賤ヶ岳~余呉湖

2015.06.27(土) 08:21 - 2015.06.27(土) 11:07
梅雨になり、天候不順のため、運動不足解消も兼ねて賤ヶ岳低山ハイクをしました。事前に登山口をしっかり調べてなかったので、登り始めるまでに迷ってしまいました山道は良好で危険個所も少ないため、小さい子供連れのファミリーハイクにも向いていると思います。羽柴秀吉と柴田勝家が戦った、賤ヶ岳合戦の舞台でもあり、歴史を感じさせる場所が至る所にあって、道中楽しめました。間伐作業を行っていたので、これから登る人は、登山道からの余呉湖の見晴らしも期待できます。

写真

余呉観光館に駐車。会館裏の道を北に進めば登山口があるはずです。

余呉観光館に駐車。会館裏の道を北に進めば登山口があるはずです。

登り口?とりあえず行ってみます。

登り口?とりあえず行ってみます。

コンクリートの建造物があり行き止まり。引き返します。

コンクリートの建造物があり行き止まり。引き返します。

登山口は民家の横にありました。看板もしっかりあります。

登山口は民家の横にありました。看板もしっかりあります。

登山口から登ってすぐに鐘つき場がありました。

登山口から登ってすぐに鐘つき場がありました。

昨日の雨で道はしめっています。

昨日の雨で道はしめっています。

柴田勝家の甥・佐久間盛政が陥落させた岩崎山砦跡の看板。

柴田勝家の甥・佐久間盛政が陥落させた岩崎山砦跡の看板。

分岐でも、左の登山道はしっかりしていて迷いません。

分岐でも、左の登山道はしっかりしていて迷いません。

突然林道に出たりします。

突然林道に出たりします。

間伐作業の人たちの車が停まっていました。

間伐作業の人たちの車が停まっていました。

そして突然林道から登山道に入ったりします。

そして突然林道から登山道に入ったりします。

危ない場所には柵があって安心です。

危ない場所には柵があって安心です。

大岩山砦で戦死した中川清秀の墓は登山道の左手にあります。

大岩山砦で戦死した中川清秀の墓は登山道の左手にあります。

中川清秀の墓です。お参りして先に進みます。

中川清秀の墓です。お参りして先に進みます。

首洗いの池は右に50m下った場所にあります。

首洗いの池は右に50m下った場所にあります。

ここで中川清秀の首を洗ったそうです。少し怖い場所です。

ここで中川清秀の首を洗ったそうです。少し怖い場所です。

猿ヶ馬場です。秀吉が最初に陣を構え指揮をとっていた場所です。

猿ヶ馬場です。秀吉が最初に陣を構え指揮をとっていた場所です。

木々の間から余呉湖が見えます。

木々の間から余呉湖が見えます。

山頂が見えてきました。ここまで1時間40分ぐらいです。

山頂が見えてきました。ここまで1時間40分ぐらいです。

賤ヶ岳砦跡の看板。まわりにはまだ土塁が残っているそうです。

賤ヶ岳砦跡の看板。まわりにはまだ土塁が残っているそうです。

山頂にはトイレもあります。助かります。

山頂にはトイレもあります。助かります。

武将の像。賤ヶ岳七本槍の一人?

武将の像。賤ヶ岳七本槍の一人?

余呉湖が見えます。空はあいにく曇り空。

余呉湖が見えます。空はあいにく曇り空。

反対側からは琵琶湖が見えます。

反対側からは琵琶湖が見えます。

展望台横から国民宿舎余呉湖荘への道が伸びています。

展望台横から国民宿舎余呉湖荘への道が伸びています。

余呉湖荘への道は、登山道を守る木の階段が多くあります。

余呉湖荘への道は、登山道を守る木の階段が多くあります。

木や岩が苔で覆われ、緑の世界といった感。美しいです。

木や岩が苔で覆われ、緑の世界といった感。美しいです。

余呉湖までおりてきました。この右に余呉湖荘があります。

余呉湖までおりてきました。この右に余呉湖荘があります。

余呉湖の東を歩いて帰ります。西側は工事中で通行止めです。

余呉湖の東を歩いて帰ります。西側は工事中で通行止めです。

余呉観光館に着く手前にも登山道がありました。ここからも登れるようです。

余呉観光館に着く手前にも登山道がありました。ここからも登れるようです。

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