岩殿山 悲しい物語に想いを馳せて。

2022.03.27(日) 日帰り

活動データ

タイム

03:31

距離

8.6km

のぼり

688m

くだり

693m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
3 時間 31
休憩時間
33
距離
8.6 km
のぼり / くだり
688 / 693 m

活動詳細

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今日は山梨百名山 悲しい歴史の物語を歩いてきました。   大月駅前に聳え立つ 岩殿山。 岩殿山城址で、戦国時代武田家の重臣 小山田信茂の居城。 戦いの城で、天然の要塞。 関東で断崖を利用した山城は珍しく 三名城に数えられているらしい。  難攻不落。確かにこんな岩の間を縫って戦えないなぁ〜と   テクテクあるいて、本丸跡へ。今は崩落て登山口は一つだけ。 正直 山行としては物足りないかも。 でも、今日は歴史を感じにきたから。   本丸から馬場、番所〜 通って 稚児落としへ向かう。  信玄、勝頼に仕えた重臣 小山田信茂はなぜ  織田方に寝返ったのか? 何故勝頼を武田の家臣団は見放しはじめたのか?  頭を、グルグル歴史が巡る、ふと目を閉じると、  ほら、、蹄の音、武具の音、そして松明の灯り。 悲しい物語。  織田へ内通した主人 信茂は 結局、織田信忠の怒りを買って自刃。  包囲された岩殿山城から逃げのびようと、 婦女子が鴈ヶ腹山を目指してあるく。大岩に差し掛かると、、乳飲み子やら、幼児が泣き出した。  いたぞ〜包囲軍に見つかる。 その時、泣きわめく稚児や幼子を大岩の断崖から落として逃げ延びた。  稚児落とし とはそんな悲しい場所だった。 稚児落としの絶壁から見た岩殿山城址。   どんな気持ちでここに逃げ、どんな気持ちで逃げ延びたのだろうか。   時折吹き抜ける風が なんとも物悲しく、儚い気持ちにさせる そんな物語。   今日もロマン溢れる山行になりました。 ちなみに、岩殿山城陥落から、約三ヶ月後に本能寺の変は起きてる。 歴史にはタラ、レバは無いけれど、もし 小山田信茂が要塞 岩殿山城で籠城してたら、、歴史が変わってたかもしれない。 🤔

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