活動データ
タイム
05:25
距離
4.6km
のぼり
386m
くだり
386m
活動詳細
すべて見る十二ヶ岳の山名の由来を考えるのに、十二の意味が何を示すかを特定する必要がある。十二と言えば身近なところで、1年の12カ月、時計の示す12進法、干支の十二支など幾つか思い当たるものがある。当初は、この山名が方角に由来したものではないかと考え、それを裏付けるものを探した。🤔 2005年2月に高山市へ編入されたこの辺りは、それまで大野郡丹生川村(にゅうかわむら)であった。村名の由来は明治の初めと歴史は意外に浅い。中心を流れる小八賀川(こはちがわ)を万葉集で丹生の川と表現したことに由来し付けられたそうだ。 斐太人の 真木流すといふ 丹生の川 言は通へど 舟ぞ通はぬ (訳:飛騨人(ひだびと)が立派な材木を流すという丹生の川。渓流なので両岸から声を掛け合うことはできるが、船は往来できない。)🎎 丹生とは仏像のメッキ、建造物の朱塗りに使われる水銀のことで、もとは産出される鉱山の名称であり、現在は地名にもなっている。三重県多気郡多気町にある丹生鉱山は、その水銀の産出を飛鳥(あすか)時代から担ってきた。しかし、飛騨の丹生川村には水銀を発掘したと言う歴史は無い。最近では、万葉集にあるこの歌も、三重県多気町で詠まれたものではないかと言われている。⛏️ さて話が脱線したので元に戻すが、この旧丹生川村の集落と十二と言う数字を結び付けるものは何か。🧭 山頂標識の案内によれば、「十二ヶ岳」の名前の由来は、高山市丹生川町折敷地(おしきじ)、大萱(おおがや)、瓜田(うりだ)、板殿(いたんど)にまたがって、山襞(やまひだ≒谷)が十二あるからだと言われている。また異説としてはこの山頂から、十二の山々が望めるところから十二ヶ岳と名付けられたとも。 由来についてはどれも地図や地理的な特徴をマクロで見なければ考え付かないと思うから、これが山名の由来かと言われると怪しい感じもする。 独立峰ではなく、周りに12もの印象に残る谷(山襞)が有るかと言えば疑問だし、谷に名前が付くほど切り立った場所でもない。また、名立たる山名を12峰上げたことについても、乗鞍は1峰でも穂高は前穂高、西穂高、北穂高、奥穂高と分割して数えられている。西穂高などはそもそも長野県側から見た場合の位置で、岐阜県側から見れば正面の穂高である。穂高自体、場所によっては御幣岳と言われていたことを考えると、十二の由来もコジツケの感じは否めない。 とりあえず地図上で、地理的な特徴を確かめるため、山の周辺の地図を眺めてみる。すると大小数多くの神社が有ることに気付いた。😱 伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)、日抱神社(ひだきじんじゃ)、熊野神社(くまのじんじゃ)、日輪神社(にちりんじんじゃ)、白山神社(はくさんじんじゃ)などだ。伊太祁曽神社、日抱神社は何れも主祭神がスサノオの子供の五十猛大神(いそたけるのおおかみ)であり、林業・山の神である。日輪神社は室町時代にこの一帯と統括していた斯波(しば)氏の鎮守社。白山神社は言わずと知れた全国区。そしてここで注目したのは熊野神社である。🤔 熊野神社の系列のもので十二所権現社などと呼ばれる、熊野三山の神(熊野権現)を祀ったものがある。 熊野三山の神はスサノオ、イザナギ、イザナミ、アマテラス、ニニギなど12神を指し、十二所権現社と言われている。 もう一つ、これとは別に十二所(社)神社というものがある。この十二所神社自体はこの近辺には存在しないが、主に上信越地方で見られ十二様という山の神を祀るもののようだ。 十二ヶ岳の山名を由来づけるには無理が有るのかも知れないが、私はむしろこの十二所神社の十二様こそが、そもそもの始まりでは無いかと思う。🏞️ もともと飛騨高山は天孫降臨の地と言われ、日本神話には事欠かない場所である。また、その後の大和朝廷の時代も、勢力の及ぶ土地はこの辺りが境界であったと考えられる。🪨🌊 山本和幸氏の著書「地名由来 飛騨・美濃」(まつお出版)で飛騨の由来は、北アルプスの山が襞(ひだ)襞(ひだ)だからではなく、鄙(ひな)びた場所 即ち僻(へき)地を意味するものが語源であると主張する。飛騨、斐太、恵那、伊那、飯田などは全て語源が同じと考えられるのだそうだ。つまり、大和朝廷の力が及ばないこの土地で、十二様という山の神を信仰するなか、その後も数多(あまた)の勢力がその覇権を争い、その土地に神の名を刻もうとする永い歴史の中で、十二という数字が色々形を変え引き継がれて行ったのではないかと考える。🥸全国的に見ても十二を地名として名乗る場所は多く、十二様を祀った名残りでは無いかと言われている。 現在の十二ヶ岳の山頂に祀られているのは笹山神社で、権現様(徳川家康?)、お多賀様(長寿の神)、蚕玉様(養蚕の神)の三神が祭ってある。山の神、林業の神から、健康と豊作を願う神々に変わったのか?いや、これこそが十二様という山の神を祀る本来の意味なのかも知れない。山には神々が宿り、山林はもちろん農作物から海の恵みに至るまで全ての源であると昔から人々が敬ってきた。そして十二の神もその時代の信仰する人々により変化したのだろう。現在の主祭神の宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)は養蚕の豊蚕を願う神として崇められたようだ。余談だが、伏見稲荷(お稲荷さん)はこの神を崇め、広くは穀物の神であることから、豊作を願う神となっている。🌾 最後にこの祠から少し下ったところに山毛欅(ぶな)の老木をご神木とした鳥居があるが、その傍らに「大山神神」と彫られた石標が立てかけてある。十二様としての大山祇神と言う山の神を祀るもののようだ。ここに来て縁が無いと思っていた十二様と繋がった。🪵🌳⛩ 今回は十二の山名に秘められた、神世の時代から受け継がれた歴史の山「十二ヶ岳」に想いを馳せながらも、ノンビリとミチクサ満載のソーシャルハイキングとした。🐰🐵🦝
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