【知多】高砂山(87m)警固山(84m)

2021.07.04(日) 日帰り

活動データ

タイム

04:17

距離

14.9km

のぼり

403m

くだり

403m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
4 時間 17
休憩時間
29
距離
14.9 km
のぼり / くだり
403 / 403 m
4 18

活動詳細

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えっ、何!? 市町村界に足を進めると、突然カラスのガラガラ声が鳴り響いてきた。軽バンが林道にトロトロ入ってきた。荷室にはスピーカーが積み込んである。そこから、派手にカラスの鳴き声が響き渡る。 男が降りてきた。そして猟銃を構えた。なるほど、そういうことか。カラスをおびき寄せて撃とうというわけだ。 その男の視線は、舞い上がったカラスの群れにクギづけだ。男は集中力を切らすことなく、構えた猟銃を発砲した・・・獲物を逃した男は、さらに次の獲物を狙おうとするが、既に射程距離の外だった。 男はまだ、こちらに気づいていない。ここは、まずは自分の存在をアピールしないと。カラスの鳴き声に負けないボリュームで男に声をかける。彼は表情を変えることなく、こちらに寄ってきて、こちらの値踏みを始めた。 一言二言、意味のない会話の後、彼は「この先、鉄砲撃ちがたくさんいるから気ぃつけてや」と言った。 さらに林道を進むと、なるほど、7~8台の車が目に入った。同数のオレンジ色の男たち。足元には、カラスが五列ずつ並べられている。その数20羽を越えていた。どうやら、市から委託を受けた捕獲従事者らしい。 でも、待てよ。猟銃を撃っていた人はオレンジベストを着用してなかった。地味~な黒服の上下だった。着用義務はないにしても、素人目からすると緊張する場面だった。 しばらく歩くと、アマチュア無線家の姿。物干しざお大のアンテナを立てて交信していました。あのスケールのアンテナだと、一体どこまで電波届くんだろうね。 警固山で一休みして下ると、男女のペアさんが登ってきました。「山頂はこの先ですよね」と女性。でも、まさかここで人に会おうとは。同好の士、というやつでしょうか。 ✻✻✻ おまけ① ✻✻✻ 土曜日が休日出勤、日曜日は午後に用事。山から見放された週末。 それなら、と知多半島の里&山へGO!です。   いきなり山頂に車横づけ。高砂山の駐車場からスタート。まずはココテラスの丘へ。店は10時開店なので、たまごいっぱいプリンも、ふわさくシューもお預け。 鴨の浜公園の浸食崖を見に海岸沿いへ。浜辺を横断して堤防に上がると、一人の男がクレーンの操作を練習中。マリンジェットのレンタル会社らしい。 『盛田味の館』と『盛田(株)の小鈴谷工場』をつないで歩きます。まだランチ時間でもないし、菜めし田楽定食は次回だね。 盛田一族と言えば、盛田昭夫のイメージ。井深大と共にSONYを創業した人物で盛田家の15代当主です。 ここには、盛田家11代目が作った私塾、鈴渓義塾(れいけいぎじゅく)があります。ここから巣立った人物には、トヨタ自動車工業の会長、名古屋帝国大学の創立に尽力した人物、戦艦ヤマトの第四代艦長、標準語の父と呼ばれる文学博士などがいます。 さて、次は小脇公園。イベント企画なのか、ジャガイモ掘りの幸せ家族。近くに土砂の採土場があって、市長の開発許可証が何枚も張りつけてありました。都市公園の隣だし、トラブルでもあった様子。うーん、「開発」って一体何なのかな。みんなが幸せになれるのかな。 人間ウォッチングです。畑仕事のおばあちゃん。ワンちゃん連れの女子。堤防で釣り竿を振る男性。おや、さら地にテントが張ってあります。キャベツとパイナップルと月桂冠!?そこに神主さんが現れました。なるほど!地鎮祭かぁ!ちっちゃな子をベビーカーに乗せた若夫婦がちょっと緊張顔です。 広場に子供を遊ばせる夫婦。雨がパラつき始めると、「ヤバい!」の声を残して、あわてて家に帰っていきます。 田んぼや畑脇には、クチナシ・ノウゼンカズラ・イワダレソウ・アレチハナガサ・メマツヨイグサ・ヒメジョオン・ヤブカンゾウ。 外歩きのたびごと、五感が研ぎ澄まされます。耳を澄ますと、血液がサラサラ流れる音が聞こえるかも(笑)。 ✻✻✻ おまけ② ✻✻✻ 盛田酒造(株)のTさんお会いしたことがあります。彼は生産本部の管理課長さん。 話してみると、灘・伏見・西条の酒処に負けない名醸地を自負しつつ、それでも350年の「のれん」に安住しない心意気を感じました。 盛田家はSONYの盛田昭夫の生家。けれども、今ではSONYブランドを語る必要もないほど、醸造メーカーとしての地位を築きました。日本酒の醸造の技術を、みそ、しょう油、つゆ、たれ、発酵調味料などに応用し、多くの商品ラインナップを取りそろえています。 昔は、清酒造りのために、わざわざ越後杜氏を招いていました。けれど、今では自前で杜氏を育て、8年連続で全国新酒鑑評会金賞を受賞するほど。 いじわるな私は、近隣の造り酒屋とは路線が違うことに、やんわり触れてみました。すると、こんな骨太な答えが返ってきました。「ご指摘頂いたことは、もっともです。お互い刺激を与え合いながら、物まねではないオリジナリティで勝負していこうと思っています。」 そう言って、彼はニッコリ白い歯を見せました。 ✻✻✻ おまけ③ ✻✻✻ 鈴渓資料館のKさんと話したことがあります。彼は盛田酒造(株)の「酒造りのキーマン」でした。定年後は、この資料館の門番生活(笑)とか。 彼に言わせれば、最近の酒は風味がないとか。あくまでも彼の自説ですが、大吟醸はケタ違いな手間がかかります。そのプロセスで、とことん米を磨き上げるので、水のような飲み口となり、それが好き嫌いを分けるそうです。 彼は、酒の品質を決めるブレンダーとして働いてきました。身体を壊すと酒の風味がわからなくなるので、健康管理には人一倍気をつけてきたそうです。 過去は振り返らないのがモットーの盛田家でしたが、東京在住の娘さんを中心に、聖心女子大の助けを得て、膨大な資料の整理が始まりました。 庄屋さんだった盛田家には、近世の重要な古文書が多く残されています。慶長の検地帳や大福帳、酒之帳等の帳簿類など。 興味深いのは、十返舎一九の二世が、ここに居候していたことです。Kさんが見せてくれた一枚の絵は、美術を見る目のない私にも、その価値がわかりました。 帰り際に「味の館」で盛田昭夫の足跡に触れました。マイケル・ジャクソンやシンディ・ローパーと共に、にこやかに写真におさまっている盛田昭夫の姿が忘れられません。

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