2021年4月28日〜5月4日大峯奥駈道①山上ヶ岳他

2021.04.28(水) 3 DAYS

4月27日(火) 23時40分東京発高速バス 28日(水)くもり 06時00分京都着 06時06分近鉄京都駅発 08時08分吉野駅着 傘をさす程でもない小雨模様の中、09時00分吉野駅前を出発。桜のシーズンを過ぎて平日のこの天気もあり人はそれほど歩いていない。 金峯山寺のあたりで、後ろから青年一人が追いついてきた。聞けば、同じく熊野本宮大社を目指している由。 14時少し前、互いに二蔵宿小屋に到着したが、私はここに宿泊し、彼はさらにその先に行く。 (小屋泊) 29日(木)雨 前日夜から本格的に雨となり、通常出発すべき時間になっても気持ちが前向きにならず、悩んでいるうち時間がどんどん過ぎて、結局停滞することにした。 ラジオの天気予報を聞くと、この先の天気が不安定であるといい、自身の頭がどこかで途中下山をしようと考えるようになっていた。 30日(金)晴 06時00分ごろ二蔵宿小屋発 二蔵宿小屋に2泊したことで体調はよく軽快だったが、五番関の手前あたり、なんでもないところでバランスを崩し登山道から約3m程滑落した。右腕に出血があったが、大事に至らず。 09時40分山上ヶ岳山頂到着。 そして七曜岳あたりで休憩していた青年に出逢う。この人がこの山行の最後まで行動を共にした山ちゃんである。 14時00分過ぎ、互いに行者還避難小屋到着。 この時、私はこの小屋泊まりを決めていたが、山ちゃんはその先3時間以上かかる弥山小屋を目指すとして出発したかに見えたが、程なく小屋に戻ってきた(断念の由)。 (小屋泊) 5月1日(土)くもり後雨 この日は午後から天気が崩れるとの予報のため、午前中に可能な限り距離を稼ごうと山ちゃんと共に04時30分出発。 07時45分弥山山頂到着。 休憩していたところ、雨が降りだす。予報よりもだいぶ早く、10時40分楊子ヶ宿小屋に着いたときは、そのまま留まることも選択肢と考えるほど風雨が強まっていた。 しかし、縦走スケジュール全体を考えると次の深仙小屋まで進む必要がある。 1時間弱の休憩の後、二人で11時30分楊子ヶ宿小屋を出発した。天気がよければ雄大な展望であろう釈迦ヶ岳を早々と通過するしかなかった。 雷や強烈な風雨、時折ひょうが降る中、14時40分深仙小屋到着。 (小屋泊) 2日(日)くもり(強風) 05時30分小屋発。 この日も終日山ちゃんと行動を共にする。 15時00分行仙宿小屋到着。(小屋泊) 3日(月)晴 朝方になり、風が止んで快晴となる。 05時30分小屋発。 地蔵岳あたりの難所を通過すれば、徐々に標高を下げ玉置山が近くなると車道が出てきたりして、ある意味この山行の終盤であることを感じる。 12時00分過ぎ玉置山山頂到着。 12時30分過ぎ玉置神社駐車場到着。 駐車場の角に1軒の食事処があり、自身の貧しい質、量の食糧事情もあり超空腹の状況下、チーズカレー、椎茸うどん、コンニャクおでんを注文した。なんとも表現しようもない幸せな気分であった。 その後も神社を見学したりして、これまでにないゆったり時間を過ごした。 (駐車場にテント泊) 4日(火)晴 05時00分ごろ玉置神社駐車場出発。ゴール終盤、小刻みなアップダウンを繰り返して、ついに12時00分熊野川を渡渉。 12時30分熊野本宮大社到着。 16時40分大社前発バスにて、この山行中にチーム環境が形成され、その内の一人で兵庫の山ちゃん、途中行動を共にしてきた福岡の山ちゃん、それと私の3人で田辺へ向かう。 (市内民泊) 5日(水)くもり時々雨 兵庫の山ちゃんは早朝に宿を出て、一人大阪に向かう。 福岡の山ちゃんと私は午前は 白浜温泉入浴と海鮮料理を堪能して、午後、白浜駅発特急にて大阪へ。そして15時00分天王寺駅にてついに山ちゃんとの別れの時が来た。 私がこの時天王寺駅にいれたのは彼のおかげだ。一人だったら完走は諦めていた。本当に感謝している。バスの出発時間までだいぶ時間があるが、何もする気がなく山行を振り返っていた。 21時50分大阪(梅田)発高速バスにて帰京した。