5.5mで助かった命<三陸・本州最東端>

2017.10.07(土) 2 DAYS
加賀鳶
加賀鳶

嫁さんと二人でどこか温泉でも... そう思ってた今回の連休だが、急遽大阪の親戚から呼ばれた嫁さんにポツンと取り残されたワタシ。 しかしこれは願ってもないビックチャンス到来! 以前から計画倒れになっていた「本州最東端」が真っ先に頭に浮かんだ。 初日の天気予報はイマイチだが後二日は間違いない。 目指す岩手県・盛岡までは730km。 北陸道→磐越道→東北道と、ちょうど200kmごとに給油出来るSAだけを確認し、 北上する雨雲を追いかける様に土曜朝9時、金沢を出発した。 幸いにも日本海側から徐々に晴れ間が広がり、佐渡島を横目に見ながら磐越道へ。 磐梯山は残念ながら雲の中だったが、この日は移動日と割り切り久しぶりの東北道へ。 ここからいよいよ紅葉渋滞が始まるか?! と思ったら天気のせいかそれほどでもなく快調にぶっ飛ばす。 しかし福島市あたりから霧雨に遭い、花巻市手前でとうとう雨雲に追いつく。 ちょうどビールも飲みたくなって来た頃でもあり躊躇せずに高速を下りた。 せっかくだから宮沢賢治の世界観も一緒に...味わってみるとしよう。。。 今回も泊まるというより情報収集と休憩も兼ねてネットカフェを利用。 それが功を奏したと言っていいのか...このお陰で翌日の行動予定がガラッと変わった。 10/7(土)バイク移動696km 行動9時間 10/8(日)バイク1110km、徒歩7.6km 21時間 そんな三陸の旅日記を 恥ずかしながらご紹介させて頂きますm(_ _)m <震災遺構> 興味のない方はスルーして下さい。 ネットカフェで三陸で色々と検索していたところ、大変興味深い記事に辿り着いた。 岩手県宮古市田老地区にある田老(たろう)観光ホテル。 田老町は明治29年と昭和8年の三陸沖地震による津波で甚大な被害を受けたため、世界でも類を見ない高さ10m、総延長2.4kmにも及ぶ日本の万里の長城とも揶揄される長大な防潮堤を起工から半世紀の年月をかけて築いていました。 昭和8年の津波被害の時には、全村を高台に移転しようという計画もあったらしいが、巨大な防潮堤を築くことにその費用を使い、人々は元の場所に集落を形成した。 当然、防潮堤だけでなく高台等に避難する経路も整備され、田老町は防災意識の高い津波防災の町を宣言していたが、 東日本大震災では押し寄せた大津波が一瞬のうちに防潮堤の一部を破壊したうえに、津波の高さは防潮堤の高さをゆうに越えていたため内側の市街地にまたもや甚大な被害が出てしまった。 そんな中、津波に流されず倒れず残ったのが田老観光ホテルだった。 そして普代村の水門。 東日本大震災では大津波をはじき返し、普代村の人的被害を死者ゼロ、行方不明者1名に抑えこんだ施設。 田老町の防潮堤が高さ10mなのに対し、普代村の水門と防潮堤は高さ15.5m。 この15.5mという高さは昭和8年の大津波を体験した元村長さんが 「この高さでなければ意味がない」と、こだわった数字なんだそうです。 来るかどうかも知れない大津波を防ぐために高さ15.5mの防潮堤を造る。 建設当時には猛烈な反対運動があったとされています。 しかし15.5mの高さでなければ津波が防潮堤を越えてしまう。2度あったことは3度あってはならない と、 元村長さんが人生をかけて築き上げた設備が結果として、多くの人命を救うことになった。 未曾有の大津波をはじき返して、現在も原型をとどめてそこに鎮座する普代水門の前に立つと、 私もその水門や防潮堤に神々しさすら感じました。

まずはVIPコーナーにて。佐渡へ渡る方々と、あーでもないこーでもないと語り合う楽しいひととき(^^)

まずはVIPコーナーにて。佐渡へ渡る方々と、あーでもないこーでもないと語り合う楽しいひととき(^^)

まずはVIPコーナーにて。佐渡へ渡る方々と、あーでもないこーでもないと語り合う楽しいひととき(^^)

磐越道手前のSAでは地元中学生が「私たちの町を知って欲しい!」と胸を張って堂々と主張していた。素晴らしい!!

磐越道手前のSAでは地元中学生が「私たちの町を知って欲しい!」と胸を張って堂々と主張していた。素晴らしい!!

磐越道手前のSAでは地元中学生が「私たちの町を知って欲しい!」と胸を張って堂々と主張していた。素晴らしい!!

急遽お客さんと連絡取ってる時に後ろからなにやら足音が。高速でなんで足音?と思い振り返るとNEXCO東日本の方でしょうか。:どうかされました?:いや大丈夫です。:あっ電話してるだけですか。どうぞお気をつけて(^^) なんとも爽やかなで迅速な対応にほっこりしました。ご迷惑掛けてすみませんm(_ _)mご苦労様です(^^)

急遽お客さんと連絡取ってる時に後ろからなにやら足音が。高速でなんで足音?と思い振り返るとNEXCO東日本の方でしょうか。:どうかされました?:いや大丈夫です。:あっ電話してるだけですか。どうぞお気をつけて(^^) なんとも爽やかなで迅速な対応にほっこりしました。ご迷惑掛けてすみませんm(_ _)mご苦労様です(^^)

急遽お客さんと連絡取ってる時に後ろからなにやら足音が。高速でなんで足音?と思い振り返るとNEXCO東日本の方でしょうか。:どうかされました?:いや大丈夫です。:あっ電話してるだけですか。どうぞお気をつけて(^^) なんとも爽やかなで迅速な対応にほっこりしました。ご迷惑掛けてすみませんm(_ _)mご苦労様です(^^)

磐梯山SAで喜多方ラーメンを期待していたんたが...ここは会津ラーメンか(^_^; でも結構美味かったですよ!!

磐梯山SAで喜多方ラーメンを期待していたんたが...ここは会津ラーメンか(^_^; でも結構美味かったですよ!!

磐梯山SAで喜多方ラーメンを期待していたんたが...ここは会津ラーメンか(^_^; でも結構美味かったですよ!!

高速を降り花巻市内を走ってる途中、駅裏のなんでもない道路沿いに突然こんな物が!ブラックライトで浮かび上がる「未来都市銀河地球鉄道壁画」これは良かった。たぶん昼間は見れません(^_^;

高速を降り花巻市内を走ってる途中、駅裏のなんでもない道路沿いに突然こんな物が!ブラックライトで浮かび上がる「未来都市銀河地球鉄道壁画」これは良かった。たぶん昼間は見れません(^_^;

高速を降り花巻市内を走ってる途中、駅裏のなんでもない道路沿いに突然こんな物が!ブラックライトで浮かび上がる「未来都市銀河地球鉄道壁画」これは良かった。たぶん昼間は見れません(^_^;

<翌日>2時に出発し鵜ノ巣(うのす)断崖にて太平洋から昇る朝日を眺める。雲の隙間から放たれる今日一番新しい光に感動した。

<翌日>2時に出発し鵜ノ巣(うのす)断崖にて太平洋から昇る朝日を眺める。雲の隙間から放たれる今日一番新しい光に感動した。

<翌日>2時に出発し鵜ノ巣(うのす)断崖にて太平洋から昇る朝日を眺める。雲の隙間から放たれる今日一番新しい光に感動した。

横には教科書に出てきそうな三陸リアス式海岸。高低差は200m程あるんだとか。隠岐の島以来の断崖にこちらも興奮した。素晴らしい!来て良かった(^^)

横には教科書に出てきそうな三陸リアス式海岸。高低差は200m程あるんだとか。隠岐の島以来の断崖にこちらも興奮した。素晴らしい!来て良かった(^^)

横には教科書に出てきそうな三陸リアス式海岸。高低差は200m程あるんだとか。隠岐の島以来の断崖にこちらも興奮した。素晴らしい!来て良かった(^^)

広い駐車場をこの日は独占。ここから断崖まで徒歩5分程度です。見えてる建物はトイレですが...残念な事になってました(-_-)。事前に済ませておいた方が賢明です。

広い駐車場をこの日は独占。ここから断崖まで徒歩5分程度です。見えてる建物はトイレですが...残念な事になってました(-_-)。事前に済ませておいた方が賢明です。

広い駐車場をこの日は独占。ここから断崖まで徒歩5分程度です。見えてる建物はトイレですが...残念な事になってました(-_-)。事前に済ませておいた方が賢明です。

そしてこれが前日に知った普代の水門。元村長さんが猛反対にも一切ブレすに人生を懸けて築かれたもの。

そしてこれが前日に知った普代の水門。元村長さんが猛反対にも一切ブレすに人生を懸けて築かれたもの。

そしてこれが前日に知った普代の水門。元村長さんが猛反対にも一切ブレすに人生を懸けて築かれたもの。

津波が襲来した直後の水門。実際には、東日本大震災の余震で県道の扉の開閉が緊急停止し、間一髪、手動に切り替えて閉めたそうです。

津波が襲来した直後の水門。実際には、東日本大震災の余震で県道の扉の開閉が緊急停止し、間一髪、手動に切り替えて閉めたそうです。

津波が襲来した直後の水門。実際には、東日本大震災の余震で県道の扉の開閉が緊急停止し、間一髪、手動に切り替えて閉めたそうです。

すぐ近くにある太田名部防潮堤。確かに防潮堤の先の集落は無事だったみたいだ。

すぐ近くにある太田名部防潮堤。確かに防潮堤の先の集落は無事だったみたいだ。

すぐ近くにある太田名部防潮堤。確かに防潮堤の先の集落は無事だったみたいだ。

実際は越えてはいる様だが、この15.5mという高さが後に明暗を分ける事となる。

実際は越えてはいる様だが、この15.5mという高さが後に明暗を分ける事となる。

実際は越えてはいる様だが、この15.5mという高さが後に明暗を分ける事となる。

水門の先にある普代の浜。普代浜北側の園地はキャンプ場やレストハウスがあったらしいが津波で全壊した。今は地元の中学生が考えた「キラウミ」という愛称で、またにぎわいを取り戻そうとされている。

水門の先にある普代の浜。普代浜北側の園地はキャンプ場やレストハウスがあったらしいが津波で全壊した。今は地元の中学生が考えた「キラウミ」という愛称で、またにぎわいを取り戻そうとされている。

水門の先にある普代の浜。普代浜北側の園地はキャンプ場やレストハウスがあったらしいが津波で全壊した。今は地元の中学生が考えた「キラウミ」という愛称で、またにぎわいを取り戻そうとされている。

振り返ってあらためて水門を眺めて見る。ここ一面あれを越える高さだったんだと想像するとゾッとする。

振り返ってあらためて水門を眺めて見る。ここ一面あれを越える高さだったんだと想像するとゾッとする。

振り返ってあらためて水門を眺めて見る。ここ一面あれを越える高さだったんだと想像するとゾッとする。

先の写真の太田名部防潮堤。なにも知らなかったらただ通り過ぎて終わってただろう。

先の写真の太田名部防潮堤。なにも知らなかったらただ通り過ぎて終わってただろう。

先の写真の太田名部防潮堤。なにも知らなかったらただ通り過ぎて終わってただろう。

普代水門とこの太田名部防潮堤により、普代村内の人的被害を死者ゼロ、行方不明者を1名に抑えた奇跡の水門と防潮堤。わざわざ訪れる価値はあると思う。

普代水門とこの太田名部防潮堤により、普代村内の人的被害を死者ゼロ、行方不明者を1名に抑えた奇跡の水門と防潮堤。わざわざ訪れる価値はあると思う。

普代水門とこの太田名部防潮堤により、普代村内の人的被害を死者ゼロ、行方不明者を1名に抑えた奇跡の水門と防潮堤。わざわざ訪れる価値はあると思う。

少し移動し、今度は”たろう観光ホテル”にやってきた。当時は付近住民や観光客の憩いの場だったとか。写真は在りし日の姿。現在は...

少し移動し、今度は”たろう観光ホテル”にやってきた。当時は付近住民や観光客の憩いの場だったとか。写真は在りし日の姿。現在は...

少し移動し、今度は”たろう観光ホテル”にやってきた。当時は付近住民や観光客の憩いの場だったとか。写真は在りし日の姿。現在は...

こーなってます。震度5強の地震に耐え抜き、津波で1階と2階部分が鉄骨を残してなくなってますが、倒壊せずに建ち残った。この周辺も復興はまだまだ先といった感じ。脇には駐車場と公衆トイレがあり、現在は震災遺構として有料で内部を見学出来る様になってます。

こーなってます。震度5強の地震に耐え抜き、津波で1階と2階部分が鉄骨を残してなくなってますが、倒壊せずに建ち残った。この周辺も復興はまだまだ先といった感じ。脇には駐車場と公衆トイレがあり、現在は震災遺構として有料で内部を見学出来る様になってます。

こーなってます。震度5強の地震に耐え抜き、津波で1階と2階部分が鉄骨を残してなくなってますが、倒壊せずに建ち残った。この周辺も復興はまだまだ先といった感じ。脇には駐車場と公衆トイレがあり、現在は震災遺構として有料で内部を見学出来る様になってます。

日本の万里の長城とまで言われた高さ10mのこの防潮堤も津波で一部を破壊され、グラウンド奥に見える”たろう観光ホテル”以外...町は壊滅的な被害を受けた。10mと15.5m、結果論ではあるがその高さで明暗が分かれてしまったのかもしれないと思うと、あらためて元村長さんの凄さを感じた。

日本の万里の長城とまで言われた高さ10mのこの防潮堤も津波で一部を破壊され、グラウンド奥に見える”たろう観光ホテル”以外...町は壊滅的な被害を受けた。10mと15.5m、結果論ではあるがその高さで明暗が分かれてしまったのかもしれないと思うと、あらためて元村長さんの凄さを感じた。

日本の万里の長城とまで言われた高さ10mのこの防潮堤も津波で一部を破壊され、グラウンド奥に見える”たろう観光ホテル”以外...町は壊滅的な被害を受けた。10mと15.5m、結果論ではあるがその高さで明暗が分かれてしまったのかもしれないと思うと、あらためて元村長さんの凄さを感じた。

途中にあった浄土ヶ浜に立ち寄ってみた。
観光地としてもとても有名な所で、この日も多くの方が訪れていた。

途中にあった浄土ヶ浜に立ち寄ってみた。 観光地としてもとても有名な所で、この日も多くの方が訪れていた。

途中にあった浄土ヶ浜に立ち寄ってみた。 観光地としてもとても有名な所で、この日も多くの方が訪れていた。

当初はこの鋭くとがった白い流紋岩越しに朝日を楽しもうと思っていた。雪をまとった景色も素晴らしいそうです。

当初はこの鋭くとがった白い流紋岩越しに朝日を楽しもうと思っていた。雪をまとった景色も素晴らしいそうです。

当初はこの鋭くとがった白い流紋岩越しに朝日を楽しもうと思っていた。雪をまとった景色も素晴らしいそうです。

新しく変わっていく町を眺めているかのよう。

新しく変わっていく町を眺めているかのよう。

新しく変わっていく町を眺めているかのよう。

防潮堤もさも当たり前のように この景色に馴染んでいくんでしょうね。私たちは決して目を背けず、しっかりと伝えていかねばならぬと感じた。

防潮堤もさも当たり前のように この景色に馴染んでいくんでしょうね。私たちは決して目を背けず、しっかりと伝えていかねばならぬと感じた。

防潮堤もさも当たり前のように この景色に馴染んでいくんでしょうね。私たちは決して目を背けず、しっかりと伝えていかねばならぬと感じた。

さて、次はいよいよ本州最東端のある重茂半島へ。(注:シゲシゲと読んだしろべさん!”おもえはんとう”と読むんですよ(笑) そこへはこの北側山ルートと南側海岸ルートのどちからで行ける。帰りに海岸ルートを走ってみたが決してオススメしない。バイクでも嫌んなった(^_^;

さて、次はいよいよ本州最東端のある重茂半島へ。(注:シゲシゲと読んだしろべさん!”おもえはんとう”と読むんですよ(笑) そこへはこの北側山ルートと南側海岸ルートのどちからで行ける。帰りに海岸ルートを走ってみたが決してオススメしない。バイクでも嫌んなった(^_^;

さて、次はいよいよ本州最東端のある重茂半島へ。(注:シゲシゲと読んだしろべさん!”おもえはんとう”と読むんですよ(笑) そこへはこの北側山ルートと南側海岸ルートのどちからで行ける。帰りに海岸ルートを走ってみたが決してオススメしない。バイクでも嫌んなった(^_^;

本州最東端の地にあるトドヶ埼灯台へ向かう遊歩道の出発点にあるキャンプ場。昨年4月、日帰り専門のキャンプ場として生まれ変わったらしいです。この先の海側にも駐車スペースあり。

本州最東端の地にあるトドヶ埼灯台へ向かう遊歩道の出発点にあるキャンプ場。昨年4月、日帰り専門のキャンプ場として生まれ変わったらしいです。この先の海側にも駐車スペースあり。

本州最東端の地にあるトドヶ埼灯台へ向かう遊歩道の出発点にあるキャンプ場。昨年4月、日帰り専門のキャンプ場として生まれ変わったらしいです。この先の海側にも駐車スペースあり。

そこで昆布を干していた皆さんとしばし歓談。これも旅の楽しみのひとつ(^^)

そこで昆布を干していた皆さんとしばし歓談。これも旅の楽しみのひとつ(^^)

そこで昆布を干していた皆さんとしばし歓談。これも旅の楽しみのひとつ(^^)

すぐ横から登山道。そうなんです!歩かなきゃ行けないんですよ!! 約4km、白山で言う南竜分岐までだな...(この際標高差はどーでもいい)

すぐ横から登山道。そうなんです!歩かなきゃ行けないんですよ!! 約4km、白山で言う南竜分岐までだな...(この際標高差はどーでもいい)

すぐ横から登山道。そうなんです!歩かなきゃ行けないんですよ!! 約4km、白山で言う南竜分岐までだな...(この際標高差はどーでもいい)

青空が気持ちいい! ってそうじゃなく、ここにも震災遺構なるものが。

青空が気持ちいい! ってそうじゃなく、ここにも震災遺構なるものが。

青空が気持ちいい! ってそうじゃなく、ここにも震災遺構なるものが。

有名なのかは知らんが、落ちそうで落ちない浮玉。よくも数年間この状態で落ちないもんです。受験生の新パワースポットとしてもいいのではないか...と、不埒な考えをしてしまうワタシ。

有名なのかは知らんが、落ちそうで落ちない浮玉。よくも数年間この状態で落ちないもんです。受験生の新パワースポットとしてもいいのではないか...と、不埒な考えをしてしまうワタシ。

有名なのかは知らんが、落ちそうで落ちない浮玉。よくも数年間この状態で落ちないもんです。受験生の新パワースポットとしてもいいのではないか...と、不埒な考えをしてしまうワタシ。

前の見上げた写真を撮ったトコから下を見下ろす。この姉𠮷地区は本州では最高の40.4mの高さまで津波が上がったとの事。車中泊される方は先ほどの上にある日帰りキャンプ場をオススメします。

前の見上げた写真を撮ったトコから下を見下ろす。この姉𠮷地区は本州では最高の40.4mの高さまで津波が上がったとの事。車中泊される方は先ほどの上にある日帰りキャンプ場をオススメします。

前の見上げた写真を撮ったトコから下を見下ろす。この姉𠮷地区は本州では最高の40.4mの高さまで津波が上がったとの事。車中泊される方は先ほどの上にある日帰りキャンプ場をオススメします。

さて歩こう! ここは左右にずっと沢山の花が咲いていた(^^)(アキノキリンソウ)

さて歩こう! ここは左右にずっと沢山の花が咲いていた(^^)(アキノキリンソウ)

さて歩こう! ここは左右にずっと沢山の花が咲いていた(^^)(アキノキリンソウ)

ほら!(ハマシラヤマギク)

ほら!(ハマシラヤマギク)

ほら!(ハマシラヤマギク)

ほらほら!!
(toshiさん全部ヘルプですm(_ _)m(笑)
(亀甲白熊、toshiさん!ありがとうございます(^^)

ほらほら!! (toshiさん全部ヘルプですm(_ _)m(笑) (亀甲白熊、toshiさん!ありがとうございます(^^)

ほらほら!! (toshiさん全部ヘルプですm(_ _)m(笑) (亀甲白熊、toshiさん!ありがとうございます(^^)

太平洋より広い心を持つtoshiさん頼みで、またスタスタ歩く(^_^)v
 たまに上を向いて あら綺麗(^^)

太平洋より広い心を持つtoshiさん頼みで、またスタスタ歩く(^_^)v  たまに上を向いて あら綺麗(^^)

太平洋より広い心を持つtoshiさん頼みで、またスタスタ歩く(^_^)v  たまに上を向いて あら綺麗(^^)

もう西穂独標まで登ったかと勘違いするほどの急登だったがまだこれだけ(T_T)

もう西穂独標まで登ったかと勘違いするほどの急登だったがまだこれだけ(T_T)

もう西穂独標まで登ったかと勘違いするほどの急登だったがまだこれだけ(T_T)

海が見えるっていいね(^^)

海が見えるっていいね(^^)

海が見えるっていいね(^^)

赤松の森。昔は梁などの建築材料でもありましたが、今では下地材で僅かに使われる程度。神がマツの木に天から降りることを待つ(マツ)という説と、松の葉が二股に分かれている様子からの股(マタ)が転訛したらしい説あり。sexyな太ももに見えるのはワタシだけでしょうか(T_T)

赤松の森。昔は梁などの建築材料でもありましたが、今では下地材で僅かに使われる程度。神がマツの木に天から降りることを待つ(マツ)という説と、松の葉が二股に分かれている様子からの股(マタ)が転訛したらしい説あり。sexyな太ももに見えるのはワタシだけでしょうか(T_T)

赤松の森。昔は梁などの建築材料でもありましたが、今では下地材で僅かに使われる程度。神がマツの木に天から降りることを待つ(マツ)という説と、松の葉が二股に分かれている様子からの股(マタ)が転訛したらしい説あり。sexyな太ももに見えるのはワタシだけでしょうか(T_T)

なんて考えてると、あら到着(^^) いい雰囲気のトコですね~!魹ヶ埼灯台(とどがさきとうだい)です。

なんて考えてると、あら到着(^^) いい雰囲気のトコですね~!魹ヶ埼灯台(とどがさきとうだい)です。

なんて考えてると、あら到着(^^) いい雰囲気のトコですね~!魹ヶ埼灯台(とどがさきとうだい)です。

これまでである意味一番遠かった最果ての地。ようやく辿り着けました(^_^)v

これまでである意味一番遠かった最果ての地。ようやく辿り着けました(^_^)v

これまでである意味一番遠かった最果ての地。ようやく辿り着けました(^_^)v

その横に並んでる揮毫。「喜びも悲しみも幾年月」の手記を発表した灯台長夫人田中きよさんのものです。映画にもなったそうですね。

その横に並んでる揮毫。「喜びも悲しみも幾年月」の手記を発表した灯台長夫人田中きよさんのものです。映画にもなったそうですね。

その横に並んでる揮毫。「喜びも悲しみも幾年月」の手記を発表した灯台長夫人田中きよさんのものです。映画にもなったそうですね。

いま本州で自分より東には誰もいない。そんな馬鹿げた事を考える為にここに来た。

いま本州で自分より東には誰もいない。そんな馬鹿げた事を考える為にここに来た。

いま本州で自分より東には誰もいない。そんな馬鹿げた事を考える為にここに来た。

ただ座って遠くを眺める。もちろん海しかないんですが(^_^;

ただ座って遠くを眺める。もちろん海しかないんですが(^_^;

ただ座って遠くを眺める。もちろん海しかないんですが(^_^;

波が打ち付ける力強さはハンパない! ホント良い日に来れました(^^)

波が打ち付ける力強さはハンパない! ホント良い日に来れました(^^)

波が打ち付ける力強さはハンパない! ホント良い日に来れました(^^)

ここにも物好きがひとり(笑)青森の青年としばし「秘境談議」で盛り上がった(^^) どこかの端っこでまた逢おう!

ここにも物好きがひとり(笑)青森の青年としばし「秘境談議」で盛り上がった(^^) どこかの端っこでまた逢おう!

ここにも物好きがひとり(笑)青森の青年としばし「秘境談議」で盛り上がった(^^) どこかの端っこでまた逢おう!

最果ての地に咲く花。 

最果ての地に咲く花。

最果ての地に咲く花。 

なんか人の名前みたい。幻の滝は写真なかったら見に行ったかな(^_^; あっ!灯台にもトイレあり。綺麗でしたよ!

なんか人の名前みたい。幻の滝は写真なかったら見に行ったかな(^_^; あっ!灯台にもトイレあり。綺麗でしたよ!

なんか人の名前みたい。幻の滝は写真なかったら見に行ったかな(^_^; あっ!灯台にもトイレあり。綺麗でしたよ!

左は太平洋への断崖。黒部・水平歩道※だけで言えば実はこんな感じのトコが多い。※下ノ廊下とは水平歩道と旧日電歩道のふたつを総じた名称。

左は太平洋への断崖。黒部・水平歩道※だけで言えば実はこんな感じのトコが多い。※下ノ廊下とは水平歩道と旧日電歩道のふたつを総じた名称。

左は太平洋への断崖。黒部・水平歩道※だけで言えば実はこんな感じのトコが多い。※下ノ廊下とは水平歩道と旧日電歩道のふたつを総じた名称。

コシヒカリと読んだあなた! 残念ですがワタシと一緒レベルですね(笑)

コシヒカリと読んだあなた! 残念ですがワタシと一緒レベルですね(笑)

コシヒカリと読んだあなた! 残念ですがワタシと一緒レベルですね(笑)

帰りに見つけた東日本大震災での津波到達地点の石碑。

帰りに見つけた東日本大震災での津波到達地点の石碑。

帰りに見つけた東日本大震災での津波到達地点の石碑。

そしてすぐ上に過去に建てられた大津波記念碑が(写真右側) 明治29年と昭和8年に襲来した津波で集落が壊滅したこと、この碑より海側に家を建ててはならないことを刻んであります。

そしてすぐ上に過去に建てられた大津波記念碑が(写真右側) 明治29年と昭和8年に襲来した津波で集落が壊滅したこと、この碑より海側に家を建ててはならないことを刻んであります。

そしてすぐ上に過去に建てられた大津波記念碑が(写真右側) 明治29年と昭和8年に襲来した津波で集落が壊滅したこと、この碑より海側に家を建ててはならないことを刻んであります。

集落の人々はこの碑に刻まれた事を守り続けたため、東日本大震災でも人家の津波による損壊は無かったそうだ。

集落の人々はこの碑に刻まれた事を守り続けたため、東日本大震災でも人家の津波による損壊は無かったそうだ。

集落の人々はこの碑に刻まれた事を守り続けたため、東日本大震災でも人家の津波による損壊は無かったそうだ。

三陸をまわってみると至る所にこの看板がありました。未来にもちゃんと伝えていかなきゃいけませんね。海抜2mにも満たない我が家も決して対岸の火事ではありません。今回は大変有意義な旅となりました。

三陸をまわってみると至る所にこの看板がありました。未来にもちゃんと伝えていかなきゃいけませんね。海抜2mにも満たない我が家も決して対岸の火事ではありません。今回は大変有意義な旅となりました。

三陸をまわってみると至る所にこの看板がありました。未来にもちゃんと伝えていかなきゃいけませんね。海抜2mにも満たない我が家も決して対岸の火事ではありません。今回は大変有意義な旅となりました。

釜石の道の駅で一緒になったハーレー乗りのお父さん!見たまんまの人の良さ(^^) 岩手を好きになって帰って下さいと仰ってました。 楽しい一期一会をありがとうございました(^^)

釜石の道の駅で一緒になったハーレー乗りのお父さん!見たまんまの人の良さ(^^) 岩手を好きになって帰って下さいと仰ってました。 楽しい一期一会をありがとうございました(^^)

釜石の道の駅で一緒になったハーレー乗りのお父さん!見たまんまの人の良さ(^^) 岩手を好きになって帰って下さいと仰ってました。 楽しい一期一会をありがとうございました(^^)

蔵王PAから青麻山。その前に奥羽山脈のシルエットがこれでもかと綺麗~に見えてたんですが...なにせ停まるトコがない(^_^; 

蔵王PAから青麻山。その前に奥羽山脈のシルエットがこれでもかと綺麗~に見えてたんですが...なにせ停まるトコがない(^_^;

蔵王PAから青麻山。その前に奥羽山脈のシルエットがこれでもかと綺麗~に見えてたんですが...なにせ停まるトコがない(^_^; 

<おまけ>これは北陸道から関越道に入った最初にあるPA。新潟から北陸道に入り、後はそのまま本線のみ走ってりゃ勝手に金沢だと思ってたが...北陸道へは長岡JCTで側道に行かんといかんのよね(-_-) で、見事そのまま関越道突っ走ったバカ(T_T)

<おまけ>これは北陸道から関越道に入った最初にあるPA。新潟から北陸道に入り、後はそのまま本線のみ走ってりゃ勝手に金沢だと思ってたが...北陸道へは長岡JCTで側道に行かんといかんのよね(-_-) で、見事そのまま関越道突っ走ったバカ(T_T)

<おまけ>これは北陸道から関越道に入った最初にあるPA。新潟から北陸道に入り、後はそのまま本線のみ走ってりゃ勝手に金沢だと思ってたが...北陸道へは長岡JCTで側道に行かんといかんのよね(-_-) で、見事そのまま関越道突っ走ったバカ(T_T)

いよいよ本州最果ての地巡りもリーチがかかった!(おまけに中心も含む(笑) 残すは最西端ただひとつ(^_^)v
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いよいよ本州最果ての地巡りもリーチがかかった!(おまけに中心も含む(笑) 残すは最西端ただひとつ(^_^)v

いよいよ本州最果ての地巡りもリーチがかかった!(おまけに中心も含む(笑) 残すは最西端ただひとつ(^_^)v

〈10/15写真追加〉ビフォー…
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〈10/15写真追加〉ビフォー…

〈10/15写真追加〉ビフォー…

アフター❗️
日本の蔵はやっぱいいね〜(^^)
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アフター❗️ 日本の蔵はやっぱいいね〜(^^)

アフター❗️ 日本の蔵はやっぱいいね〜(^^)

10年後のご挨拶。通常の床板の厚みは12mm程度ですが、このお宅に限っては断面を見て分かる通り75mmの無垢材を贅沢に使わせていただいた。10年経っても新建材には無い天然木の味がある。
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10年後のご挨拶。通常の床板の厚みは12mm程度ですが、このお宅に限っては断面を見て分かる通り75mmの無垢材を贅沢に使わせていただいた。10年経っても新建材には無い天然木の味がある。

10年後のご挨拶。通常の床板の厚みは12mm程度ですが、このお宅に限っては断面を見て分かる通り75mmの無垢材を贅沢に使わせていただいた。10年経っても新建材には無い天然木の味がある。

2011年に「世界で最も美しい駅14選」の6位に選ばれた地元金沢駅。今日は美味い🍺飲んで、ただ今帰宅中😊
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2011年に「世界で最も美しい駅14選」の6位に選ばれた地元金沢駅。今日は美味い🍺飲んで、ただ今帰宅中😊

2011年に「世界で最も美しい駅14選」の6位に選ばれた地元金沢駅。今日は美味い🍺飲んで、ただ今帰宅中😊

まずはVIPコーナーにて。佐渡へ渡る方々と、あーでもないこーでもないと語り合う楽しいひととき(^^)

磐越道手前のSAでは地元中学生が「私たちの町を知って欲しい!」と胸を張って堂々と主張していた。素晴らしい!!

急遽お客さんと連絡取ってる時に後ろからなにやら足音が。高速でなんで足音?と思い振り返るとNEXCO東日本の方でしょうか。:どうかされました?:いや大丈夫です。:あっ電話してるだけですか。どうぞお気をつけて(^^) なんとも爽やかなで迅速な対応にほっこりしました。ご迷惑掛けてすみませんm(_ _)mご苦労様です(^^)

磐梯山SAで喜多方ラーメンを期待していたんたが...ここは会津ラーメンか(^_^; でも結構美味かったですよ!!

高速を降り花巻市内を走ってる途中、駅裏のなんでもない道路沿いに突然こんな物が!ブラックライトで浮かび上がる「未来都市銀河地球鉄道壁画」これは良かった。たぶん昼間は見れません(^_^;

<翌日>2時に出発し鵜ノ巣(うのす)断崖にて太平洋から昇る朝日を眺める。雲の隙間から放たれる今日一番新しい光に感動した。

横には教科書に出てきそうな三陸リアス式海岸。高低差は200m程あるんだとか。隠岐の島以来の断崖にこちらも興奮した。素晴らしい!来て良かった(^^)

広い駐車場をこの日は独占。ここから断崖まで徒歩5分程度です。見えてる建物はトイレですが...残念な事になってました(-_-)。事前に済ませておいた方が賢明です。

そしてこれが前日に知った普代の水門。元村長さんが猛反対にも一切ブレすに人生を懸けて築かれたもの。

津波が襲来した直後の水門。実際には、東日本大震災の余震で県道の扉の開閉が緊急停止し、間一髪、手動に切り替えて閉めたそうです。

すぐ近くにある太田名部防潮堤。確かに防潮堤の先の集落は無事だったみたいだ。

実際は越えてはいる様だが、この15.5mという高さが後に明暗を分ける事となる。

水門の先にある普代の浜。普代浜北側の園地はキャンプ場やレストハウスがあったらしいが津波で全壊した。今は地元の中学生が考えた「キラウミ」という愛称で、またにぎわいを取り戻そうとされている。

振り返ってあらためて水門を眺めて見る。ここ一面あれを越える高さだったんだと想像するとゾッとする。

先の写真の太田名部防潮堤。なにも知らなかったらただ通り過ぎて終わってただろう。

普代水門とこの太田名部防潮堤により、普代村内の人的被害を死者ゼロ、行方不明者を1名に抑えた奇跡の水門と防潮堤。わざわざ訪れる価値はあると思う。

少し移動し、今度は”たろう観光ホテル”にやってきた。当時は付近住民や観光客の憩いの場だったとか。写真は在りし日の姿。現在は...

こーなってます。震度5強の地震に耐え抜き、津波で1階と2階部分が鉄骨を残してなくなってますが、倒壊せずに建ち残った。この周辺も復興はまだまだ先といった感じ。脇には駐車場と公衆トイレがあり、現在は震災遺構として有料で内部を見学出来る様になってます。

日本の万里の長城とまで言われた高さ10mのこの防潮堤も津波で一部を破壊され、グラウンド奥に見える”たろう観光ホテル”以外...町は壊滅的な被害を受けた。10mと15.5m、結果論ではあるがその高さで明暗が分かれてしまったのかもしれないと思うと、あらためて元村長さんの凄さを感じた。

途中にあった浄土ヶ浜に立ち寄ってみた。 観光地としてもとても有名な所で、この日も多くの方が訪れていた。

当初はこの鋭くとがった白い流紋岩越しに朝日を楽しもうと思っていた。雪をまとった景色も素晴らしいそうです。

新しく変わっていく町を眺めているかのよう。

防潮堤もさも当たり前のように この景色に馴染んでいくんでしょうね。私たちは決して目を背けず、しっかりと伝えていかねばならぬと感じた。

さて、次はいよいよ本州最東端のある重茂半島へ。(注:シゲシゲと読んだしろべさん!”おもえはんとう”と読むんですよ(笑) そこへはこの北側山ルートと南側海岸ルートのどちからで行ける。帰りに海岸ルートを走ってみたが決してオススメしない。バイクでも嫌んなった(^_^;

本州最東端の地にあるトドヶ埼灯台へ向かう遊歩道の出発点にあるキャンプ場。昨年4月、日帰り専門のキャンプ場として生まれ変わったらしいです。この先の海側にも駐車スペースあり。

そこで昆布を干していた皆さんとしばし歓談。これも旅の楽しみのひとつ(^^)

すぐ横から登山道。そうなんです!歩かなきゃ行けないんですよ!! 約4km、白山で言う南竜分岐までだな...(この際標高差はどーでもいい)

青空が気持ちいい! ってそうじゃなく、ここにも震災遺構なるものが。

有名なのかは知らんが、落ちそうで落ちない浮玉。よくも数年間この状態で落ちないもんです。受験生の新パワースポットとしてもいいのではないか...と、不埒な考えをしてしまうワタシ。

前の見上げた写真を撮ったトコから下を見下ろす。この姉𠮷地区は本州では最高の40.4mの高さまで津波が上がったとの事。車中泊される方は先ほどの上にある日帰りキャンプ場をオススメします。

さて歩こう! ここは左右にずっと沢山の花が咲いていた(^^)(アキノキリンソウ)

ほら!(ハマシラヤマギク)

ほらほら!! (toshiさん全部ヘルプですm(_ _)m(笑) (亀甲白熊、toshiさん!ありがとうございます(^^)

太平洋より広い心を持つtoshiさん頼みで、またスタスタ歩く(^_^)v  たまに上を向いて あら綺麗(^^)

もう西穂独標まで登ったかと勘違いするほどの急登だったがまだこれだけ(T_T)

海が見えるっていいね(^^)

赤松の森。昔は梁などの建築材料でもありましたが、今では下地材で僅かに使われる程度。神がマツの木に天から降りることを待つ(マツ)という説と、松の葉が二股に分かれている様子からの股(マタ)が転訛したらしい説あり。sexyな太ももに見えるのはワタシだけでしょうか(T_T)

なんて考えてると、あら到着(^^) いい雰囲気のトコですね~!魹ヶ埼灯台(とどがさきとうだい)です。

これまでである意味一番遠かった最果ての地。ようやく辿り着けました(^_^)v

その横に並んでる揮毫。「喜びも悲しみも幾年月」の手記を発表した灯台長夫人田中きよさんのものです。映画にもなったそうですね。

いま本州で自分より東には誰もいない。そんな馬鹿げた事を考える為にここに来た。

ただ座って遠くを眺める。もちろん海しかないんですが(^_^;

波が打ち付ける力強さはハンパない! ホント良い日に来れました(^^)

ここにも物好きがひとり(笑)青森の青年としばし「秘境談議」で盛り上がった(^^) どこかの端っこでまた逢おう!

最果ての地に咲く花。 

なんか人の名前みたい。幻の滝は写真なかったら見に行ったかな(^_^; あっ!灯台にもトイレあり。綺麗でしたよ!

左は太平洋への断崖。黒部・水平歩道※だけで言えば実はこんな感じのトコが多い。※下ノ廊下とは水平歩道と旧日電歩道のふたつを総じた名称。

コシヒカリと読んだあなた! 残念ですがワタシと一緒レベルですね(笑)

帰りに見つけた東日本大震災での津波到達地点の石碑。

そしてすぐ上に過去に建てられた大津波記念碑が(写真右側) 明治29年と昭和8年に襲来した津波で集落が壊滅したこと、この碑より海側に家を建ててはならないことを刻んであります。

集落の人々はこの碑に刻まれた事を守り続けたため、東日本大震災でも人家の津波による損壊は無かったそうだ。

三陸をまわってみると至る所にこの看板がありました。未来にもちゃんと伝えていかなきゃいけませんね。海抜2mにも満たない我が家も決して対岸の火事ではありません。今回は大変有意義な旅となりました。

釜石の道の駅で一緒になったハーレー乗りのお父さん!見たまんまの人の良さ(^^) 岩手を好きになって帰って下さいと仰ってました。 楽しい一期一会をありがとうございました(^^)

蔵王PAから青麻山。その前に奥羽山脈のシルエットがこれでもかと綺麗~に見えてたんですが...なにせ停まるトコがない(^_^; 

<おまけ>これは北陸道から関越道に入った最初にあるPA。新潟から北陸道に入り、後はそのまま本線のみ走ってりゃ勝手に金沢だと思ってたが...北陸道へは長岡JCTで側道に行かんといかんのよね(-_-) で、見事そのまま関越道突っ走ったバカ(T_T)

いよいよ本州最果ての地巡りもリーチがかかった!(おまけに中心も含む(笑) 残すは最西端ただひとつ(^_^)v

〈10/15写真追加〉ビフォー…

アフター❗️ 日本の蔵はやっぱいいね〜(^^)

10年後のご挨拶。通常の床板の厚みは12mm程度ですが、このお宅に限っては断面を見て分かる通り75mmの無垢材を贅沢に使わせていただいた。10年経っても新建材には無い天然木の味がある。

2011年に「世界で最も美しい駅14選」の6位に選ばれた地元金沢駅。今日は美味い🍺飲んで、ただ今帰宅中😊