塔ノ岳〜そして丹沢山へ〜

2021.03.14(日) 日帰り

活動データ

タイム

07:04

距離

18.2km

上り

1766m

下り

1766m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
7 時間 4
休憩時間
24
距離
18.2 km
上り / 下り
1766 / 1766 m
5
4
34
24
18
11
12
27
21
24
28
5
4
55

活動詳細

すべて見る

 大倉バス停から舗装道路をしばらく登り、大倉尾根登山道、通称『バカ尾根』に入った。なぜ『バカ尾根』と呼ばれるのか諸説あるようだが、その一つに「バカが登るから」というものがある。バカが登るからとは意味不明だが、登山中に「バカになる」なら分かる気がした。この登山道はイベントがない。茶屋が数件あるが鎖場があったり特徴的な岩場があったりするわけではない。ただ急な階段が延々と続く、そんな道である。なるほど景色は右に相模湾と東京湾、左に富士山が見え、初めこそ元気が出るが、だんだん慣れてきて登りのきつさに見る気が失せてくる。体力があれば楽しめるのかもしれないが、初心者の俺には少々荷が重かった。そんなわけで無心になって登るのでバカになるのだ。  まだ序盤の風が涼しいつづら折りの杉林で一人の三十代と思われる女性ハイカーに追い越された。引き締まった身体、美しいフォームで斜面を滑らかに登ってゆく。そして彼女の後姿を何気なく見上げた時、不可思議な光景に目を奪われた。スローモーションで遠ざかってゆく二筋のパンティーライン、それもレース模様が浮き上がって見えた。レースのパン線、それは甘いささやき。この世知辛い世の中で希望を与えてくれる光のことだ……うう、バカすぎる、自分でも何を言っているのか分からない。頭がおかしくなったのかもしれない、そんな訳がないのだ。そうだこれはきっと幻覚に違いない。しかし、脳内で繰り返しフラッシュバックする映像が事実であると訴えかけてくる。レース模様のパン線、これが事実としたら……こんなけしからんものを山行中に見せられては、例え賢者モードであったとしても頭にこびりついて離れなくなってしまう。こんなことが現実にあってはならない。俺は確認したい欲求に駆られた。勘違いしてもらっては困る。あくまでも事実確認への渇望だ。しかし、この馬鹿げた脳内問答を繰り返している間に、ターゲットとの距離は既に十メートルになろうとしていた。そして鍛え抜かれたその脚力によって彼女が斜面を上昇する速度は、到底俺の駄脚では追いつくことができない次元に達していた。当然の帰結として、追跡は振り切られた。残念なことに、誠に残念なことに、俺は麗しきパン線を二度と見ることはできなかった。頂上付近まで追いつけなかった悔しさに悶々とした時間が続いたが、あれは何かの冗談だったのだろうか。そして、やはりバカが登るからバカ尾根なのだろうか。  この大倉尾根は初心者には手厳しい登山道ではあるが、意外にも女性に優しい一面を持っている。まず甘味処が豊富にある。数軒ある茶店では、かき氷、おしるこ、ソフトクリームなどを販売していて、女性ならずとも山行の楽しみの一つになっている。これはキツイ登山道なのでどうしても休憩したくなり、疲れていれば必然的に甘いものを体が欲しがるから成り立っているのかもしれない。そしてもうひとつが最も重要だが、登山道にトイレが点在している。これは尾根の地形上、お花を摘む場所がないことからこのインフラを整備する必然性が生まれたのかもしれないが、他所では見たことがないくらい充実していると思う。その上、登山道自体も良く管理され、どこの山でも見かける倒木で道が塞がれているようなこともない。眺望がすばらしいことに加え、登山道の管理・設備が充実していれば多くの登山客が訪れるのも当然と言える。  塔ノ岳頂上に上がり後ろを振り向くと、視界の中心には相模湾に大島が黒く浮かび上がって存在感を示し、その後方には利島と新島だろうか、大島より幾分霞んで灰色の島影が控えていた。そして左側を臨むと、相模湾に続く三浦半島とブルーグレーのグラデーションにより一本の線となった東京湾、その背後に霞んだ房総半島が姿を現していた。三浦半島と房総の沖は凪いだ海面が光り輝き、この塔ノ岳頂上でも微風だったが、近海の海上も同じであることを教えてくれる。この日関東甲信は穏やかな日和だった。  一方富士山もその秀麗な美しさを登山者たちに印象付けていた。流石に富士山の頂上は強い北風が吹いているらしく、舞い上がった雪が富士山の南斜面を舐めるように下っている。この強風が富士山周辺の雲を吹き飛ばしてくれているのだろう。日本人ならば誰が見ても富士山であることを認識する完全無欠の山容が美しかった。また、手前には西丹沢の山並み、借景として南アルプスの白い稜線も花を添えていた。いつも富士山を写すと思うのだが、この時も光学ズームのあるカメラがあったらどんなにいいかと思う。スマホの機能では富士山の雄大さが写し撮れず箱庭のようになってしまう。  塔ノ岳頂上で風景を堪能した後、余力があると感じた俺は丹沢山まで足を延ばすことにした。実際はそれほど余裕があった訳ではなく、丹沢山との往復は想像よりキツイ行程となった。塔の岳から丹沢山へは急な坂を大きく下ることから始まる。その後アップダウンを繰り返しながら丹沢山山頂にアプローチしていく。このアップダウンが塔ノ岳で十分な休憩を取らなかった脚には相当応えた。  この尾根道ではずっと富士山が拝める。とてもきれいに見え続けたので、白状すれば、丹沢山の頂上についてから富士山を鑑賞しても感情が揺さぶられることはなかった。展望に関しては塔ノ岳の方が頭一つ抜きん出ているだろう。  丹沢山で簡単な昼食を摂り、先ずは塔ノ岳に向かい出発した。往路よりも幾分楽に進める。予定よりだいぶ早く帰路についたため気が楽になっていて、すれ違う人に気軽に話しかけてしまう。塔ノ岳まではすれ違う時に一方が道を譲る必要がある。帰路では、俺はできるだけ道を譲ることにしている。塔ノ岳まであと四分の一を残すころ、前方から三人のグループがやってきたので脇によけた。一時停止が少し長かったから、後ろから来た女性二人組が俺の背中について一緒に待つ形になった。丹沢山に向かう人たちが通り過ぎた後、後ろを振り向き、待っていた女性二人組にも「お嬢さん方もお先にどうぞ」と先に行くよう促した。奥側の女性は、まだ二十代前半だろう、笑顔がチャーミングな女性で、手前の人は花粉症対策なのだろうか、ムスリムの女性が顔を隠すために用いる黒いブルカのようなマスクをしていた。声をかけた直後、手前の人が実は男であることに気が付き、咄嗟に「あれ、男だったのか~」と呟いてしまった。きっと父娘だったのだろう。この言葉に娘さんが大笑いし始めた。そして、ブルカの男性は目を丸くして「きっと僕の方が君より上だから……」と意味不明なことを言ってくる。これには取り合わずに、苦笑しつつ、「いいですから、さあどうぞ、どうぞ」と言って二人を前に送り出した。父親の方はまだ何か言い足りなかったらしく、顔をこっちに向けながらブルカの下で口をパクパクしているようだった。娘さんの爆笑はなかなか止まらず、こだまとなって丹沢山塊でリフレインした。  帰りの塔ノ岳で今一度相模湾と富士山を拝み、下りの大倉尾根に挑む。下りのバカ尾根の下降は予想以上に辛かった。右膝が痛いわ、左足の中指の爪は痛いわで結構な苦行となった。こんなとこよく登ってきたよな、と思いながら下るしかないから下るのである。  どういう訳か午後になっても登ってくる人が沢山いた。俺はすれ違う時は必ず挨拶したが、この日声を発した挨拶を返してもらえない確率がこれまでの山行の中で一番高い気がした。その代わり、うなづくような挨拶がまあまあいた。登山道で挨拶を返される確率は、その登山道の険しさと反比例しているのではないだろうか。実際はこれに当日の気象条件と個人の体調や社会性、その時の生活環境が影響すると思う。しかし、最も影響が大きいパラメータの一つが登山道の険しさであるような気がする。この仮説を『険しい登山道は人を無口にする理論』と勝手に呼ぶことにし、特に大倉尾根では『バカ尾根=高倉健現象』と名付ける。大倉尾根は人を高倉健のように無口にする、渋い登山道なのだ。(いや~バカだ、バカだ)

もしも不適切なコンテンツをお見かけした場合はお知らせください。