カムエク南西稜(静内ダム~カムエク南西稜~左岸尾根~札内川ダム)

2020.12.30(水) 9 DAYS

活動詳細

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はじめに  6年連続6回目の年越し山行。今年は冬期日高山脈最難関にして、日高随一の美しさを誇る稜線と噂(?)のカムエク南西稜へ。この計画は3年前にHUWVの先輩が行った話を聞いてからずっと憧れていたルートだ。誘ってくれたのは山岳部OBで私のひとつ年下のAzumi。彼は私よりさらに前から5年以上このルートに行きたいと思っていたそうだ。これまで彼と一緒に山行に行ったことは無かったので、今回は準備山行を行い互いを確認することとした。と言っても北大山岳部のノウハウをAzumiから教えてもらう場面がほとんどだった。12月第一週に十勝岳OP尾根~D尾根(富良野北尾根までの計画だった。)へ行く。クリスマス後には八剣山(本番を想定して全装の重荷で行ったこともありピーク手前のコルで時間切れ)をこなし、その足で食料などの買い出しへ。いよいよ南西稜へ向かう準備が整った。しかし、天気予報は数年に一度の大寒波が北海道に流入し続けると言っていて、すぐに入山してもしばらくチャンスは無いように思われた。そんな予報にビビって日程はどんどん後ろにずれて結局入山は30日になってしまった。幸い二人とも年明けの日程は十分に確保できた。長大な林道を延々と歩いて南西稜だけではもったいない、とカムエクからエサオマンまで北上し、二人とも未踏の東西稜線を札内岳、十勝幌尻岳まで縦走しようというビックな計画を立てる。日程は7泊8日5停滞。林道を引き返すのだけはごめんだから絶対に南西稜は越えよう、と話す。 30日  静内ダム(11:29)-林道20㎞付近(16:56)=Camp1  ばっちり寒気が入っているが、天気は良い。6時に出るつもりが寝坊したり、スパッツを忘れて一端取りに帰ったりしながら静内ダムまで。今年最後の下界飯はセコマの豚丼大盛り。ダムで準備しているとOrangeのシュラカバ忘れが発覚。これはやばいと焦るが、車の中には先日買ったばかりの新品のツェルトがあることが分かり、こいつで代用することとする。用途が違うが何とかなるだろうか。今までの登山で最大の忘れ物をしてしまったが、なるようになると切り替える。ドライバーをしてくれた優子ありがとう。写真を撮ってもらって出発。  ここから45㎞の林道歩き。日高でも随一の長さだ。気が遠くなる。幸い林道に積雪はほとんどなく、ずっとツボで歩くことが出来る。Azumiは林道用にスニーカーを持ってきていた。途中、車が2台通るがスルーされる。1台は荷台にシカを積んでいた。その後もだらだらと歩き続け、日も暮れたのでC1。Azumiはスニーカーのせいで右足を痛めたらしい。Orangeもプラスチックブーツで歩き続けて靴擦れが酷い。テーピングが大活躍だ。林道だからと油断して適当な恰好で寝たのでめちゃくちゃ寒かった。Azumiは今回初めて使うテントシューズにえらく感動していた。いい買い物したってよ。 31日  C1(7:43)‐清和橋手前(16:07)=C2  今日も快晴。きれいに冬型が決まっているからかこちら側は良く晴れている。今日も林道歩き。途中、作業車に声を掛けるも乗せてはあげられないらしい。気を付けて、とチョコをもらう。作業車はペテガリの方へ行くらしい。10時くらいに休憩を取るとAzumiがGoProを失くしたという。心当たりがあるようで探しに戻る。1.5時間ロストしたが、無事に見つかったようで良かった。林道ラスト10㎞くらいから積雪が増えてきて、スノーシューを履く。ラッセルはせいぜい踝からすねくらいだが、地味にしんどい。清和橋手前の地図にない作りかけのトンネルの横を少し進んで微沢が流れているところの脇でC2。水が汲めるのはありがたい。ただ、テントの外に置いていたら一瞬で凍ってしまった。  そういえば今日は大晦日。今年は停滞食をそばにしたのでちゃんとしたそばを食べられる。小エビ入り天かすと刻み海苔、乾燥野菜で山にしては豪華なそばとなった。紅白を19時からと勘違いして混乱した後、19時半の開始とともに満足して眠りにつく。昨日の反省を生かしてフル装備なので暖かい。 1日  C2(7:16)‐1151(11:58)‐1155(12:54)‐シカシナイ山手前1250付近(14:10)=C3  明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。清和橋を渡ってすぐの比較的緩やかなササ斜面から取り付く。ここでOrangeのストックリングが破損する。おいおい。トラバり上がるようにCo.900付近に向かって登ると急なところを少しは避けられる。積雪が少なく全く締まっていないのでズルズルと滑って苦戦する。尾根に乗れば楽になると期待していたが、そこに待っていたのはむしろ最悪な雪質のラッセル地獄。踏み出すだけだと沈まないが、体重を掛けると膝上まで沈むしんどい行動が延々と続く。二人で交代で進めるも遅々として進まない。今日はシカシナイ山手前まで進めるつもりだったが全然間に合わないな、と思っているとAzumiから、左膝が痛むのでとギブアップが入る。Orangeももうやだと思っていたので今日はここまで。  Azumiは以前にも膝を痛めていたらしく、林道で痛めた右足を無意識に庇っていたのと今日の極悪ラッセルで再発してしまったようだ。とりあえず明日の午前中はテントで様子を見ることにする。FMラジオにAzumiが投稿するとその場で採用される。ラジオネームは寒エク南西稜。パーソナリティの方はピンと来ていないようだったが、安全登山を祈願してくれた。それだけで十分だ。 2日  C3=C4  ナチュゲすると予想以上の快晴。日が昇るとテントの中はぽかぽかだ。Azumiは左膝の状態がさらに悪化したらしい。だからと言って5年間思い続けてきたルートで簡単に撤退を決めることなどできない。今日1日は様子をみて停滞することに決める。Orangeは時間もあるのでシカシナイ山まで空身でトレース付け。雪質は相変わらずだが、ピークからは南西稜が丸見えだ。たくさん写真を撮ってテントへ戻る。暖かい日差しの下、シュラフを干すなどして過ごす。夜は山岳部は作らないというぺミカンをワンゲルスタイルで披露する。ワンゲルっていつも長期山行でこんな美味いもん食ってるんですか、と好評で嬉しい。  話し合った結果、Azumiはここで撤退を決める。最初は二人で一緒に下山すべきかと思ったが、ここでOrangeさんまで撤退させるのは申し訳ない、と言われ、確かに自分が逆の立場だったら同じことを言うだろうと思い直し、Orangeは単独で先へ進むこととする。図らずして単独行となり、高まる緊張感。Azumiの分まで…  明日以降の荷分けの確認をして、シュラカバとツェルトを交換。在札の優子に今後の進め方の連絡を入れて眠りにつく。 3日  C4(7:27)‐シカシナイ山(8:39)‐1689(11:17)‐1821手前コル1550付近(12:06)=C5  Azumiとお互い無事でまた会おうと固い握手を交わし、写真を取り合って別れる。シカシナイピークまでは昨日のトレースがくっきり残っていて楽に登ることが出来た。1800より上はガスに覆われており、上空からは風の音も聞こえる。1689の登りは樹林内雪庇と真尾根に図々しく居座るカンバが邪魔で地味にしんどい。雪質も相変わらずでストレスのたまる登りだった。ここで天気予報を確認する。今日無理に進んでもチャンス日はしばらく来なさそうなこと、今から1821を登り始めるとこの雪質では想定より時間が掛かり日没ギリギリの行動になりそうなことから1821手前のコルでテントを張る。要は日和った。2~3人用のテントは必要以上に広く、昨日までの比ではないくらい寒い。結局朝までほとんど眠ることが出来ず、耐えきれずに紅茶を沸かしたりと何とも落ち着かない夜。 4日  C5(8:55)‐1821(11:36)‐1800付近(12:44)‐雪洞完成(14:00)=C6  昨晩あまりに眠ることが出来なかったので日が出てテントが暖まってから小一時間仮眠を取って出発する。コルから1821への登りも嫌がらせのような登りが続く。ちょっとした段差の度に足元が崩れるので、大掛かりな除雪をしてハイマツにスノーシューやアイゼンを引っかけ、両手で上方のハイマツやカンバを掴んで攀じ登る。最後の登りは斜度も急になるがやることは同じ。かなりだるい。やっとの思いで稜線に上がるもズボズボ細尾根のお出迎え。雪が下まで詰まっておらず、ハイマツでバランスを取りづらい。唯一の幸運は1800過ぎで風下に2m以上の良い雪質の吹き溜まりがあったこと。僥倖。今年の雪量でこれだけ吹き溜まるなら毎年期待して良いと思う。1.5h弱でかなり快適な雪洞を掘ることが出来た。調子に乗りすぎて一か所天井が薄くなってしまったのは気がかりではあるが、何とかなるだろう。  やはり雪洞はとても暖かい。明日の予報を見ると、天気は悪くないが風が強そう。他のルートなら間違いなくチャンス日だが、ここは南西稜。無難に停滞だろうか。ここでAzumiから下山連絡が入る。運よく作業車に拾ってもらえて予定より早く帰れたようで安心する。  ラジオでは丑年にちなんで「食べてすぐ寝ると牛になる」についての解説。せっかく今から食っちゃ寝しようと思っているのだから余計なことを言ってくれるな。どうせなるならヒグマになりたい。 5日  C6=C7  朝、雪洞の隙間から外をのぞくとカムエク方面はガスガス。おまけに頭上からは大きな風の音が聞こえ、早々に停滞を決める。昼前には晴れてきたようで雪洞の中が少し明るくなったがもはやどうでも良い。朝以外、外の様子を確認しなかったので今日カムエクが見えたのかどうかは分からずじまいだった。シュラフから一歩も出ない一日。氷下魚にマヨネーズをぶっかけて食べたのが美味かった。『探検家の憂鬱』角幡唯介著読了。雪洞停滞中に、雪洞ごと雪崩れたエピソードを読むのは精神衛生上良くない。文中の筆者は幸運にも同行者に掘り出され九死に一生を得ているが、こちらは一人なので今雪崩れたら間違いなく生き埋めだ。風の音にいちいちビビり、有り余るガス缶も優雅に使う気になれない。本当にこの雪洞は大丈夫なんだろうかと自問自答を繰り返す。 6日  C7(6:50)‐1848(9:05)‐カムイエクウチカウシ山(11:35)‐左岸尾根頭(13:36)‐八の沢出合い(16:21)‐林道終点(18:15)‐札内川ヒュッテ(20:11)=C8  いよいよ今日は南西稜!気合を入れて早めに起きたつもりだったが、丁寧にパッキングしたり、ハーネスを付けたりしていたら気づいたら明るくなっていた。スノーシューとザックと雪のブロックで覆った入り口をぶち壊して雪洞から這い出ると眼前にピラミッドピークが飛び込んできた。思わず写真を撮っていると1823峰の後方から朝日が昇る。急いで稜線へ上がると朝焼け燃ゆるカムエク南西稜が神々しく輝いていた。短い動画を回し、写真を撮っていざ。雪質は相変わらずだが、今日は特別気合が入っているので気にならない。先の稜線に目移りしたり、いつもよりペースが速いのか必要以上に息が上がってしまったり、興奮を抑えられずにいる自分が見て取れ、思わず苦笑い。深呼吸をして呼吸を整え、ゆっくりと歩くことを意識する。雪庇が東側に50㎝ほど張り出して、大きいところでは1mくらいのところもある。雪質も相まって足を置くところには気を遣う。崩れそうなところへ右足を出すと案の定崩れた。想定内だ。1848までは雪庇が気になるものの特筆するほどの難所は無い。少し急な1848を登りきると、いよいよギバギバの恐竜の背が姿を現す。ここからが本当の核心部だ。こんなところ行けるのだろうか、と思って進むと見えていない十勝側は思いのほか緩く、ブッシュも多く見え雪崩のテンションも低そうなトラバースになっていた。その先も大きな岩は東側を捲くことが出来るが急なトラバースが多い。岩稜と岩稜の間はナイフリッジになっているが、ここは思ったほど細くはなく慎重にステップを選べば問題ない。それ以上に雪庇がややこしく、左から張り出したカンバをかわすように雪庇に近づく必要があるところで、カンバをガッチリ掴みながら右足を出すと左足ごと崩れ一瞬両足が宙ぶらりんになる。慌てて前爪を側壁にぶっ刺して掴んだカンバを頼りに攀じ登る。冷汗が噴き出す。デブリがコイボクカールまで続いていた。その先、後半に一か所西側を捲くと行きやすいところがあった。そしてそれをやり過ごすと今度は真上を行くしかないナイフリッジが20mくらい出てくる。リッジは緩やかな下りとなっていて、最後はgapとなってコルへと落ちている。高度感がすごい。リッジの先まで今日一番の慎重さで進みgapをのぞき込むが、今日の雪質ではクライムダウンする気にはなれない。念のため懸垂下降を選択する。そうと決まれば、掘り出した太いハイマツに捨て縄を掛け、自分とザックにビレイを取りロープを取り出す。gapは最上部が一番急で下に行くほど緩い。30mロープいっぱい降りるとあとはクライムダウンで行けそうだ。核心を通過してほっと一息。この先もいくつか岩稜の捲きがあるがこれまでを通過できていれば問題になるものはない。息を切らして登りきるとカムエクのピークに辿り着いた。北も南もすかっぱれ。この上ない贅沢な時間だった。幸せを噛み締めながら左岸尾根へと向かう。ここからは打って変わって雪が締まっており、歩きやすかった。左岸尾根は想像以上に細くて面倒な下り。特に最下部は雪がほとんどなく、スノーシューも外してササでブレーキをかけながらの尻滑りで下った。八の沢出合いで16時。今日も寒い夜を過ごすのはごめんなので、意地でも小屋まで歩こうとヘッドランプを取り出す。暗くて渡渉は良く分からないが、明瞭に続く鹿道に導かれるように道路終点まで歩くことが出来た。鹿道はこんなところ行くのって感じのところもあるが、信じて進むと上手くいった。あとは何度も立ち止まりながら札内川ヒュッテまで。小屋では焚き付けが見当たらず、トレペとEPIで強引に付ける。長い一日を癒す天国ここあり。 7日  C8(10:02)‐札内川ダム(11:05)  面倒な着火を回避すべく、一時間おきに薪をくべて幸せな朝を迎える。掃除して小屋を出ると低気圧の通過で雪がどっさり。昨日のうちに小屋に辿り着いてよかった。一時間ほど道路を歩くと札内川ダム。下山していたAzumiがここまで迎えに来てくれて無事下山。  下山後は北大山岳部(AACH)御用達の帯広はげ天本店にてご褒美の上天丼を食らう。現役下級生はここで天丼3杯食べるのがノルマらしい。店の奥から歴代の山岳部員の大量の書き込みが残されたノートが7~8冊登場。一番古いものは50年以上前のもので中には知床の山行の帰りに来ているものまであった。北大山岳部の歴史とはげ天への愛情を感じた。北大ワンゲルにもこういうのあればいいのに、とちょっぴり羨ましく感じた。   3年前、このルートの存在を知ったときはこんなにも早くチャンスが巡ってくるとは思っていなかった。今回この計画に誘ってくれたAzumiには心から感謝したい。それだけに二人でカムエクの山頂に立てなかったことはとても残念だった。いつかAzumiがリベンジすることを期待したい。(私はもう行きたくない笑) 図らずして途中から単独となったが、厳冬期の長期山行では初めてのことだった。厳冬の日高は想像通り厳しく、何度も心が折れかけた。納得したつもりでカムエクからの北上は断念してしまったが、こうしてこたつに入ってぬくぬくと記録を書いていると、もっと行けた、天候も何とかなりそうだった、結局は自分の意志が足りなかったのだと思い知らされる。  ある程度の満足感と、まだまだやり切れていないという思いと。本当に満たされてしまったらそこでおしまいだとも思うので、この気持ちは次の計画のために一番大切なものなのかもしれない。

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