「敵は本能寺にあり」

2021.09.04(土) 日帰り

今日は雨模様でしたが、歴史好きの私にとってはかねてより行きたかった「本能寺の変」再現ルート踏破、実現いたしました。 戦国当時決死の覚悟で臨んだ明智光秀の想いに重ねて、自身の生ぬるい性格の一新、これまで多くの方々にお世話になった感謝の意を含め、自身人間性を高めたいとの一心から実施しました。 10:00亀岡駅下車、丹波亀山城🏯を1周し、明智光秀像に敬礼後出発、唐櫃越えルートで、みすぎ山、沓掛山を越えて京都市内上桂に下り、桂川を渡って本能寺に到着しました。 唐櫃越えの山間部・尾根伝いの山歩きよりも、上桂から本能寺までの約7kmコンクリート市街地がかなり脚にきて、本能寺着いて最後京都駅まではポール使いながら、片足引きずりながらの歩きになってしまいました。 しかし、当時の光秀の気持ちになって、覚悟を持って一歩一歩道のりを踏み締め、本能寺までたどり着いた時、何か違った景色も見えました。この境地を持ち続け、今後さらに成長していきたいと思います。

今日は終日雨模様、本能寺の変ルート実行どうするか、朝方やや躊躇しましたが、いざ決行❗電車で亀岡駅で下車。

今日は終日雨模様、本能寺の変ルート実行どうするか、朝方やや躊躇しましたが、いざ決行❗電車で亀岡駅で下車。

今日は終日雨模様、本能寺の変ルート実行どうするか、朝方やや躊躇しましたが、いざ決行❗電車で亀岡駅で下車。

駅南口から徒歩数分で、丹波亀山城跡に到着、お堀に立派な明智光秀像、尊敬する人物でもあり、何度も最敬礼。光秀は残念ながら歴史教科書では「本能寺の変」でしか登場しないので、人民に優しい優れた統治能力など知られていないのが極めて残念。でも、駅員、観光センター、昼飯買い込んだコンビニの店員と少し話すと、皆さん光秀を尊敬している様子がうかがえ、とても嬉しかったですね👌

駅南口から徒歩数分で、丹波亀山城跡に到着、お堀に立派な明智光秀像、尊敬する人物でもあり、何度も最敬礼。光秀は残念ながら歴史教科書では「本能寺の変」でしか登場しないので、人民に優しい優れた統治能力など知られていないのが極めて残念。でも、駅員、観光センター、昼飯買い込んだコンビニの店員と少し話すと、皆さん光秀を尊敬している様子がうかがえ、とても嬉しかったですね👌

駅南口から徒歩数分で、丹波亀山城跡に到着、お堀に立派な明智光秀像、尊敬する人物でもあり、何度も最敬礼。光秀は残念ながら歴史教科書では「本能寺の変」でしか登場しないので、人民に優しい優れた統治能力など知られていないのが極めて残念。でも、駅員、観光センター、昼飯買い込んだコンビニの店員と少し話すと、皆さん光秀を尊敬している様子がうかがえ、とても嬉しかったですね👌

丹波亀山城の説明書き。歴史大ファンの私は各地のこうした説明板はもちろん完読です。

丹波亀山城の説明書き。歴史大ファンの私は各地のこうした説明板はもちろん完読です。

丹波亀山城の説明書き。歴史大ファンの私は各地のこうした説明板はもちろん完読です。

大手門入口石垣。この亀山城は、丹波から山陰方面攻略の一拠点であり、ドシッと地域支配で置かれたお城🏯ではないようですが、そこそこ防御力の高い立派な石垣と掘りで固められていました。

大手門入口石垣。この亀山城は、丹波から山陰方面攻略の一拠点であり、ドシッと地域支配で置かれたお城🏯ではないようですが、そこそこ防御力の高い立派な石垣と掘りで固められていました。

大手門入口石垣。この亀山城は、丹波から山陰方面攻略の一拠点であり、ドシッと地域支配で置かれたお城🏯ではないようですが、そこそこ防御力の高い立派な石垣と掘りで固められていました。

高さ7-8mはあるのかな、立派な野面積みの石垣でした。

高さ7-8mはあるのかな、立派な野面積みの石垣でした。

高さ7-8mはあるのかな、立派な野面積みの石垣でした。

光秀の「水色桔梗紋」。美濃(岐阜県)の土岐氏一門の家紋ですね。
美しい家紋です。

光秀の「水色桔梗紋」。美濃(岐阜県)の土岐氏一門の家紋ですね。 美しい家紋です。

光秀の「水色桔梗紋」。美濃(岐阜県)の土岐氏一門の家紋ですね。 美しい家紋です。

亀山城から、これから越えていく唐櫃越え山に向かってひた軍を進めます。

亀山城から、これから越えていく唐櫃越え山に向かってひた軍を進めます。

亀山城から、これから越えていく唐櫃越え山に向かってひた軍を進めます。

馬堀駅前に親切にも本能寺へのルートが詳しく説明されています。
結構行く人多いのかな?
老の坂方面も行軍ルートの1つではありますが、今は国道9号バイパスで通過する車もスピード出すので、徒歩は極めて危険とのことで、唐櫃越えで行きます。唐櫃越え(からとごえ)の由来は、光秀の官職「惟任日向守(これとうひゅうがのかみ)」の「これとう」の「これとうごえ」が訛り「からとごえ」になったと伝わっているとのことです。

馬堀駅前に親切にも本能寺へのルートが詳しく説明されています。 結構行く人多いのかな? 老の坂方面も行軍ルートの1つではありますが、今は国道9号バイパスで通過する車もスピード出すので、徒歩は極めて危険とのことで、唐櫃越えで行きます。唐櫃越え(からとごえ)の由来は、光秀の官職「惟任日向守(これとうひゅうがのかみ)」の「これとう」の「これとうごえ」が訛り「からとごえ」になったと伝わっているとのことです。

馬堀駅前に親切にも本能寺へのルートが詳しく説明されています。 結構行く人多いのかな? 老の坂方面も行軍ルートの1つではありますが、今は国道9号バイパスで通過する車もスピード出すので、徒歩は極めて危険とのことで、唐櫃越えで行きます。唐櫃越え(からとごえ)の由来は、光秀の官職「惟任日向守(これとうひゅうがのかみ)」の「これとう」の「これとうごえ」が訛り「からとごえ」になったと伝わっているとのことです。

本能寺方面へ越えていく山がだんだん近づいで来て、緊張感も沸いて来ました。山越える前に、コンビニで大量のエネルギー源🍙買い込みます。

本能寺方面へ越えていく山がだんだん近づいで来て、緊張感も沸いて来ました。山越える前に、コンビニで大量のエネルギー源🍙買い込みます。

本能寺方面へ越えていく山がだんだん近づいで来て、緊張感も沸いて来ました。山越える前に、コンビニで大量のエネルギー源🍙買い込みます。

保津峡のトロッコ列車。ここから保津川下りスタートしますが、今日は大雨で川が増水し、川下り中止とのことでした。秋の紅葉🍁シーズン、昔行きましたが、綺麗でしたね。また行ってみたいです。

保津峡のトロッコ列車。ここから保津川下りスタートしますが、今日は大雨で川が増水し、川下り中止とのことでした。秋の紅葉🍁シーズン、昔行きましたが、綺麗でしたね。また行ってみたいです。

保津峡のトロッコ列車。ここから保津川下りスタートしますが、今日は大雨で川が増水し、川下り中止とのことでした。秋の紅葉🍁シーズン、昔行きましたが、綺麗でしたね。また行ってみたいです。

険しい峠入口にはこうしたお地蔵さんをよく見かけますが、峠越えで命を落とされた方々向けなのだろうか。当時は道の整備や山登りの装備は現代のようには備えられておらず、命懸けの山越えでしたので、命を落とした方々も多かったようです。お祈り、合掌。

険しい峠入口にはこうしたお地蔵さんをよく見かけますが、峠越えで命を落とされた方々向けなのだろうか。当時は道の整備や山登りの装備は現代のようには備えられておらず、命懸けの山越えでしたので、命を落とした方々も多かったようです。お祈り、合掌。

険しい峠入口にはこうしたお地蔵さんをよく見かけますが、峠越えで命を落とされた方々向けなのだろうか。当時は道の整備や山登りの装備は現代のようには備えられておらず、命懸けの山越えでしたので、命を落とした方々も多かったようです。お祈り、合掌。

これから越えていく山々です。見えている山の奥にもさらに続きますが、本能寺へ向かって意を決して進んでいきます。

これから越えていく山々です。見えている山の奥にもさらに続きますが、本能寺へ向かって意を決して進んでいきます。

これから越えていく山々です。見えている山の奥にもさらに続きますが、本能寺へ向かって意を決して進んでいきます。

如意寺(山本城)越えると、いよいよ本格的な山道へ入ります。
今日は舗装路も多いので、雨の日用の滑りにくいトレーニングシューズ+ポール使用でカバーしたいと思います。山独特の涼しい風が来て、いっそう心が引き締まります。

如意寺(山本城)越えると、いよいよ本格的な山道へ入ります。 今日は舗装路も多いので、雨の日用の滑りにくいトレーニングシューズ+ポール使用でカバーしたいと思います。山独特の涼しい風が来て、いっそう心が引き締まります。

如意寺(山本城)越えると、いよいよ本格的な山道へ入ります。 今日は舗装路も多いので、雨の日用の滑りにくいトレーニングシューズ+ポール使用でカバーしたいと思います。山独特の涼しい風が来て、いっそう心が引き締まります。

明智軍は当時どんな想いで歩いたのだろうか、一歩一歩、想い耽りながらの登りです。

明智軍は当時どんな想いで歩いたのだろうか、一歩一歩、想い耽りながらの登りです。

明智軍は当時どんな想いで歩いたのだろうか、一歩一歩、想い耽りながらの登りです。

山道に入り、最初はこのような険しい狭い道が続きます。明智軍も縦一列でようやく進めるくらいで、とても馬で通るのは難しいと思われます。足軽歩兵部隊のみがこちらの唐櫃越えを進んだのか…

山道に入り、最初はこのような険しい狭い道が続きます。明智軍も縦一列でようやく進めるくらいで、とても馬で通るのは難しいと思われます。足軽歩兵部隊のみがこちらの唐櫃越えを進んだのか…

山道に入り、最初はこのような険しい狭い道が続きます。明智軍も縦一列でようやく進めるくらいで、とても馬で通るのは難しいと思われます。足軽歩兵部隊のみがこちらの唐櫃越えを進んだのか…

まず1番目の山、みすぎ山の山頂です。霧がかかりながらも亀岡市内が一望できました。本能寺はまだまだ先です。💦🏃

まず1番目の山、みすぎ山の山頂です。霧がかかりながらも亀岡市内が一望できました。本能寺はまだまだ先です。💦🏃

まず1番目の山、みすぎ山の山頂です。霧がかかりながらも亀岡市内が一望できました。本能寺はまだまだ先です。💦🏃

一応、三角点にタッチ☝️
片手スマホ撮影、だんだん慣れて来ました。

一応、三角点にタッチ☝️ 片手スマホ撮影、だんだん慣れて来ました。

一応、三角点にタッチ☝️ 片手スマホ撮影、だんだん慣れて来ました。

みすぎ山越えて、少し歩くとヤマップに絶景のマーク、やはりよい景色でした。下に保津川渓谷見えましたが、茶色に濁った増水、さすがに今日は川下り難しそうですね。

みすぎ山越えて、少し歩くとヤマップに絶景のマーク、やはりよい景色でした。下に保津川渓谷見えましたが、茶色に濁った増水、さすがに今日は川下り難しそうですね。

みすぎ山越えて、少し歩くとヤマップに絶景のマーク、やはりよい景色でした。下に保津川渓谷見えましたが、茶色に濁った増水、さすがに今日は川下り難しそうですね。

雨が降ったり止んだりの天気ですが、遠くの景色は一応くっきり見えます。

雨が降ったり止んだりの天気ですが、遠くの景色は一応くっきり見えます。

雨が降ったり止んだりの天気ですが、遠くの景色は一応くっきり見えます。

いったん道幅広がり林道へ。当時もこんな感じだったのだろうか?
本能寺に早朝着くためには、ゆっくり歩を進める訳にもいかず、道幅広い所は行軍スピード上げたのかもしれない。

いったん道幅広がり林道へ。当時もこんな感じだったのだろうか? 本能寺に早朝着くためには、ゆっくり歩を進める訳にもいかず、道幅広い所は行軍スピード上げたのかもしれない。

いったん道幅広がり林道へ。当時もこんな感じだったのだろうか? 本能寺に早朝着くためには、ゆっくり歩を進める訳にもいかず、道幅広い所は行軍スピード上げたのかもしれない。

道には後ろにあるような看板が至るところに設置されており、非常に歩きやすかったです。(本能寺の道)の文字を見るたび勇気が湧いて来ました。

道には後ろにあるような看板が至るところに設置されており、非常に歩きやすかったです。(本能寺の道)の文字を見るたび勇気が湧いて来ました。

道には後ろにあるような看板が至るところに設置されており、非常に歩きやすかったです。(本能寺の道)の文字を見るたび勇気が湧いて来ました。

登山道は所々倒木で荒れており、 倒木の先の道がどこへ続いているのか、迷うケースも何回かありました。ただし、そこは最近使い始めたYAMAPの力、道外れの警告音に従って、赤線の登山道へ軌道修正できました。
紙の地図だけで歩いていた当時、大和葛城山でも下山中迷って遭難しかかったことがありましたが、今はもう違います✌️
しかし、あの時は死ぬかと思いましたが…

登山道は所々倒木で荒れており、 倒木の先の道がどこへ続いているのか、迷うケースも何回かありました。ただし、そこは最近使い始めたYAMAPの力、道外れの警告音に従って、赤線の登山道へ軌道修正できました。 紙の地図だけで歩いていた当時、大和葛城山でも下山中迷って遭難しかかったことがありましたが、今はもう違います✌️ しかし、あの時は死ぬかと思いましたが…

登山道は所々倒木で荒れており、 倒木の先の道がどこへ続いているのか、迷うケースも何回かありました。ただし、そこは最近使い始めたYAMAPの力、道外れの警告音に従って、赤線の登山道へ軌道修正できました。 紙の地図だけで歩いていた当時、大和葛城山でも下山中迷って遭難しかかったことがありましたが、今はもう違います✌️ しかし、あの時は死ぬかと思いましたが…

みすぎ山に続き、2つ目の山、沓掛山頂まで来ました。ちょっとした小広場になっており、脚ストレッチ&🍙腹ごしらえします。
後は京都方面へ下り坂です。

みすぎ山に続き、2つ目の山、沓掛山頂まで来ました。ちょっとした小広場になっており、脚ストレッチ&🍙腹ごしらえします。 後は京都方面へ下り坂です。

みすぎ山に続き、2つ目の山、沓掛山頂まで来ました。ちょっとした小広場になっており、脚ストレッチ&🍙腹ごしらえします。 後は京都方面へ下り坂です。

沓掛山三角点、ここでも一応タッチ☝️

沓掛山三角点、ここでも一応タッチ☝️

沓掛山三角点、ここでも一応タッチ☝️

洛西ニュータウン?が見えました。亀岡から山中を越えて、いよいよ京都市内が近づいて来ました。

洛西ニュータウン?が見えました。亀岡から山中を越えて、いよいよ京都市内が近づいて来ました。

洛西ニュータウン?が見えました。亀岡から山中を越えて、いよいよ京都市内が近づいて来ました。

沓掛山からの下りでようやく京都市内が見えて来ました。遠くに京都タワー🗼がうっすら見えます。
本能寺の変は夜間決行したので、当時は片手に持つ松明だけでは、京都盆地内も広く見えなかったでしょうが、下りに差し掛かって、さぁ本能寺と気持ちも高ぶり始めたのではないでしょうか。

沓掛山からの下りでようやく京都市内が見えて来ました。遠くに京都タワー🗼がうっすら見えます。 本能寺の変は夜間決行したので、当時は片手に持つ松明だけでは、京都盆地内も広く見えなかったでしょうが、下りに差し掛かって、さぁ本能寺と気持ちも高ぶり始めたのではないでしょうか。

沓掛山からの下りでようやく京都市内が見えて来ました。遠くに京都タワー🗼がうっすら見えます。 本能寺の変は夜間決行したので、当時は片手に持つ松明だけでは、京都盆地内も広く見えなかったでしょうが、下りに差し掛かって、さぁ本能寺と気持ちも高ぶり始めたのではないでしょうか。

竹やぶの柵にいくつものこうした蛇模型が括りつけられていて、おもちゃとはいえ、見る都度ヒヤヒヤさせられました。

竹やぶの柵にいくつものこうした蛇模型が括りつけられていて、おもちゃとはいえ、見る都度ヒヤヒヤさせられました。

竹やぶの柵にいくつものこうした蛇模型が括りつけられていて、おもちゃとはいえ、見る都度ヒヤヒヤさせられました。

唐櫃越えの京都市内側の起点です。
市街地に入りましたが、本能寺はまだまだ、あと約7kmです。

唐櫃越えの京都市内側の起点です。 市街地に入りましたが、本能寺はまだまだ、あと約7kmです。

唐櫃越えの京都市内側の起点です。 市街地に入りましたが、本能寺はまだまだ、あと約7kmです。

桂川を越えます。越えてもまだ5km余りありますが、いよいよとの気持ちが湧いて来ました。

桂川を越えます。越えてもまだ5km余りありますが、いよいよとの気持ちが湧いて来ました。

桂川を越えます。越えてもまだ5km余りありますが、いよいよとの気持ちが湧いて来ました。

西京極陸上競技場、毎年12月に開催される全国高校駅伝の発着地点、私もテレビ観戦していますが思わず門越しにパチリ📸

西京極陸上競技場、毎年12月に開催される全国高校駅伝の発着地点、私もテレビ観戦していますが思わず門越しにパチリ📸

西京極陸上競技場、毎年12月に開催される全国高校駅伝の発着地点、私もテレビ観戦していますが思わず門越しにパチリ📸

何とか無事到着。「此付近 本能寺」の石碑前です。
だいぶ脚にきていますが、さぁこれから本番、信長と戦うんだという当時の武将の命懸けの意気込みは凄い❗の一言です。
周りを1周すると、当時の本能寺は大名「信長」が宿泊したとはいえ、それほど広くない感じに思われます。明智軍1万数千に囲まれ、且つ朝方襲撃、戦の防備もしていない状態ならひとたまりもなかっただろうと思います。

何とか無事到着。「此付近 本能寺」の石碑前です。 だいぶ脚にきていますが、さぁこれから本番、信長と戦うんだという当時の武将の命懸けの意気込みは凄い❗の一言です。 周りを1周すると、当時の本能寺は大名「信長」が宿泊したとはいえ、それほど広くない感じに思われます。明智軍1万数千に囲まれ、且つ朝方襲撃、戦の防備もしていない状態ならひとたまりもなかっただろうと思います。

何とか無事到着。「此付近 本能寺」の石碑前です。 だいぶ脚にきていますが、さぁこれから本番、信長と戦うんだという当時の武将の命懸けの意気込みは凄い❗の一言です。 周りを1周すると、当時の本能寺は大名「信長」が宿泊したとはいえ、それほど広くない感じに思われます。明智軍1万数千に囲まれ、且つ朝方襲撃、戦の防備もしていない状態ならひとたまりもなかっただろうと思います。

本能寺跡の碑。
今の本能寺はもう少し先に別にありますが当時はこの地点にあったそうです。
この地に立つと感無量、当時の光秀の気持ち、迎え撃った信長の胸中を思うと目頭が熱くなってきます。
何か私自身も新たな境地が見えて来た想いです。この気持ちを今後いかに活かしていくかが大事ですね。

本能寺跡の碑。 今の本能寺はもう少し先に別にありますが当時はこの地点にあったそうです。 この地に立つと感無量、当時の光秀の気持ち、迎え撃った信長の胸中を思うと目頭が熱くなってきます。 何か私自身も新たな境地が見えて来た想いです。この気持ちを今後いかに活かしていくかが大事ですね。

本能寺跡の碑。 今の本能寺はもう少し先に別にありますが当時はこの地点にあったそうです。 この地に立つと感無量、当時の光秀の気持ち、迎え撃った信長の胸中を思うと目頭が熱くなってきます。 何か私自身も新たな境地が見えて来た想いです。この気持ちを今後いかに活かしていくかが大事ですね。

本能寺から京都駅へ向かう途中に、東本願寺のライトアップ、見事です。

本能寺から京都駅へ向かう途中に、東本願寺のライトアップ、見事です。

本能寺から京都駅へ向かう途中に、東本願寺のライトアップ、見事です。

本能寺で感傷に浸っている間にもう日が沈んでしまいました。京都タワー🗼が美しくそびえ立っています。思えば唐櫃越えで遠くにうっすら見えたタワーが目の前に…
よく歩いて来たもんだな。
交差点で止まるとドッと疲れが来ますね😥

本能寺で感傷に浸っている間にもう日が沈んでしまいました。京都タワー🗼が美しくそびえ立っています。思えば唐櫃越えで遠くにうっすら見えたタワーが目の前に… よく歩いて来たもんだな。 交差点で止まるとドッと疲れが来ますね😥

本能寺で感傷に浸っている間にもう日が沈んでしまいました。京都タワー🗼が美しくそびえ立っています。思えば唐櫃越えで遠くにうっすら見えたタワーが目の前に… よく歩いて来たもんだな。 交差点で止まるとドッと疲れが来ますね😥

ようやく京都駅まで着きました、というより何とかたどり着きました💦😩
足は完全に死んでいます。

ようやく京都駅まで着きました、というより何とかたどり着きました💦😩 足は完全に死んでいます。

ようやく京都駅まで着きました、というより何とかたどり着きました💦😩 足は完全に死んでいます。

今日は終日雨模様、本能寺の変ルート実行どうするか、朝方やや躊躇しましたが、いざ決行❗電車で亀岡駅で下車。

駅南口から徒歩数分で、丹波亀山城跡に到着、お堀に立派な明智光秀像、尊敬する人物でもあり、何度も最敬礼。光秀は残念ながら歴史教科書では「本能寺の変」でしか登場しないので、人民に優しい優れた統治能力など知られていないのが極めて残念。でも、駅員、観光センター、昼飯買い込んだコンビニの店員と少し話すと、皆さん光秀を尊敬している様子がうかがえ、とても嬉しかったですね👌

丹波亀山城の説明書き。歴史大ファンの私は各地のこうした説明板はもちろん完読です。

大手門入口石垣。この亀山城は、丹波から山陰方面攻略の一拠点であり、ドシッと地域支配で置かれたお城🏯ではないようですが、そこそこ防御力の高い立派な石垣と掘りで固められていました。

高さ7-8mはあるのかな、立派な野面積みの石垣でした。

光秀の「水色桔梗紋」。美濃(岐阜県)の土岐氏一門の家紋ですね。 美しい家紋です。

亀山城から、これから越えていく唐櫃越え山に向かってひた軍を進めます。

馬堀駅前に親切にも本能寺へのルートが詳しく説明されています。 結構行く人多いのかな? 老の坂方面も行軍ルートの1つではありますが、今は国道9号バイパスで通過する車もスピード出すので、徒歩は極めて危険とのことで、唐櫃越えで行きます。唐櫃越え(からとごえ)の由来は、光秀の官職「惟任日向守(これとうひゅうがのかみ)」の「これとう」の「これとうごえ」が訛り「からとごえ」になったと伝わっているとのことです。

本能寺方面へ越えていく山がだんだん近づいで来て、緊張感も沸いて来ました。山越える前に、コンビニで大量のエネルギー源🍙買い込みます。

保津峡のトロッコ列車。ここから保津川下りスタートしますが、今日は大雨で川が増水し、川下り中止とのことでした。秋の紅葉🍁シーズン、昔行きましたが、綺麗でしたね。また行ってみたいです。

険しい峠入口にはこうしたお地蔵さんをよく見かけますが、峠越えで命を落とされた方々向けなのだろうか。当時は道の整備や山登りの装備は現代のようには備えられておらず、命懸けの山越えでしたので、命を落とした方々も多かったようです。お祈り、合掌。

これから越えていく山々です。見えている山の奥にもさらに続きますが、本能寺へ向かって意を決して進んでいきます。

如意寺(山本城)越えると、いよいよ本格的な山道へ入ります。 今日は舗装路も多いので、雨の日用の滑りにくいトレーニングシューズ+ポール使用でカバーしたいと思います。山独特の涼しい風が来て、いっそう心が引き締まります。

明智軍は当時どんな想いで歩いたのだろうか、一歩一歩、想い耽りながらの登りです。

山道に入り、最初はこのような険しい狭い道が続きます。明智軍も縦一列でようやく進めるくらいで、とても馬で通るのは難しいと思われます。足軽歩兵部隊のみがこちらの唐櫃越えを進んだのか…

まず1番目の山、みすぎ山の山頂です。霧がかかりながらも亀岡市内が一望できました。本能寺はまだまだ先です。💦🏃

一応、三角点にタッチ☝️ 片手スマホ撮影、だんだん慣れて来ました。

みすぎ山越えて、少し歩くとヤマップに絶景のマーク、やはりよい景色でした。下に保津川渓谷見えましたが、茶色に濁った増水、さすがに今日は川下り難しそうですね。

雨が降ったり止んだりの天気ですが、遠くの景色は一応くっきり見えます。

いったん道幅広がり林道へ。当時もこんな感じだったのだろうか? 本能寺に早朝着くためには、ゆっくり歩を進める訳にもいかず、道幅広い所は行軍スピード上げたのかもしれない。

道には後ろにあるような看板が至るところに設置されており、非常に歩きやすかったです。(本能寺の道)の文字を見るたび勇気が湧いて来ました。

登山道は所々倒木で荒れており、 倒木の先の道がどこへ続いているのか、迷うケースも何回かありました。ただし、そこは最近使い始めたYAMAPの力、道外れの警告音に従って、赤線の登山道へ軌道修正できました。 紙の地図だけで歩いていた当時、大和葛城山でも下山中迷って遭難しかかったことがありましたが、今はもう違います✌️ しかし、あの時は死ぬかと思いましたが…

みすぎ山に続き、2つ目の山、沓掛山頂まで来ました。ちょっとした小広場になっており、脚ストレッチ&🍙腹ごしらえします。 後は京都方面へ下り坂です。

沓掛山三角点、ここでも一応タッチ☝️

洛西ニュータウン?が見えました。亀岡から山中を越えて、いよいよ京都市内が近づいて来ました。

沓掛山からの下りでようやく京都市内が見えて来ました。遠くに京都タワー🗼がうっすら見えます。 本能寺の変は夜間決行したので、当時は片手に持つ松明だけでは、京都盆地内も広く見えなかったでしょうが、下りに差し掛かって、さぁ本能寺と気持ちも高ぶり始めたのではないでしょうか。

竹やぶの柵にいくつものこうした蛇模型が括りつけられていて、おもちゃとはいえ、見る都度ヒヤヒヤさせられました。

唐櫃越えの京都市内側の起点です。 市街地に入りましたが、本能寺はまだまだ、あと約7kmです。

桂川を越えます。越えてもまだ5km余りありますが、いよいよとの気持ちが湧いて来ました。

西京極陸上競技場、毎年12月に開催される全国高校駅伝の発着地点、私もテレビ観戦していますが思わず門越しにパチリ📸

何とか無事到着。「此付近 本能寺」の石碑前です。 だいぶ脚にきていますが、さぁこれから本番、信長と戦うんだという当時の武将の命懸けの意気込みは凄い❗の一言です。 周りを1周すると、当時の本能寺は大名「信長」が宿泊したとはいえ、それほど広くない感じに思われます。明智軍1万数千に囲まれ、且つ朝方襲撃、戦の防備もしていない状態ならひとたまりもなかっただろうと思います。

本能寺跡の碑。 今の本能寺はもう少し先に別にありますが当時はこの地点にあったそうです。 この地に立つと感無量、当時の光秀の気持ち、迎え撃った信長の胸中を思うと目頭が熱くなってきます。 何か私自身も新たな境地が見えて来た想いです。この気持ちを今後いかに活かしていくかが大事ですね。

本能寺から京都駅へ向かう途中に、東本願寺のライトアップ、見事です。

本能寺で感傷に浸っている間にもう日が沈んでしまいました。京都タワー🗼が美しくそびえ立っています。思えば唐櫃越えで遠くにうっすら見えたタワーが目の前に… よく歩いて来たもんだな。 交差点で止まるとドッと疲れが来ますね😥

ようやく京都駅まで着きました、というより何とかたどり着きました💦😩 足は完全に死んでいます。

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