活動データ
タイム
07:11
距離
14.1km
のぼり
628m
くだり
628m
活動詳細
すべて見る先に結論だけ申し上げますと…高野山で1日のうちに登山とお寺巡りなんて無理!絶対ムリっ!お寺だけで3日かかるわ…(~_~;) というわけで真言密教の聖地、高野山にやって来ました*\(^o^)/*世界遺産ですよ、世界遺産!空海、空海言うてますー(^^) 歴史好きの私ですが、空海や密教については、あまり語らないことにします。私の歴史好きは古代史専門ですから、平安時代のことはさっぱりわかりません(>_<) 高野山とは和歌山県伊都郡高野町高野山にあり、八葉の峰と呼ばれる標高1000m前後の山々に囲まれた、標高800mほどの盆地状の平坦地を指し、行政上の高野山もほぼこの地域と一致します。広義であれば周辺の山々も含めて高野山と呼んでも差し支えないでしょう。 816年に空海はこの地を賜り、ここに真言密教の聖地を開きました。のちにその規模は広がり、現在では100ヶ寺以上の寺院が集まる、他に類を見ない天空の巨大宗教都市となっています。 八葉の峰の中でも、転軸山・楊柳山・摩尼山は高野三山と呼ばれ、特に崇敬を集め信仰の対象となりました。ちなみに高野山に高野山という名の山はありません。 今日は総本山金剛峯寺を起点に時計回りに高野三山を巡りつつ、なるべく頑張ってお寺も見て回ろうかと思っていたんですが…結果的にはお寺はムリ!時間もないし、キリもない!(>_<)…まあ、見たい所だけちょっとだけお寺巡りもしました(^^) 6時過ぎに高野山に到着。 以前高野山を訪れた時は…と言っても伯母子岳に向かうのに通過しただけ…とんでもないタイトな山道を走って、時間もかかったし遠いなと思ったんですが…道がよくなったんでしょうか?西高野街道も全て対面通行で走りやすいし、時間も思ったほどかかりませんでした。自宅から2時間強程度です。 高野山にはたくさんの駐車場があります。どれもきちんと整備された広い駐車場で、そのほとんどが無料で24時間出入り自由です。 でもあまりに寺域が広いので、ちゃんと調べて目的に合わせた近くの駐車場に止めないと、適当に止めたら目的地まで何十分も歩く羽目になりますよ! 今日はまずは金剛峯寺に寄りたかったので、金剛峯寺の真正面の金剛峯寺駐車場を利用しました。観光バスも止められる巨大な駐車場です。 山人の朝は早いので私で3台めでしたが、ハイシーズンの休日にはすぐに満車になるようです。今日でも私が下山してきた昼頃には、どこの駐車場もほぼ満車に近い状態でした。 準備をして6:30に出発。まずは目の前の金剛峯寺へと向かいます。早朝だからでしょうか?すでに厳かな雰囲気が漂う。境内にはたくさんのシャクナゲが咲いています。 正門を抜け主殿を眺め見る。横に大きな建物ですねー!屋根の上に桶が乗っています。天水桶といって、火災の際に火の粉の飛沫を防ぎ、延焼を防止するために雨水を溜める桶です。どうやって使うんでしょーね?火事になったら屋根に上って水を撒くのかな?さしずめ手動スプリンクラーか? 普段なら建物をまじまじと観察するんですが、先を急ぐので主殿と鐘楼だけ眺めて境内を東に抜けます。 早朝の寺町はとても静か。空気は冷んやりとしていますが、風も穏やかで気持ちのいい朝です。 高野山は一山境内地と言われますが、そこは紛れもなく町です。町役場もあるし、学校も、病院も、警察署も、もちろん人が住む家もたくさんあります。ただ同じくらいお寺がある。不思議な町です。 転軸山の登山口までは舗装路歩きです。路傍の野花が多すぎてなかなか前に進めません!(>_<)およそ55分かけて登山口に到着(^^) しかし10分ほどはよく整備された遊歩道のような道。標示板があって道が右に折れるところから、本格的な登山道になります。木の根、階段の急坂を一気に登り詰める。登り切ったら穏やかな尾根道の緩やかな上り。山頂のピークが見えたらひと上りで転軸山の山頂に到着です*\(^o^)/* 出発してからおよそ1時間20分。登山口からはおよそ25分。山頂は木々に囲まれた小広場。展望はありません。お社があって仏様が祀られています。 高野三山の山頂は全て同じような雰囲気です。ちなみに山頂も道中も、ほぼ展望はありません。ここは観光の山ではなく信仰の山。展望を楽しむ山ではなく、厳かな気持ちでじっくりと山を感じ、山のパワーをいただく神聖な山なんです。 転軸山のお社には弥勒菩薩が祀られています。如来形ですね。一息ついたら先へと進みましょう! 転軸山から急坂を下り切ると、一旦車道に出ます。車道を右に少し進んだら、左に森へと入っていく平坦な道があるので、そこを進んで行きます。 一本杉と呼ばれる杉の巨木がありました。周囲の木々の中にあって一際異彩を放つ大きな木です。大きな木には力がある!…聖武天皇がそう言ったとか言わなかったとか(^_^;) 子継地蔵までしばらくは遊歩道のような平坦な道が続きます。この辺りにはヤマエンゴサクがたくさん咲いていました。ホント花があると進まない… 子継地蔵が近づくとようやく坂道の傾斜がキツくなってきます。転軸山からおよそ50分、子継地蔵(子継峠)に到着です*\(^o^)/* 子継地蔵からは再び急登!頑張って登り切ったら穏やかな尾根道。これも転軸山と同じパターンです。 出発してから2時間40分、子継地蔵からはおよそ30分ほどで楊柳山に到着です*\(^o^)/* 山頂は木々に囲まれた小広場。お社には楊柳観音が祀られています。 今日はこの静かな山頂でブランチにしよう!と思ったら、何やら賑やかな話し声が…(~_~;) ほどなく男性1名、女性4名の中高年のグループがやって来る。このグループがうるさいのなんのって!(>_<) もちろんこの山頂は私だけの山頂ではないし、山の楽しみ方は自由だから構わないのだけど、同じようにこの山頂は決してあなたたちだけの山頂ではない!人並みの気遣いってものが少しくらいあったっていーじゃないですか? ソロのハイカーが片隅で休憩していたら、少し距離を離すとか、声のトーンを少し落とすとか…もうお構いなしですもんね。目の前で輪になって大きな声で喋りまくる。はぁ〜、何だ、この人たちは…デリカシーってものがないのか?…神聖な山を静かに感じようという気持ちはないのか?…ないか…ワイワイできれば山なんてどーでもいー人たちなんでしょーね。 登山あるあると言えばあるあるなんですけど、あきらか中高年のグループに多いです。若い人たちは意外と気遣いができる。そのかわり若い人たちがハメ外したときの振り幅ハンパないですけど!(^_^;) ようやく立ち去ってくれた…静けさが戻った山頂で軽めのブランチ。 世界遺産だからとネットで調べたんですが、火器の使用の可否がわからなかったので、今日は火器の使用は自粛。サンドイッチとカフェラテのブランチ。おやつがわりのあんバターもち麦フランスもいただく(^^) フランスパンにあんバター挟むとか、絶対間違いないやん!あんことバターを初めて一緒に食べた人に、国民栄誉賞をあげて下さい(^_^;) ゆっくり休憩したので摩尼山に向かいましょう! まずは黒河峠まで一気に下る。黒河峠からの登り返しはそれほど厳しい坂道ではありません。 出発してから4時間、楊柳山からおよそ35分で摩尼山に到着です*\(^o^)/*ここのお社には如意輪観音が祀られています。 摩尼峠までは下ること15分。あとは穏やかに下るだけです。途中でトウゴクサバノオを見つけた!これはらっきー☆ 摩尼峠からおよそ25分で、登山口まで下りてきました。今日の山歩きはこれで終わり!ここからはお寺巡りです(^^) まずは登山口からおよそ15分。奥之院の弘法大師御廟を訪ねます。高野山で最も神聖な霊域です。御廟橋から先は撮影禁止。 空海はこの御廟で、1200年の時を超え、今なお禅定し続けていると信じられています。 神聖な空気、杉の林、石畳、墓所の石塔、木漏れ日、野花…何もかもが心を穏やかにしてくれる…ここだけは時がゆっくりと流れる…そんな特別な場所でした。 町石道を歩き一の橋へ。 一の橋からは街中を歩くことになります。車もバイクもバスも走っています。人も多くて賑やか!でもコロナでなければ、もっと多くの人で賑わってるんでしょうね。 進む道の両側には寺院が甍を連ねています。お参りできそうな所に寄り道しながら街ブラ。 全ての寺院に立ち寄ることなど到底不可能なので、とにかく今日は金剛三昧院と壇上伽藍だけには行こうと思っています。 街のメインストリートから左へ、細い路地を入って、まずは金剛三昧院を目指す。表通りは賑やかですが、少し道を逸れるだけでとても静かになります。 金剛三昧院にやってきました*\(^o^)/*白い土壁の手前にシダレザクラ、向こう側に多宝塔が少しだけ見えています。 ここに来た目的は、この国宝の多宝塔です。 多宝塔とは寺院建築の様式の一つで、方形の初層の上に円筒形の二層めを乗せ、方形造りの屋根に相輪を乗せた仏塔を指します。仏塔…これは塔婆なので、平たく言えば墓ですね。 二層めの本建は亀腹と呼ばれる半球状の土台の上に乗っていますが、これはインド仏教の名残りです。 インド仏教では仏墓のことをストゥーパといい、大きな塚の上に相輪のような塔を乗せた形をしています。仏教が日本に入ってきた時に、墓はストゥーパと言うのかということで、このストゥーパという言葉に漢字を当てはめたんですね。これを音写といいます。それが墓を意味する卒塔婆(そとうば)です。 この音写は特に仏教用語においてはよくあることで、サンスクリットに漢字を当てたものが多いようです。 例えば興福寺の仏像で全国的にも有名な阿修羅という天部の神がいますが、元はインドの荒ぶる戦闘神アスラがモチーフで、阿修羅はアスラを音写したものです。 話を多宝塔に戻しましょう。多宝塔は墓です。墓である塔は大きな塚の上に立っていなければならない。多宝塔の亀腹はその塚です。ストゥーパの名残りなんですね。 お寺の五重塔も仏舎利を納める塔なので、これもある意味墓です。釈迦の墓ですね。墓である塔は屋根の上に乗っている相輪の部分を指します。この塔を少しでも天に近づけるように、遠くからでも拝めるように、心柱によって高く持ち上げたわけです。建物の部分は、その心柱を保護する覆屋なので、実は建物自体には宗教的な意味合いはあまりありません。大事なのは屋根の上に乗った塔なのです。 …ここで皆さんからの疑問の声が聞こえてきました!「塔はストゥーパの塚の上に立ってるんでしょ?五重塔に塚なんてないじゃん!」 そう、一見五重塔に塚など見当たりません。ところが、実は五重塔にもちゃんとストゥーパの塚の名残りがあるんです! 屋根の上には塔が乗っていますが、この塔はたくさんのパーツで構成されています。まず屋根の上には露盤と呼ばれる四角い土台があります。その上に伏鉢と呼ばれる、鉢を伏せたような半球状のパーツがある。その上に九輪という塔が乗り、一番上を水煙で飾る。この全体を相輪といい、これが塔そのものです。 その中でも伏鉢と呼ばれる部分…これこそがストゥーパの塚の名残りなんですね。やっぱり塔は塚の上に立ってるんです。 機会があれば、五重塔や三重塔の屋根の上をじっくりと見てみてください。見上げる形になってちょっと見づらいですが、そこには確かにインド仏教の名残りを見つけることができるはずです(^^) それにしてもこの金剛三昧院の多宝塔はいいですねー。 朱塗が剥げて素木の味わいがよく出ています。円筒形の建物の上に四角い屋根を乗せる…ややもすると奇妙に見えるこの形を、絶妙のバランスと構造で美しく仕上げています。古の宮大工のセンスと技術に脱帽です! 軒の組物がとても複雑です。円筒形の本建に四角い屋根を乗せるんですから、さぞ難しい作りになってるんでしょうね。柱の構成を見てみたいなー。一体どーなってるんでしょ? 金剛三昧院をあとにして街へ戻る。金剛峯寺と自分の車を横目に通過、壇上伽藍へと向かいます。 まずは巨大な中門が目に飛び込んで来る!朱塗も鮮やかな中門は、2015年に高野山開創1200年記念事業として再建されました。間口五間、入母屋造り檜皮葺きの楼門です。高さは16mもあります。門の四隅には四天王像が配されています。 中門を抜けると正面に金堂。入母屋造り平入り向拝付き、1932年の再建で創建時には講堂と呼ばれていたようです。高野山の中心とも言える、最も大切な建物です。 金堂のすぐ右奥には朱塗も鮮やかな、一際巨大な多宝塔があります。真言密教の根本道場として開創時に創建された日本初の多宝塔、高野山のシンボル、根本大塔です!1937年の再建になります。 高さはおよそ50mといいますから、その大きさに圧倒されるばかりです。これを9世紀に作ったんですねー。すごいなー! その他の堂宇を眺めながら蛇腹道を歩く…ほどなく金剛峯寺駐車場へ到着です。満車です(^_^;) あー、もっと時間があったらなー!明日の仕事に影響するので、夕方には家に戻らなければなりません! お寺巡りも上澄みをサラッと撫でただけ。本当はちゃんと拝観して御本尊もお参りしたかったなー。 でも大丈夫!「山は逃げない」と同じでお寺も逃げません。なにせ1200年もここに存在し続けているわけですから、私の残りの人生くらいで無くなるものではありません。よし、またゆっくり来よう!(^^) 最後に…今日山を歩きながらふと思ったんです。この高野山という場所を、何か短い言葉でわかりやすく伝えることはできないか…? 俳句なんてどーだろーか?いや待て!俳句はスベった時のリスクが高い!(^_^;) そこで思いついたのが和歌。和歌なら耳馴染みも少ないだろうし、少しくらいはごまかせるんじゃないかな? ということで、今日の締めくくりに和歌を一首詠みたいと思います! 春の日に高野山を巡りし一首 「巡り行く 春は高野の 八葉峰 清ぐ御風に 木の香湧き立つ」 (めぐりゆく はるはこうやの やつはみね さやぐみかぜに このかわきたつ) お粗末様でしたm(_ _)m
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