活動データ
タイム
23:21
距離
40.5km
上り
2647m
下り
2636m
チェックポイント
活動詳細
すべて見る「梅干の種は抜いてきたか?」 谷川岳一ノ倉を開拓したことで知られる、山口清秀氏の言である(平塚晶人『二人のアキラ、美枝子の山』)。 米国よりウルトラライトの思想が輸入される遥か昔から、日本の登山家も種ひとつの重さすら惜しみ、丹念な軽量化を図ってきた。 今回は隊長と副隊長が企画した、2泊3日のロングトレイルに同行させていただいた。 岩手山麓から裏岩手連峰を経て、八幡平まで北上、秋田焼山を越え玉川温泉に至る40kmの道程である。 ザック容量は40L。「梅干の種」は削らねばなるまいと思案していたその時であった。 「山小屋ですき焼きとかよくないっすか」 隊長の鶴の一声である。副隊長も「ああ~いいっすね~」とのたまう。ノリノリである。 あれよあれよとすき焼き内閣が組閣され、隊長が米、副隊長が肉と野菜、ヒラ隊員の私が生卵担当大臣に就任した。 ナマタマゴ。紛うかたなく「梅干の種」側のやつでねが...。 かくして、生卵たちとの長い旅路が始まった。 ーーーーー 【10月29日】 網張温泉休暇村に前泊。生卵10個パックをビニール袋と手拭いで包み、雨蓋に納める。 【10月30日】 泥でぬかるむ悪路に耐え忍び、犬倉山~大松倉山を越える。三ツ石山荘での休憩を挟み、小畚山へ。 折り重なる山々には我々だけの影が延び、背には西日で紅潮する岩手山。 うっとりうかうかしていたら大深岳で日没、ヘッドライトを頼りに本日の宿・大深山荘まで進む。 生卵を確認すると、1個ぼっこり割れていた。散乱した卵液は自分用にし、ひとり1個ずつ配給。 この日のすき焼きは胃にしみた。 荷は重いが、心は軽い。 ここで1kg弱の肉を揚げてくださった副隊長に、こっそり用意した岩手ベアレンビールを贈呈。 歓喜のあまり秒で空けていた。 なお、このビール缶には熊さんのイラストと共に「毎日 出会う 未来の 親友」というキャッチコピーが書かれていた。 山で飲むにはメッセージ性が強すぎる。 【10月31日】 起床後、水場で卵液にまみれた卵を洗う。 その道中、さらに1個が致命的に崩壊。 やむなくその場で丸飲み、ロッキーさながらの朝食をとる。 山荘に帰ると、隊長がチキンラーメンを煮るとのことで、1個を配給。やはり卵は火を通すに限る。 この日は裏岩手連峰を北へとなぞった。 奥羽の尾根を囲むように、東北の名峰が一堂に会する。 岩手山、鳥海山、秋田駒、そして八幡平。この眺望はあまりにも、贅沢が過ぎやしないか…。 後ろ髪を引かれつつ、八幡平に至る。 当初、東北最高地標高1400mの天然温泉として名高い「藤七温泉」での立ち寄り湯を計画していたが、既に今期の営業は終了とのこと。 代わりに、元湯近くの野湯「奥藤七温泉」を訪ねた。道路から丸見えゆえ、入浴は断念。 せっかくなので噴出孔に生卵を突っ込み、温泉卵を作る。 誇張なく、人生で一等一番旨かった。 レストハウスで昼食と補給の後、八幡平が誇る名避難小屋・陵雲荘に荷を下ろした。 手短に夕食を済ませ、早々に就寝。 【11月1日】 朝焼けの八幡沼に心奪われながら、八幡平を西に下る。 この蒸ノ湯コースが厄介で、ずるずるに滑る木道や岩場が3時間続くという代物であった。 やっとの思いで大深温泉~後生掛温泉に到着、最後の焼山に挑む。 ふかふかの落葉をじっくり踏みしめ、毛せん峠の展望台へ。 ここでの昼食は、最後の卵を使って焼いたホットケーキとドライマンゴーの小岩井ヨーグルト漬け。重い物のなんと旨いことよ。 守るべき物がなくなり、足取りは極めて軽快。火山湖から焼山山頂へと抜け、下りの藪を掻き分けること1時間、湯けむりがいよいよ色濃くなってきた。 終着地、玉川温泉である。 これにて全行程終了、ここまで無事に連れてきてくださった隊長・副隊長に深く御礼を申し上げる。 ーーーーー さあて、3日ぶりのお風呂! さぞかし気持ちよかろう、と思いきや、さすがは日本一の強酸性泉。 塩酸が靴ずれとすり傷に染みる染みる。 あまつさえ、眼球から尻穴までもがひりひりするのには参った…。 pHは驚異の1.05。pH2の梅干よりも酸っぱい湯に包まれ、自身が「梅干の種」と化したかのような心地となる名湯であった。
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