チェックポイント

DAY 1
合計時間
6 時間 41
休憩時間
11
距離
9.2 km
のぼり / くだり
1630 / 137 m
3 21
33
DAY 2
合計時間
9 時間 20
休憩時間
1 時間 4
距離
10.0 km
のぼり / くだり
1344 / 856 m
37
24
1 1
5
1 7
34
50
12
26
DAY 3
合計時間
6 時間 38
休憩時間
12
距離
8.2 km
のぼり / くだり
149 / 2149 m

活動詳細

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「ゼェー!ゼェー!ハァー!」 夏季合宿中の柔道部のごとく息を切らしながら、一心不乱にガレキの山を登り続ける。 あわや力尽きん、といった頃、ついに赤石岳山頂へたどり着いた。 辺りは霧に包まれ、風が吹き荒れていた。 (噂には聞いてたが、キツかったな・・・悪沢から赤石の500mの登り返し。) とりあえずピークを踏んだことに満足し、早々に山頂をあとにする。 5分程下ると霧の中に小屋が現れた。 今日泊まる赤石岳避難小屋だ。 「はい、登頂おめでとう。」 小屋の前には、ワイルドなおやじが座っていた。 挨拶とともに、何か手渡される。 「登頂記念ね。」 シールだった。 ハシャいだおっさんがプリントされた、イカした記念シールだ。 「赤石はここのところ、ずっと曇りだよ。ここの管理人がダメなんだろね。」 いきなりそんな冗談を飛ばす。 そんな愉快なこのおっちゃんこそ、赤石岳避難小屋の管理人だった。 「悪沢は眺望はあった?」 「少しの間でしたが、晴れましたよ。」 そう、幸運にも悪沢岳は晴れた。 私はそう答えながら、この旅の始まりを思い起こしていた。 ーーーーーーーーー 天気予報は今一つだった。 初日は雨。 二日目以降も曇りがちのようだ。 南アルプス南部に佇む悪沢岳、赤石岳。 人気の山ではあるが、アプローチの悪さには定評がある。 ここのところ仕事が立て込んでいた。 せっかく訪れたとして、悪天候の中、消耗するだけになったら最悪だ。 そんな迷いもあり、逡巡していた。 ところが、会社をあとにすると解放感のためだろうか。 一歩、また一歩と駅へ向けて進むうち、気がつけば走り出していた。 (体が軽い!) これは行くしかない、そう思った。 家に着くなり、3日分の水や食糧を40Lザックに詰め込んだ。 そいつを後部座席に放り込んで、遠い遠い畑薙ダムへ向けて深夜高速を飛ばした。 新静岡ICまでたどり着き、井川方面へ向かって下道を走り出した。 次第に人家はなくなり、道も細くなる。 仕舞いにはカモシカが道路に飛び出してくる始末だ。 よくこんな山奥に道をつくったもんだ。 感心しながら、2時間程経とうとしたとき、畑薙ダム駐車所へ到着した。 深夜にも関わらず何台か車が留まっていた。 少し安心し、夜明けまで仮眠を取る。 登山口の椹島へは、さらに1時間程もバスに揺られなくてはならない。 目を覚ますと始発便が来ていたので、急いで並んだ。 ちょうど私で定員の25人目だったらしい。 最後に乗り込んだ私は、運転士の横の席に座った。 バスは急傾斜の砂利道を駆け上がり、山の奥へ奥へと進んでゆく。 不意に運転士が車内に語りかける。 「聖岳で降りるお客さんはいますか。」 どうやら椹島の前に、聖岳登山口のバス停があるようだ。 (そうか、ここでは「聖岳」が普通の地名なんだ。) なんだか途方もないところまで来てしまったな、と旅に出た実感が湧いてきた。 そしてバスは椹島へ到着した。 深山とは思えないほど整備されていた。 思わずロッジでコーヒーでも飲んでいきたい衝動に駆られたが、気を引き締めて歩き出す。 大きな吊り橋を渡って登山開始。 1日目は、千枚小屋まで6時間の行程だ。 午後から本降りになる予報なので急がなくては。 登山道は、思いのほか素直な道だった。 ただし、目印の感覚がまばらで気は抜けない。 順調に高度を上げていき、小休止しているとポツポツと雨が降ってきた。 そこからの天気の崩れ方は早かった。 本降りの中、黙々と進みながら、いつか見た悪沢岳の姿を思い出していた。 東側にヒョロヒョロと細長く延びた稜線が印象的だった。 いかにも気難しそうな山といった感じである。 歩いても歩いても目的地にたどり着かない。 さらに悪いことにカッパのズボンが浸水してきた。 経年劣化で防水性能が落ちていたのか、中でズボンがずぶぬれになっていた。 体が冷えて限界が近づいてきた頃、ようやく千枚小屋が見えてきた。 だが、受付で叩きつけられたのは更なる絶望だった。 「・・・明日も雨なんですか。」 「そうですね。このところ、山頂付近は毎日ガスってます。」 疲れ切って、寝床に倒れ込む。 (もう帰りたい・・・) 唯一の希望だった明日の好天の望みが潰えた。 しばらく放心状態になる。 寒さで震えが来た。 ストーブに近付き、地道にズボンを乾かす。 夕食を食べ終え、明日は朝から雨だったら諦めて下山しようと決めた。 標高2600m。 今週はおとなしくしていればよかったかな、と思いながら眠りについた。 皆、似たような気持ちだったのか、小屋は静寂に包まれていた。 翌朝、天気は曇り。 進む人もいれば、撤退する人もいた。 私は迷ったが、結局予定通り進むことにした。 しばらく登ると、ようやく森林限界を超えた。 すると、少しではあるが陽の光が雲の隙間から差し込み始めた。 千枚岳の山頂では、ガスも部分的に晴れて、悪沢岳を含む荒川三山の稜線が見え隠れしていた。 (少しでも姿が見られてよかった。) しかし、次のピーク、丸山へ向けて歩くうちに再び完全にガスに包まれてしまった。 無味乾燥な気分で山頂を踏んで、主峰の悪沢岳へと歩を進める。 山頂付近の足場の悪い岩場を、息を切らして登っていく。 あそこが山頂か?と思い小ピークを登り詰めると、またその先に小ピークが現れる。 そんな戦いを幾度も重ね、ついに、最後の頂へたどり着いた。 あたりは雲に包まれ、風も強くなっていた。 山頂の看板の写真撮影だけはした。 ザックをおろし、座り込む。 諦めかけたその時だった。 行く手のガスがサーッと吹き飛んだ。 抜けるような青空に緑に輝く稜線が姿を現した。 荒川中岳と、前岳が雲に浮かぶように映えていた。 わあ、と山頂に居合わせた人達が歓声を上げる。 「おー、悪沢が笑った。」 誰かがそう呟いた。 私は、何故かその言葉を聞いたとき、涙がこみ上げくるようだった。 これまで我慢して頑張ってきたことが報われたような気がしたのだ。 その雄大な景色にいつまでも見入っていた。 晴天はしばらく続いた。 荒川中岳へ向かう道は大きくアップダウンしていたが、眺望がある限り、大して苦にはならなかった。 振り返れば悪沢岳の姿が見えた。 巨大な岩の塊が、どっしりとそびえ立っていた。 しかし、荒川三山を踏破した頃には、再び一面真っ白になった。 ここからは、赤石岳に向けて標高差500mも下り、登り返さなくてはいけない。 厳しい登山になりそうだ・・・・ ーーーーーーーーー ふと、我に帰る。 赤石岳避難小屋を訪れる客は、玄人揃いだった。 私が歩いてきたコースを今日1日で来たという人もいれば、水場が無いからと言って4Lも担いできたという人もいた。 そんな人達の、登山にまつわる四方山話に耳を傾ける。 夕焼けや星空には恵まれなかったが、山小屋の夜は賑やかだった。 最終日は標高差2200mの下り。 予想どおり足はガクガクになったが、なんとか椹島まで降りてきた。 そこからバスに揺られて1時間。 さらに静岡の街へ向けて、下道を走る。 南アルプス南部か。 なんて山深いところだったのだろう。 街並みの中を走っていると、今までの景色がまるで幻だったのではないかとさえ思えてくるようだった。

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