立木観音 2021-09-05

2021.09.05(日) 日帰り

活動データ

タイム

00:27

距離

728m

のぼり

158m

くだり

161m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
27
休憩時間
0
距離
728 m
のぼり / くだり
158 / 161 m
27

活動詳細

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八百余段の石段を登って立木観音へ。 いつも感じる懐かしさ。 子どもの頃、親に連れられて何度か登ったときの記憶が蘇る。 大勢の人が階段を登っていた。とてもにぎやかでまるでお祭りのようだった。 多分、日曜か祝日だったのだろう。 毎回、階段の数を数えながら登った。 それが、とても楽しみだった。 一番上まで登ったところに本殿があって、その横でもらう紙に、手形を押して、質問に答えるのだ。 「階段は何段ありましたか」 「今日はだれと来ましたか」 そこにサインペンか鉛筆で、 「6◯◯」「おとうさんとおかあさんとおとうと」 と、自分が登りながら数えた階段の数を自信満々に書きこむ。正解はわからないが✖️はされないから、なんかやり切った感があって嬉しかった。 ちなみに階段は、当時六百何段だったように思う。今は八百余段。かなりきれいに整備され登りやすくなっている。 子どもの頃の立木山参りは楽しい記憶だけかというと実はそうではない。 1箇所だけ、子どもながらに怖いというか可哀想だと感じる場所があった。 途中の階段脇に、軍服?国民服?を着た男性がいつも土下座をして物乞いをしていた。(多分、片腕の肘から先あたりが欠損していたように記憶している。「戦争で腕を失い、働くことができません、どうかお恵みを。」という内容のことが書かれた小さなボードが傍らにあった気がする) 男性の前に置かれた缶の中には、僅かながらのお金が入っていた。 男性の存在に気づかない訳はないのに、ほとんどみんな素通りだった。 こんな可哀想な人にどうしてみんな恵んであげないのだろう。土下座までしているおじさん(男性)がかわいそう。と子どもながらに心を痛めていた。 そんなぼくに父親は、「(この男性は)こうやって働きもせず、楽して金儲けしているだけや!」そういう趣旨のことを言っていた。今なら、わかる。でも、子どもの頃にはわからなかった。 立木山参りは、楽しい記憶とちょっぴり悲しい記憶が入り混じる。まあ、今となってはすべてひっくるめて、懐かしいばかりである。 これからも幾度となく、立木山に登るだろう。思い出とともに。

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