地獄のような長い夜

2015.08.15(土) 2 DAYS

活動データ

タイム

13:05

距離

15.3km

のぼり

1007m

くだり

1221m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
2 時間 15
休憩時間
17
距離
3.1 km
のぼり / くだり
67 / 208 m
DAY 2
合計時間
10 時間 50
休憩時間
4 時間 29
距離
12.1 km
のぼり / くだり
940 / 1012 m

活動詳細

すべて見る

8/15~16剣岳を目指して かれこれ20年ほど前から剱岳と西穂高岳からジャンダルムに登りたいと思っていたが、いよいよ年齢的にも限界と思い、ヘルメットを購入。ハーネスは迷ったが止めた。仲間はお盆でそれぞれ都合があり、2度目のソロ登山となった。 娘の新聞配達につきあい、墓参りとあわただしく出発したがヘッドランプが見当たらなく、ホームセンターのあく時間まで金沢市内でウロウロ。やっと購入していざ出発。 立山室堂センターに着いたのが15時過ぎ。これでは剱沢の幕営場どころか別山乗越の剱御前小屋も無理で、雷鳥沢でテン泊と決め込みみくりが池を回り込み雷鳥沢へのんびり向かった。 眼下の雷鳥沢キャンプ場には色とりどりのテントがいっぱい張られている。その向こうには別山乗越への雷鳥坂が手に取るように望める。 山は秋の様相で稚児車(チングルマ)はその名の通り風車に変わっており草紅葉も見受けられる。 ハッと、何か変だと思ったら立山室堂山荘の近くまで来てしまった。 40年前、30年前と登り下りしているのにとんだ不覚をしてしまった。 キャンプ場についてテントを設営していて、折角買ったヘッドランプを車に忘れてきたことに気付いた。電池を入れて助手席に置いたまま出てしまったのだ。 山の日暮は早い。明るいうちに夕食を済ませないと行動ができなくなる。それよりそのあとの暗闇の時間を思うとぞっとしてきた。暗いうちに出発してと思っていたが暗闇を歩くことも出来ず夜が明けるまで足止めとなる地獄のような長い夜を想像するだに恐ろしい。 シュラフに入ると息子から電話。東京(高尾山で滝行)から富士山頂まで徒歩の「富士講」から帰ったとの連絡。剱岳登山を伝えたが単独で登るな、年も考えろとの忠告。無理はしないと返事して眠りにつく。 Zzzzzzzzzzz 目が覚めた。時間は10時。再び寝て、ずいぶん長く寝たと思いながら目が覚めた。まだ11時。あーーーーー。 寒くてトイレに行きたくなり3時に起きた。暗くて荷物もまとめられず、管理事務所のトイレ前洗面所で明るくなるのを待つ。雷鳥坂にはヘッドランプの明かりがちらつく。 ・・・・・・・・・・・・・ ようやく明るくなり荷物をまとめて出発したのが5時。コースタイム1時間半の雷鳥坂を大休止を3回も取り倍の3時間で別山乗腰の剱御前小屋について疲れ果てた。 展望はよく鍬崎山の向こうに白山がかすかに見える。薬師岳の左に見えるのは黒部五郎だろうか。 立山、一の越の向こうには槍ヶ岳、穂高連峰が霞んで見える。 北から北東に目をやれば剱岳の岩峰、後ろ立山連峰が。 朝食をゆっくり摂り、展望を堪能したが、剱岳登頂はまたの機会と諦めていたのにどうしても足元の剱沢小屋まで下りその大岸壁に接したくなった。 剱沢を下り剱沢キャンプ場まであと少しの所で帰りの時間、雷鳥沢でテントを片づけて室堂センターの最終バスに間に合わせるには自分の体力から引き返すことにした。 登ってくるご夫婦に聞くと11時以降は登らせないようだ。ここまで来た証拠(記念)に写真を撮ってもらう。 乗越で昼食をとったがこのころには雲も上がってきて展望は悪くなってきた。 登りのヘタレだが雷鳥坂は30人ほどごぼう抜きに大股に下る。テントをザックに納め室堂センターへの登り返しで何人にも抜かれた。 美女平駅限定のチョコレートとバナナ味の水饅頭を会社への土産に買った。 翌日、会社へ持って行ったが人数分無いためそっと家に持ち帰り、娘と食べることにした。数も確認しないで買う失態だった。 悔恨の自分の日記のつもりで作成したが、何の参考にもならないけど公開することにした。 アップするのも恥ずかしい無様な山行でした。

もしも不適切なコンテンツをお見かけした場合はお知らせください。