二上山の麓に相撲故事

2021.06.24(木) 日帰り

毎年7月7日が近づくと、思い馳せるのは當麻蹶速と野見宿禰の相撲故事。 以前、車を走らせていたら、ふと腰折田の観光スポットを見かけたので、今日は訪れてみました。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− (以下日本書紀にある相撲故事の紹介です。) 日本書紀の垂仁天皇七年七月七日の条に、次のような記事がります。 (天皇の)おそばの者がもうすに、當麻邑に當麻蹶速と申す勇敢な人がいて、何とか強力の者に会い、生死を問わない力比べをしたいと日頃豪語していますと。 天皇は群臣達に、當麻蹶速に勝る者はいるだろうかと問うと、ひとりが、出雲国に野見宿禰という勇者がいると聞いていますと答えたので、野見宿禰を呼び當麻蹶速と『角力』させた。宿禰は蹶速のあばらを踏み砕き、腰を踏みくじいて殺した。そこで當麻蹶速の土地を野見宿禰に与えた。これがその邑に腰折田のあるわけです。 この力比べの記事は、後に相撲起源となり、古代では、毎年7月7日に、全国から相撲人を集め、相撲節を開いていたそうです。 さて、この野見宿禰は、後に、殉死の代りに埴輪を埋葬することを提言し、その功で、土師氏の祖となったと、再び日本書紀に登場します。 土師氏は、古墳造りで大きな力を持った氏族ですね。 ですから、先の力比べの話は、土師氏が古墳造営に欠かせない、二上山の石の採掘権を得た話であるとの説や、野見宿禰の野見は、石を加工する時のノミから来てるとする説もあるようです。 また、野見宿禰の出身は、今の島根の出雲ではなく、桜井から長谷寺へいく途中に出雲という地名があり、ここの出身だという伝承もあり、野見宿禰の碑なども残っています。 この野見宿禰に始まる土師氏は、とても興味深い歴史が色々あって、おいおいまた紹介したいと思っています。 関連日記 古市古墳群巡り★土師物語 https://yamap.com/activities/5942564 #YAMAP

久々の二上山歩き。万葉の森駐車場から。

久々の二上山歩き。万葉の森駐車場から。

久々の二上山歩き。万葉の森駐車場から。

季節柄、紫陽花が供えられていますね。

季節柄、紫陽花が供えられていますね。

季節柄、紫陽花が供えられていますね。

明日から1ヶ月近く、古代池まで通行止めとな。今日来てて良かった〜

明日から1ヶ月近く、古代池まで通行止めとな。今日来てて良かった〜

明日から1ヶ月近く、古代池まで通行止めとな。今日来てて良かった〜

トイレは1日だけ。

トイレは1日だけ。

トイレは1日だけ。

目に止まったお花。

目に止まったお花。

目に止まったお花。

まずは石切場跡へ

まずは石切場跡へ

まずは石切場跡へ

その看板の下に、ニンジソウ?

その看板の下に、ニンジソウ?

その看板の下に、ニンジソウ?

二上山周辺は太古火山帯で、火山灰が固まった凝灰岩が堆積し。あちこちで切り出されています。ここで切出された石が高松塚古墳に使われていたとか。

二上山周辺は太古火山帯で、火山灰が固まった凝灰岩が堆積し。あちこちで切り出されています。ここで切出された石が高松塚古墳に使われていたとか。

二上山周辺は太古火山帯で、火山灰が固まった凝灰岩が堆積し。あちこちで切り出されています。ここで切出された石が高松塚古墳に使われていたとか。

こちら岩屋。日本では珍しい石窟寺院跡です。太子町では、中将姫はここで曼荼羅を織ったと伝承されてきました。

こちら岩屋。日本では珍しい石窟寺院跡です。太子町では、中将姫はここで曼荼羅を織ったと伝承されてきました。

こちら岩屋。日本では珍しい石窟寺院跡です。太子町では、中将姫はここで曼荼羅を織ったと伝承されてきました。

岩屋峠から祐泉寺へ降りてきました。ここはいつも緑が溢れてます。

岩屋峠から祐泉寺へ降りてきました。ここはいつも緑が溢れてます。

岩屋峠から祐泉寺へ降りてきました。ここはいつも緑が溢れてます。

二上嶽w

二上嶽w

二上嶽w

この張り紙、金剛山にも欲しいわ。金剛山、ノーリードの犬連れ多すぎ。

この張り紙、金剛山にも欲しいわ。金剛山、ノーリードの犬連れ多すぎ。

この張り紙、金剛山にも欲しいわ。金剛山、ノーリードの犬連れ多すぎ。

鳥谷口古墳。こちらが本当の大津皇子のお墓じゃないかと言われています。

鳥谷口古墳。こちらが本当の大津皇子のお墓じゃないかと言われています。

鳥谷口古墳。こちらが本当の大津皇子のお墓じゃないかと言われています。

ちょっと上ってみましょう。

ちょっと上ってみましょう。

ちょっと上ってみましょう。

石室が見れます。

石室が見れます。

石室が見れます。

石棺ですね。もちろん、二上山の石で造られています。

石棺ですね。もちろん、二上山の石で造られています。

石棺ですね。もちろん、二上山の石で造られています。

きょうは、があがあ見あたらなかった。

きょうは、があがあ見あたらなかった。

きょうは、があがあ見あたらなかった。

このお堂横の小径を入っていくと。

このお堂横の小径を入っていくと。

このお堂横の小径を入っていくと。

中将姫のお墓と言われている塔があります。

中将姫のお墓と言われている塔があります。

中将姫のお墓と言われている塔があります。

紫陽花いいねえ。

紫陽花いいねえ。

紫陽花いいねえ。

當麻寺に来ました。手前は中将姫の像。奥は本堂で、當麻曼荼羅が本尊です。

當麻寺に来ました。手前は中将姫の像。奥は本堂で、當麻曼荼羅が本尊です。

當麻寺に来ました。手前は中将姫の像。奥は本堂で、當麻曼荼羅が本尊です。

あ

うん

うん

うん

WANTED

WANTED

WANTED

蹶速塚に来ました。

蹶速塚に来ました。

蹶速塚に来ました。

この五輪塔がそうですね。當麻蹶速は野見宿禰に負けたとなっているのですが、後々、土地の人々に語られ祀られてきたってのがいいですね。

この五輪塔がそうですね。當麻蹶速は野見宿禰に負けたとなっているのですが、後々、土地の人々に語られ祀られてきたってのがいいですね。

この五輪塔がそうですね。當麻蹶速は野見宿禰に負けたとなっているのですが、後々、土地の人々に語られ祀られてきたってのがいいですね。

その故事に因んで、横に相撲館があります。

その故事に因んで、横に相撲館があります。

その故事に因んで、横に相撲館があります。

二上山がよく見える

二上山がよく見える

二上山がよく見える

お、腰折田の案内発見!

お、腰折田の案内発見!

お、腰折田の案内発見!

これが、腰折田の案内スポットか。

これが、腰折田の案内スポットか。

これが、腰折田の案内スポットか。

うしろに田があるね。

うしろに田があるね。

うしろに田があるね。

ふむふむ

ふむふむ

ふむふむ

ふむふむ

ふむふむ

ふむふむ

力士像と二上山。像の奥にあるサークルは土俵だね。

力士像と二上山。像の奥にあるサークルは土俵だね。

力士像と二上山。像の奥にあるサークルは土俵だね。

道の駅で、ざるそば頂きました。500円です。

道の駅で、ざるそば頂きました。500円です。

道の駅で、ざるそば頂きました。500円です。

公園を一周して、帰ります。

公園を一周して、帰ります。

公園を一周して、帰ります。

再び祐泉寺。

再び祐泉寺。

再び祐泉寺。

もうひとつの、二上嶽の石碑w

もうひとつの、二上嶽の石碑w

もうひとつの、二上嶽の石碑w

安定の馬の背で暫し休憩し、下山しました。

安定の馬の背で暫し休憩し、下山しました。

安定の馬の背で暫し休憩し、下山しました。

久々の二上山歩き。万葉の森駐車場から。

季節柄、紫陽花が供えられていますね。

明日から1ヶ月近く、古代池まで通行止めとな。今日来てて良かった〜

トイレは1日だけ。

目に止まったお花。

まずは石切場跡へ

その看板の下に、ニンジソウ?

二上山周辺は太古火山帯で、火山灰が固まった凝灰岩が堆積し。あちこちで切り出されています。ここで切出された石が高松塚古墳に使われていたとか。

こちら岩屋。日本では珍しい石窟寺院跡です。太子町では、中将姫はここで曼荼羅を織ったと伝承されてきました。

岩屋峠から祐泉寺へ降りてきました。ここはいつも緑が溢れてます。

二上嶽w

この張り紙、金剛山にも欲しいわ。金剛山、ノーリードの犬連れ多すぎ。

鳥谷口古墳。こちらが本当の大津皇子のお墓じゃないかと言われています。

ちょっと上ってみましょう。

石室が見れます。

石棺ですね。もちろん、二上山の石で造られています。

きょうは、があがあ見あたらなかった。

このお堂横の小径を入っていくと。

中将姫のお墓と言われている塔があります。

紫陽花いいねえ。

當麻寺に来ました。手前は中将姫の像。奥は本堂で、當麻曼荼羅が本尊です。

うん

WANTED

蹶速塚に来ました。

この五輪塔がそうですね。當麻蹶速は野見宿禰に負けたとなっているのですが、後々、土地の人々に語られ祀られてきたってのがいいですね。

その故事に因んで、横に相撲館があります。

二上山がよく見える

お、腰折田の案内発見!

これが、腰折田の案内スポットか。

うしろに田があるね。

ふむふむ

ふむふむ

力士像と二上山。像の奥にあるサークルは土俵だね。

道の駅で、ざるそば頂きました。500円です。

公園を一周して、帰ります。

再び祐泉寺。

もうひとつの、二上嶽の石碑w

安定の馬の背で暫し休憩し、下山しました。