているが、水場もトイレも看板も何もない。あるのは石だけ。  他に誰もいない。平和に建っているテント3張り(ムハンマドとイスマイルは同居)が、今となっては物悲しい。  右が山頂で、左に尾根が続いている。  登頂ルートは、①正面からの直登(hard)②やや左から回り込む準直登(normal)③遠回りの尾根(easy)とのことだった。
カッパドキア 平和に建てられた頃の我が家。
平和に建てられた頃の我が家。
カッパドキア  初日は、イスマイルの先導で直登ルートの半分くらいまで登り、雪の状態などを確かめた。
 序盤だけ水路に沿って歩くが、トレイルには看板、目印など一切ない。
 というか、トレースもあやふやなので「トレイル」と言えるかどうかも不透明。
 初日は、イスマイルの先導で直登ルートの半分くらいまで登り、雪の状態などを確かめた。  序盤だけ水路に沿って歩くが、トレイルには看板、目印など一切ない。  というか、トレースもあやふやなので「トレイル」と言えるかどうかも不透明。
カッパドキア 休憩中。背景は尾根ルートの峰々。
休憩中。背景は尾根ルートの峰々。
カッパドキア  右方向が直登コース、左から回り込むのが準直登コースらしい。
 どちらも落石の香りがプンプン。直登は体力的にきついので、この時はイスマイルは「明日は左から行きます」と話していた。
 右方向が直登コース、左から回り込むのが準直登コースらしい。  どちらも落石の香りがプンプン。直登は体力的にきついので、この時はイスマイルは「明日は左から行きます」と話していた。
カッパドキア  初日の下見からキャンプに戻ると、もう一組のパーティーが着いた。ふもとのスキーリゾートから歩いてきた強者。
 イスタンブール市民で、左は陸軍の現役兵士、右はレスキューとのこと。
 この日、スキーリゾートからのメジャールートで入山したのは2パーティーだけ。トルコでは「登山」というレジャーは存在しないに等しいようだ。
 初日の下見からキャンプに戻ると、もう一組のパーティーが着いた。ふもとのスキーリゾートから歩いてきた強者。  イスタンブール市民で、左は陸軍の現役兵士、右はレスキューとのこと。  この日、スキーリゾートからのメジャールートで入山したのは2パーティーだけ。トルコでは「登山」というレジャーは存在しないに等しいようだ。
カッパドキア 調理場
調理場
カッパドキア ディナーはマッシュルームのスープ、トマトパスタ、サラダといったところ。
ディナーはマッシュルームのスープ、トマトパスタ、サラダといったところ。
カッパドキア  崩壊後の我が家(暴風中撮影)。
 未明にいったん完全にひっくり返ったが、気づいた陸軍兵士ハイカーが助けてくれて、ここまで待ち直した。
 独りで動転し、不愉快でもあったので、共同作業後、彼が笑顔で握手を求めてきたのには救われた。

 教訓①
 たとえ天気予報が良好でも、ペグに石を置くなどして安定させましょう
 教訓②
 風向きに対して縦方向に張りましょう
 崩壊後の我が家(暴風中撮影)。  未明にいったん完全にひっくり返ったが、気づいた陸軍兵士ハイカーが助けてくれて、ここまで待ち直した。  独りで動転し、不愉快でもあったので、共同作業後、彼が笑顔で握手を求めてきたのには救われた。  教訓①  たとえ天気予報が良好でも、ペグに石を置くなどして安定させましょう  教訓②  風向きに対して縦方向に張りましょう
カッパドキア それでも陽は昇る(暴風中、地面に這いつくばって撮影)。
それでも陽は昇る(暴風中、地面に這いつくばって撮影)。
カッパドキア  朝日に照らされるエルジェス山(暴風中撮影)。
 左右のテントは崩壊したが、真ん中のボスのテントだけ無事。一番奥のイスタンブール組のテントも無事。
 朝日に照らされるエルジェス山(暴風中撮影)。  左右のテントは崩壊したが、真ん中のボスのテントだけ無事。一番奥のイスタンブール組のテントも無事。
カッパドキア  暴風の2日目は、予定を変更した上で登山断念を避けられた。
 半泣き状態から復活を遂げた石垣市民(暴風中イスマイル撮影)。
 暴風の2日目は、予定を変更した上で登山断念を避けられた。  半泣き状態から復活を遂げた石垣市民(暴風中イスマイル撮影)。
カッパドキア  落石の危険はない尾根ルートを登る。
 左から回り込んで山頂に至るのだが、かなりの遠回りになるうえ、この日のようなコンディションだと暴風の直撃を受ける(暴風中撮影)。
 落石の危険はない尾根ルートを登る。  左から回り込んで山頂に至るのだが、かなりの遠回りになるうえ、この日のようなコンディションだと暴風の直撃を受ける(暴風中撮影)。
カッパドキア  最後尾が定位置のムハンマド。頑張れ!(暴風中撮影)。
 尾根ルートにはトレースがついているが、ザレザレで歩きにくい。空気が薄くて疲れる。
 最後尾が定位置のムハンマド。頑張れ!(暴風中撮影)。  尾根ルートにはトレースがついているが、ザレザレで歩きにくい。空気が薄くて疲れる。
カッパドキア  尾根をここまで登ったところで、イスマイルから「時間切れ」の通告があった。帰りのオフロード手配車に間に合わせるには、そろそろ戻る必要があるという。
 「もう少し進みたい」と思う半面、体力の削られ方がきつく、暴風の尾根も少し怖く、「まあこの辺にしておくか」とも思った(暴風中撮影)。
 尾根をここまで登ったところで、イスマイルから「時間切れ」の通告があった。帰りのオフロード手配車に間に合わせるには、そろそろ戻る必要があるという。  「もう少し進みたい」と思う半面、体力の削られ方がきつく、暴風の尾根も少し怖く、「まあこの辺にしておくか」とも思った(暴風中撮影)。
カッパドキア  キャンプにハイラックスのお父さんが迎えに来た。
 まさに後ろ髪を引かれる思いだった。
 キャンプにハイラックスのお父さんが迎えに来た。  まさに後ろ髪を引かれる思いだった。
カッパドキア  エルジェス山のふもとの百万都市カイセリのホテルで降ろしてもらった。中心部にあり、鉄道が見えた。
 ここでは風は全く吹いていない。
 エルジェス山のふもとの百万都市カイセリのホテルで降ろしてもらった。中心部にあり、鉄道が見えた。  ここでは風は全く吹いていない。
カッパドキア  さらばカッパドキア。
 ギョレメ名物の気球。気象条件のせいなのか、朝に飛ぶ。
 さらばカッパドキア。  ギョレメ名物の気球。気象条件のせいなのか、朝に飛ぶ。

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