座游奔放30 諫早干拓の歴史を見守る山・五穀岳・獅子喰岳・蓮華石岳・金比羅岳と小野島町の「高潮碑」

2018.04.21(土) 日帰り

チェックポイント

DAY 1
合計時間
9 時間 6
休憩時間
1 時間 19
距離
19.8 km
のぼり / くだり
899 / 899 m
23
1 52
20
1 23
55
32
12

活動詳細

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 島原街道と島鉄は兄弟みたいなもの。その島鉄の線路図を見ていたら、干拓地とそれを見守る山並みがあった。 諫早森山町・小野島町・小野町に連なる四座に絞った。  先ず島鉄釜ノ鼻駅スタート。五穀岳・獅子喰岳・蓮華石岳・金比羅岳とつなげ、小野島町の「高潮碑」へ歩き、島鉄釜ノ鼻駅まで歩いた。  この4座は「山頂プレート」がないのが共通点。五穀岳は車の便がよく、公園があり、「五穀さん」と親しまれている。獅子喰岳・蓮華石岳は砕石でかなり削られていた。金比羅岳は信仰厚く、歴史性が強調できる山だった。 小野島町の「高潮碑」は前日車で行って、場所確認したので歩いてみた。(参照:座游奔放29) 例のごとく、ヤブ漕ぎは避けられず、五穀岳の先への前半と金比羅岳の下り(参道)位が普通でした。  金比羅岳には山麓から「丁石」があり、また展望場所も数々ある。山頂の展望は視界が開け、遮るものもなく、「絶景かな絶景かな」。この山頂には十メートルほどの巨大岩があり、「八天狗」がある。

雲仙市(北エリア) 火の見櫓。昔はこんなものが多かったが、今は珍しいですね。
火の見櫓。昔はこんなものが多かったが、今は珍しいですね。
雲仙市(北エリア) 五家原岳の山並み
五家原岳の山並み
雲仙市(北エリア) 五穀岳(137m)山頂には展望台があった。奥に石祠が五基。
五穀岳(137m)山頂には展望台があった。奥に石祠が五基。
雲仙市(北エリア) 頂上広場の「石祠五基」の向かって南側・左の二基。
左は八大龍王。安政四己秋年(1857) 施主 野田甚七。
右は、安政六年己末七月吉日(1859) 施主 陣野甚左〇〇 陣野九平次 野田甚七 山口〇〇〇 村田篤助 陣野九郎一 木下左蔵 早田利七 神尾九左ヱ門 石島〇〇太 (以上上段) 七郎右〇 伊勢松 伊古ヱ門 弘平 喜平太 嘉吉 〇左ヱ門 田尻中  (以上上段) 
頂上広場の「石祠五基」の向かって南側・左の二基。 左は八大龍王。安政四己秋年(1857) 施主 野田甚七。 右は、安政六年己末七月吉日(1859) 施主 陣野甚左〇〇 陣野九平次 野田甚七 山口〇〇〇 村田篤助 陣野九郎一 木下左蔵 早田利七 神尾九左ヱ門 石島〇〇太 (以上上段) 七郎右〇 伊勢松 伊古ヱ門 弘平 喜平太 嘉吉 〇左ヱ門 田尻中  (以上上段) 
雲仙市(北エリア) 頂上広場の「石祠五基」の向かって北側・右の三基。
右は、天保一三年(1842)五月吉辰敬立 施主 陣野平九郎 惣百姓中。
中は、文化十年(1813) 大宮司宮源日向正敬 願主 陣野九平次 百姓中。 (上段)           敬白 (下段)
左は、天保一三年(1842)五月吉辰敬立 奉寄進 陳〇 陣野平九郎。
 以上三基は同じ石積み台座の上に安置されてる。
頂上広場の「石祠五基」の向かって北側・右の三基。 右は、天保一三年(1842)五月吉辰敬立 施主 陣野平九郎 惣百姓中。 中は、文化十年(1813) 大宮司宮源日向正敬 願主 陣野九平次 百姓中。 (上段)           敬白 (下段) 左は、天保一三年(1842)五月吉辰敬立 奉寄進 陳〇 陣野平九郎。  以上三基は同じ石積み台座の上に安置されてる。
雲仙市(北エリア) 石楠花。長い山路ではここだけで見た。
石楠花。長い山路ではここだけで見た。
雲仙市(北エリア) 蜜蜂箱。
蜜蜂箱。
雲仙市(北エリア) 慶師野名付近。獅子喰岳より撮る。
慶師野名付近。獅子喰岳より撮る。
雲仙市(北エリア) ギンリョウソウ
ギンリョウソウ
雲仙市(北エリア) 四等三角点。獅子喰岳 242m
四等三角点。獅子喰岳 242m
雲仙市(北エリア) うっすらと、眉山 818.8m(左) と雲仙普賢岳 1360m(正面)
うっすらと、眉山 818.8m(左) と雲仙普賢岳 1360m(正面)
雲仙市(北エリア) 十メートルほどの巨大石。奥には四メートルほどの岩。親子の様。
子岩の南面に「八天狗 元禄八乙亥年(1695)八月吉祥日」下部には「宗方村 長野村講中と26人の寄進者名」が刻まれていた。
十メートルほどの巨大石。奥には四メートルほどの岩。親子の様。 子岩の南面に「八天狗 元禄八乙亥年(1695)八月吉祥日」下部には「宗方村 長野村講中と26人の寄進者名」が刻まれていた。
雲仙市(北エリア) 「八天狗」は防災・鎮火の守り神。
「八天狗」は防災・鎮火の守り神。
雲仙市(北エリア) 子岩の下部には「宗方村長野村講中と26人の寄進者名」が刻まれていた。その一部。
里十五郎 本田閎 服部吉左エ門之 田中幸助 等々
子岩の下部には「宗方村長野村講中と26人の寄進者名」が刻まれていた。その一部。 里十五郎 本田閎 服部吉左エ門之 田中幸助 等々
雲仙市(北エリア) 四等三角点。金比羅山 263m。S32年12月14日風致地区に指定される。
四等三角点。金比羅山 263m。S32年12月14日風致地区に指定される。
雲仙市(北エリア) 蓮華石岳 280m (金比羅山より見る)
蓮華石岳 280m (金比羅山より見る)
雲仙市(北エリア) 遠景、飯盛町の島。左 向島、右 前ノ島。
遠景、飯盛町の島。左 向島、右 前ノ島。
雲仙市(北エリア) 「小野金比羅岳」の千手観音菩薩。
「小野金比羅岳」の千手観音菩薩。
雲仙市(北エリア) 頸無字阿王
頸無字阿王
雲仙市(北エリア) 丁石「第十二丁 佐原要之進」。
丁石「第十二丁 佐原要之進」。
雲仙市(北エリア) へん額「鎮護大権現」
へん額「鎮護大権現」
雲仙市(北エリア) 「大乗妙典塔」
「大乗妙典塔」
雲仙市(北エリア) 「石仏 大慈大悲」
「石仏 大慈大悲」
雲仙市(北エリア) 「カニの彫刻石像」一対ある。カニ漁の人たちの寄進、信仰心が高いようだ。
「カニの彫刻石像」一対ある。カニ漁の人たちの寄進、信仰心が高いようだ。
雲仙市(北エリア) 「吽の狛犬」前足をかけた、岩にも彫刻あり。芸が細かい。
「吽の狛犬」前足をかけた、岩にも彫刻あり。芸が細かい。
雲仙市(北エリア) 「阿の狛犬」前足をかけた、岩にも彫刻あり。芸が細かい。
「阿の狛犬」前足をかけた、岩にも彫刻あり。芸が細かい。
雲仙市(北エリア) 「賽銭箱 諫早方の〇〇 奉納 永渕喜久太郎」
「賽銭箱 諫早方の〇〇 奉納 永渕喜久太郎」
雲仙市(北エリア) 左手に注目。
左手に注目。
雲仙市(北エリア) 丁石「十一丁 平野弥次兵衛」。
丁石「十一丁 平野弥次兵衛」。
雲仙市(北エリア) 「阿の狛犬」一対あり。
「阿の狛犬」一対あり。
雲仙市(北エリア) 説明板「諫早市指定名勝 金比羅山頂 昭和52年3月5日指定  金比羅大権現(上宮) 常夜灯 松尾社 唐風山門 三十三観音像 諫江八十八霊場第五十番札所 翁塚 八天狗の巨石  平成17年3月諫早市教育委員会」
説明板「諫早市指定名勝 金比羅山頂 昭和52年3月5日指定  金比羅大権現(上宮) 常夜灯 松尾社 唐風山門 三十三観音像 諫江八十八霊場第五十番札所 翁塚 八天狗の巨石  平成17年3月諫早市教育委員会」
雲仙市(北エリア) 境内の「常夜灯 献燈 願主千々石住人 永田喜喜摠治眞次 弘化三年丙午十一月建立」
境内の「常夜灯 献燈 願主千々石住人 永田喜喜摠治眞次 弘化三年丙午十一月建立」
雲仙市(北エリア) 「唐風山門」は石造りの山門。曹洞宗 天佑寺末寺 性圓寺(文政十二(1829)年建)の山門の額は「金光明山」。
「唐風山門」は石造りの山門。曹洞宗 天佑寺末寺 性圓寺(文政十二(1829)年建)の山門の額は「金光明山」。
雲仙市(北エリア) 「芭蕉翁句碑 初時雨 猿も小蓑を ほしげなり 文化十年(1813) 癸酉時雨月(陰暦10月)吉日 洞雲斎孤石 敬立」自然石。因みに時雨忌は芭蕉のの忌日。陰暦10月12日。
「芭蕉翁句碑 初時雨 猿も小蓑を ほしげなり 文化十年(1813) 癸酉時雨月(陰暦10月)吉日 洞雲斎孤石 敬立」自然石。因みに時雨忌は芭蕉のの忌日。陰暦10月12日。
雲仙市(北エリア) 「松尾社」。奥に石祠「文化六年(1809)建立」。京都松尾神社の分神で酒作りの人たちが信仰。鳥居に「酒屋男中」、石祠の玉垣に「施主 酒屋中」が刻まれている。
「松尾社」。奥に石祠「文化六年(1809)建立」。京都松尾神社の分神で酒作りの人たちが信仰。鳥居に「酒屋男中」、石祠の玉垣に「施主 酒屋中」が刻まれている。
雲仙市(北エリア) 丁石「九丁 公文忠右衛門」。
丁石「九丁 公文忠右衛門」。
雲仙市(北エリア) 丁石「八丁」
丁石「八丁」
雲仙市(北エリア) 丁石「七丁」。
丁石「七丁」。
雲仙市(北エリア) 風情ある山路。
風情ある山路。
雲仙市(北エリア) 右側が山路。
右側が山路。
雲仙市(北エリア) 丁石「第五丁 宗方村」。
丁石「第五丁 宗方村」。
雲仙市(北エリア) 鳥居。「明治十九年十月〇〇敬立」
鳥居。「明治十九年十月〇〇敬立」
雲仙市(北エリア) 額「鎮護大権現」と読める
額「鎮護大権現」と読める
雲仙市(北エリア) 丁石「四丁」。
丁石「四丁」。
雲仙市(北エリア) 丁石「三丁 河内村」。
丁石「三丁 河内村」。
雲仙市(北エリア) 歩き易いように、「手すり」、部分的「舗装」あり。
歩き易いように、「手すり」、部分的「舗装」あり。
雲仙市(北エリア) 「奉読韻金光明最勝王経一千部宝塔」
「奉読韻金光明最勝王経一千部宝塔」
雲仙市(北エリア) 「鎮護大権現」
「鎮護大権現」
雲仙市(北エリア) 丁石「第一丁 小野村」。
丁石「第一丁 小野村」。
雲仙市(北エリア) 「若宮社」
「若宮社」
雲仙市(北エリア) 六体地蔵1。小野町の天満宮境内の4基。天文年間(1532~1554)に建立され、形状は、宝珠、笠、龕(がん)、中台、上竿、下竿からなる佐賀型重制と言われるもの。建立者の銘「悦岩宗喜」、「藤原尚信」などは、中世に諫早を治めていた西郷氏の一門と思われる。
六体地蔵1。小野町の天満宮境内の4基。天文年間(1532~1554)に建立され、形状は、宝珠、笠、龕(がん)、中台、上竿、下竿からなる佐賀型重制と言われるもの。建立者の銘「悦岩宗喜」、「藤原尚信」などは、中世に諫早を治めていた西郷氏の一門と思われる。
雲仙市(北エリア) 六体地蔵2
六体地蔵2
雲仙市(北エリア) 六体地蔵3
六体地蔵3
雲仙市(北エリア) 六体地蔵4。
六体地蔵4。
雲仙市(北エリア) 「高潮碑」。詳細は「座游奔放29」
「高潮碑」。詳細は「座游奔放29」
雲仙市(北エリア) 干拓地の麦畑
干拓地の麦畑
雲仙市(北エリア) 「八大龍王」。詳細は「座游奔放31」
「八大龍王」。詳細は「座游奔放31」
雲仙市(北エリア) 石祠に鎮座する地蔵の頭はムツゴロウだった。
石祠に鎮座する地蔵の頭はムツゴロウだった。
雲仙市(北エリア) 「ムツゴロウとマテ貝」碑
「ムツゴロウとマテ貝」碑
雲仙市(北エリア) 「森山町漁業協同組合解散記念碑」。平成4年8月3日臨時総会を開き、解散を決議した。
「森山町漁業協同組合解散記念碑」。平成4年8月3日臨時総会を開き、解散を決議した。
雲仙市(北エリア) 釜ノ鼻駅。「本村浮立(ほんむらふりゅう)と白塔掛打(しらとうかけうち)」。
浮立は、豊作祈願、家内繁盛、その他祝い事のために奉納。本村浮立は、森山町内に伝承されている郷土芸能の中でも代表的なもの。本村地区を中心に他の地区でも継承されている。掛打は佐賀地方で面浮立といい、諫早地方では、腰鼓を首からつるし、腹で安定させて打つことから掛打と名付けられ、白塔地区の人々によって大切に継承されている。
釜ノ鼻駅。「本村浮立(ほんむらふりゅう)と白塔掛打(しらとうかけうち)」。 浮立は、豊作祈願、家内繁盛、その他祝い事のために奉納。本村浮立は、森山町内に伝承されている郷土芸能の中でも代表的なもの。本村地区を中心に他の地区でも継承されている。掛打は佐賀地方で面浮立といい、諫早地方では、腰鼓を首からつるし、腹で安定させて打つことから掛打と名付けられ、白塔地区の人々によって大切に継承されている。
雲仙市(北エリア) 釜ノ鼻駅
釜ノ鼻駅
雲仙市(北エリア) 釜ノ鼻駅。「周辺地図」。
釜ノ鼻駅。「周辺地図」。

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