赤城山 〜もしも谷崎潤一郎が山レポ書いたら〜

2021.06.13(日) 日帰り

活動データ

タイム

02:46

距離

5.0km

のぼり

578m

くだり

578m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
2 時間 46
休憩時間
18
距離
5.0 km
のぼり / くだり
578 / 578 m
36
40
25

活動詳細

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〜もしも谷崎潤一郎が山レポ書いたら〜 近頃の私は、汽車の音響が完全に聞こえない場所へ行って、せめて一日だけでもゆっくり寝ころんだり考えたりしてみたいと云う要求を、しばしば感ずる。 そこへいくと山は、人間に依って汚されざる清い空気を呼吸する点において、すこぶる都合が良い。 しかし、富士山のように宣伝されてしまったのでは、都会の延長になって山岳としても意義を失うわけである。ほんとうに山の霊気に触れようとするのであれば、成るべく世間に知られていない山岳地帯を物色するより仕方ない。 今回、私が登った赤城山は展望の雄大さ、風光の秀麗さにおいて、アルプス地方の山々には及ぶべくもないであろうが、山高きが故に貴からず、人間臭や都会臭のないのを以って貴しとすれば、凡山の方が却って山らしい趣があり、俗塵にまみれた心や腸を洗ってくれ、旅行の目的に添うものであろうと目論見、訪れることとした。 私は、登山口を前にして、草木や虫が微かに耳の奥へ沈み込むようにジイと鳴っている、あの遠い虫の音のようなおとを聴きつゝこれから登る山の味わいに思いをひそめる時、いつもの自分が三昧境に惹き入れられるのを覚える。茶人が湯のたぎるおとに尾上の松風を連想しながら無我の境に入ると云うのも、恐らくそれに似た心持なのであろう。 山頂からは幾間を隔てた遠い遠い山々や湖の明かりを捉えて、ぼうっと夢のように照り返している。私は、その照り返しが、夕暮れの地平線のように、あたりの闇へ実に弱々しい沈痛な美しさを投げているところを夢想する。 残念ながらここも都会臭は否めなかったものの、深田翁はこの山を「逍遥(ぶらぶら歩く事)の山」と呼んだが、まさにその名のとおりの山行であった。 以上、お粗末様 夏山靴のソールを張替えに出して手持ち無沙汰だったため、スニーカーで登れそうな山ということで。 親子連れや高齢者が目立ちましたが、たまにはこういう山も初心に帰って良いなと。 静かな山では無いけど、手軽に山の気分に浸れました。

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