活動データ
タイム
08:43
距離
26.1km
のぼり
1245m
くだり
1243m
活動詳細
すべて見る久しぶりの山活で西国三十三所霊場で離れた2つの寺院を軌跡を繋いで一つの活動記録にしましたので、画像多めになりました事、御勘弁願います。🙇 停滞していました西国三十三所霊場巡礼登山は、長命寺山の中腹にある第三十一番札所の長命寺と繖山山塊の山頂付近にある第三十二番札所の観音正寺へ行ってきました。😄 JR西明石駅から始発でJR近江八幡駅へ移動し、長命寺行の湖国バスで長命寺バス停へ移動し長命寺港前へ😆 登山ルートは、長命寺バス停から穀屋尼寺と日吉神社の間にある参道からスタートします。この参道は808段の石段が延々と境内へと続きます。参道沿いには、宿院妙覚院や禅林院・金乗院と続き、石段の終点には、長命寺の本堂や護摩堂・三重塔・三仏堂・護法権現社拝殿・鐘楼が集まった長命寺境内へと到達します。不揃いの808段はきつかった~、マゾの方には推奨ですね❗😅 ここ西国三十三所霊場 第三十一番 姨綺耶山 長命寺についてですが、飛鳥時代に聖徳太子が開基した、千手十一面聖観世音菩薩三尊一体を御本尊とする天台宗単立の名刹です。 本尊千手十一面聖観世音菩薩は健康長寿、無病息災を授けて下さる有り難い観音様。本堂三重塔など重文の建つ境内から琵琶湖が一望でき、西国巡礼を始め多くの参拝客でに賑わっています。長命寺の名の所以は、景行天皇の時代より三百歳以上も長寿を保ち、六代の天皇に仕えたとされる武内宿彌(たけのうちすくね)が、当山に登り「寿命長遠諸願成就」の文字を柳の巨木に記し、その後聖徳太子が諸国歴訪の折り、此の山に来臨され、柳の巨木に「寿命長遠諸願成就(じゅみょうちょうおんしょがんじょうじゅ)」の文字と観世音菩薩の御影を拝され感歎されていると、忽ち巌の影より白髪の老翁現われ、「此の霊木で千手十一面聖観音三尊一体の聖像を刻み、伽藍を建立すれば武内大臣も大いに喜び、諸国万人等しく崇拝する寺となるであろう」と告げ失せられました。早速、太子は尊像を刻まれ伽藍を建立、武内宿彌長寿霊験の因縁をもって「長命寺」と名付けられたそうです。人の世に生れしものは、諸願を持たない者はおらず、又長寿を欲するものはいない中、御本尊観世音菩薩は、「寿命長遠諸願成就」の御誓でありますから、参詣信心して無病息災で健康長寿をもとめ参拝者が絶えることなく今日に至っているのでしょう。その事からも、御詠歌 『八千年や 柳に長き 命寺運ぶ歩みの かざしなるらん』の意味は、この寺の建立の所以と人の長寿への思いを詠っているのでしょうね🤗 長命寺を後にして、一番上の駐車場から車道を少し下り、カーブの途中にある登山口から、長命寺山にまず向かいます。良く整備された登山道を進み長命寺山山頂に到着。山頂は眺望が無いので、この先の姨綺耶山(YAMAPでは奥島山)へ向かいました。姨綺耶山の山頂手前に眺望の良い場所が有り、ここは琵琶湖を眺められる良い場所でした。ここからは延命寺方面へと下山し、ここから一路JR能登川駅を目指します。今日は霊場を2箇所巡礼するのが最大の目的なので、近江米の田園帯を突き抜け、延々と続く近江牛の牛舎を通り過ぎ、伊庭集落を通ってJR能登川駅に到着〜😊 ここから、猪子山を経由して繖山へと向かいます。猪子山山頂には、北向十一面観世音菩薩が祀られていました。この猪子山から先は丸太の木段のアップダウンがしつこいぐらい続きます。なんかミニダイトレのようです。😰 本日の前半に808段のガンキと長いアスファルトのロードウォークによるダメージが大きく、ゆっくりながらも伊庭山を尾根伝いに進み雨宮龍神社に至りましたが、地獄越から先は足が何度も停まりました。繖山三角点へはヘロヘロになりながら到着しました。この繖山ですが、戦国の世に近江国は、日本のほぼ中央に位置するが、その近江国でもまた中央ともいうべき要衝に位置するのが、衣蓋(きぬがさ)のようにふんわりとした美しい山容から名付けられた標高432.9メートルの繖山(きぬがさやま)、別名観音寺山があります。この山はかつて六角弾正が居城とした観音寺山城が有り、織田信長によって滅ぼされた歴史のある地です。その山の山上部にひっそりと佇む様に、西国三十二番札所の観音正寺があります。まずは、観音正寺に向かいます。 西国三十三所霊場 第三十二番札所 繖山 観音正寺は、飛鳥時代に聖徳太子が開基した御本尊を千手千眼観世音菩薩とする天台宗単立の寺院です。飛鳥時代に紫雲たなびくこのお山をご覧になって「これぞ霊山なり」とおぼしめし、太子自らが千手観音の像を刻み、堂塔を建立されたのが、当寺の縁起であるといわれています。 以来、太子が近江国に創建された十二箇寺中の随一の寺院として、湖東地方に勢威を振るった時期もあったそうです。ここは万事吉祥の縁結びの祈祷道場として老若男女の尊崇を集め、四季を通じての景勝の名刹でもあります。 御詠歌 『あなとうと 導きたまえ観音寺 遠き国より 運ぶ歩みを』の意味は、 西の国の観音に憧れ始めた苦しく長い巡礼も、もう1ヶ寺を打てば満願となる。観世音の導きにより、遠い国からでもここまで来ることができました。感慨と観世音の導きに感謝されたと詠っています。 確かに、順打ちでの山活して下山後に参拝に伺う方法をとっていたので、コロナ禍の自粛もあり、毎週山活出来る見でもないので、あと1ヶ寺となると長かったな〜、多くの観世音菩薩様の御慈悲を頂けたのかな~と、感慨深く感じますね🤗 観音寺城跡を周り、下山ルートを色々検討しましたが、石寺へ降りる正規ルートもありますが、こちらは1200段超のガンキに怖気づき、駅へのルートが一番近い桑實寺を経由して下山し、JR安土駅まで戻って来ました。 それでもかなりのガンキ地獄の上、桑實寺は下山であろうが入山料300円徴収されました。😰 そうそう、繖山へのルートは、沢山あるようで、嶮しいルートもある中、麓の神社や寺から上がるルートは、観音正寺への参道を兼ね長いガンキが多いのが特徴的ですね❗🤔 一日で色んなルートで何度も山頂へ登る方で、マゾヒストな方には最高なのでは(笑)。 今日は修験の道を歩いたかのようで、とてもシンドかった〜😅 帰りに近江八幡市内のたねやさんでCLUB HARIEのバウムクーヘンを買って帰りました。😋ホワイトバウムは売り切れてたのはチョット残念でしたが……。😅 春になったら、谷汲寺(華厳寺)で満願達成も遠いから、交通費も係るし💸、どの山を訪れてから寄ろうか検討しないとアカンな〜😅
もしも不適切なコンテンツをお見かけした場合はお知らせください。